メイクアップブランド「M・A・C」は、全国に約500人のM・A・Cアーティスト(美容部員)を抱える。イピラン俊也ジョンさんは2020年、日々の活動や店頭での実績、SNSに投稿する作品など総合的な評価によりブランドに17人しかいないM・A・Cクリエーターに昇格した。得意なのは肌の質感作りや骨格の見え方を変えるメイクで、ブランド内で実施している販売コンテストでは、ファンデーション・下地部門で1位を獲得した。イピランさんの販売力の源とは。(この記事は「WWDJAPAN」2022年11月7日号販売員特集からの抜粋に加筆し、特別に無料公開しています)
メイクアップアーティストを志す前はパティシエになりたかったというイピランさんは、盛り付けたりデザインしたり美に関わることに元々興味があった。進路を決める高校2年生のころ、SNSの影響で自分や人をメイクできれいにする楽しさに引き込まれ、美容の専門学校への入学を決める。入学と同時に「M・A・C」を展開するELCジャパンに入社。働きながらスクールに通えるワーキングスチューデントとして2年間、学びながら店頭でもスキルを磨いた。「M・A・C」を希望した理由をイピランさんは、「ルーツであるフィリピンではショーや舞台に立つ人など派手なメイクを好む人が多く、『M・A・C』は誰もが知っている人気ブランド。『M・A・C』で働けて家族と自分の夢がかなった」と話す。
入社直後に16人在籍の大型店に配属
通常は小規模店舗から徐々にステップアップしていくことが多い中、最初の配属で大型店の伊勢丹新宿本店に配属される。同店には当時、16人のM・A・Cアーティストが在籍しており、「大物スタッフが多かったから怖かったけど、学べる技術は全て吸収しようとひたすら観察してメイクテクニックや接客スタイルを身につけた」。入店から半年ほどでのメイクスキルのテストに合格し、実習生から客の顔に実際にメイクできる立場になる。「伊勢丹新宿本店は他店と比べてマチュア世代の顧客が多く、レッスン形式でのロングタッチアップがメインだった。お客さまがお帰りになるときにはご自身でメイクができるようになるように応対する。そこで提案力や接客術を鍛えられた」と振り返る。
イピランさんはM・A・Cクリエーターに昇格後、現在のルミネエスト新宿店に異動する。「SNSに“イピラン流メイク”を投稿し始めて半年ぐらいでフォロワーが急に増えて、M・A・Cクリエーターに昇格できた。M・A・Cクリエーターはファッションショーのバックステージなども手掛けられて、店頭とは違うメイクができて楽しい」と話す。
プロ、外国人、若年層、それぞれのニーズに対応
ルミネエスト新宿店は世界でも数少ないM・A・Cプロストア。舞台用などプロフェショナル向け製品も扱う店舗で求められる接客の幅は広い。プロのメイクアップアーティストのほか、ファンデーションのカラーバリエーションが多いため、外国人客も多く来店する。「こうしたお客さまの必要なものは少し複雑なので想像力が必要。また、ルミネは若いお客さまも多くトレンドに敏感。駅直結で急いでいる人も多いので、求められている商品を素早く的確に提案することを心掛けている」と店舗の特徴に合わせて工夫を重ねる。
リピーター客は、毎日使うファンデーションやアイブロウなどの購入が多いので、欲しいものが途切れないようにカラーコスメなどといろいろな組み合わせを提案できるよう知識とテクニックを駆使する。「ファンデーションの質感でもスルッとしたマシュマロみたいなマットやお風呂上がりのようなツヤなどバリエーションはたくさんあるので、季節に合わせて新しい提案をすると興味を持ってまた来店してもらえる」と話す。
インスタに“変身動画”を投稿し華やかなメイクを発信
店頭ではベースメイクの提案に自信を持っているというが、インスタグラムでは映えやすいカラーメイクを中心に投稿している。直感でかわいいと思ったカラーを組み合わせたり、海外ではやっているメイクを取り入れたり、投稿を見ると本人が何よりもメイクアップを楽しんでいるのが伝わる。最近では、アメリカではやっている1990年代のクリースメイク(まぶたのくぼみにダブルラインのように影を入れるメイク)を発信している。「仲良くなったお客さまにはインスタではやりのものや新製品の情報も投稿しているのでよかったら見てみてくださいと声掛けしています。親近感を持ってもらえて、新規のお客さまがリピーターになってくれたり、このメイクを教えて!と来店のきっかけになったりすることも」と話す。
販売力アップのために心掛けていることを聞くと、「美容部員は黒づくめで『店舗に入りづらい』と言われることもあるので、いつもハッピーでいること。お客さまをいい意味で満足させない、好奇心を刺激し続けられる存在でいたい」と語った。
EDITOR’S VIEW
イピランさんの魅力をブランドのPRチーム、水野園子M・A・Cコーシューマーマーケティングエグゼクティブは「天性のハッピーオーラ」と称する。人を安心させる優しい物腰が販売力に寄与しているのは間違いないが、「喜んでもらうのが心底楽しい」という熱意、引き出しを増やす地道な努力が結果につながっていると感じた。メイクの質問をすると顔がパッと明るくなり嬉しそうに教えてくれたのが印象的だ。