11月11日、中国最大のショッピングセールである「双十一」(ダブルイレブン、独身の日)が開催された。日本でもメディアで大きく取りあげられるほか、便乗したセールが行われるなどもはや中国の枠を超えて国際的なイベントにまで発展した。
そのダブルイレブンが今、転機を迎えている。アリババグループ、JDドットコムの二大EC企業によるGMV(総流通額)発表が毎年、最大の目玉ニュースとなってきたが、今年は両社ともにとりやめた。アリババは前年から横ばいと発表しているが、宅配便配送数は前年から1割減となっており、全体ではマイナス成長となった可能性は否めない。
前年比30%増、50%増が当たり前だったダブルイレブンにいったい何が起きたのか?その背景を探ると、中国EC市場の変化が見えてくる。
中国のECを発展させてきた“ダブルイレブン”
中国は世界一のEC市場として知られる。経済産業省の報告書「令和3年度電子商取引に関する市場調査報告書」によると、B2C(消費者向け) EC市場の国別シェアで中国は圧倒的な世界一、なんと全世界の過半数を占めている。
経済規模で上回る米国の2.5倍にまで達しているのはEC化率(小売に占めるECの比率)が高いためだ。米国の約13%、日本の9%弱に対し、中国は2021年で24.5%に達している。日本でも資源ゴミの日にEC企業のロゴが刻印されたダンボールが大量に廃棄されているのを見るたびに痛感するが、もはやネットショッピングは社会に浸透し欠かせない存在となっている。だが、中国ではそれをはるかに上回る勢いというわけだ。
ECが小売を侵食する、過去10年あまりその攻勢の最前線を担ってきたのがダブルイレブンだった。誰も彼もが浮かれるお祭り騒ぎが国のEC市場を発展させる。過去10年あまりの中国ECの歴史は、このお祭り駆動によってつむがれてきた。

第1回のダブルイレブンは2009年に開催された。その前年にアリババグループはプレミアム・ネットモールの「Tモール(TMALL)」を立ち上げている。アリババのB2C ECプラットフォームは2003年にローンチした「タオバオ」が主力だったが、誰でも簡単に出店できる仕組みで個人店舗も多く、有力ブランドの直営店舗ですら埋没するという課題があった。「Tモール」は認証されたブランドしか出展できない仕組みで差別化を図った。
もっとも立ち上げ直後は消費者の認知も低かった。そこで“発明”されたのがダブルイレブンだ。この日に買えば必ずお得になるセールを開催するという触れ込みで、消費者の注目を集めたのだ。割引きだけではなく、ダブルイレブンにあわせてテレビ特番を放映するのも慣例となった。2018年にはマライア・キャリーが出演、2019年にはテイラー・スウィフトが登場するなど、世界的なスターまで登場するほどの豪華イベントになった。なお、日本からは渡辺直美が2018年に出演している。
普段ならば必死に宣伝してようやくネットショップにアクセスしてくれる消費者が、「どんな掘り出し物があるか見てやろう」との心境で自ら探しに来てくれる。「あの商品がお得だ」「こっちがいい」と職場や学校での話題となり、また「ダブルイレブン攻略ガイド」といったブログも次々と登場。お祭り騒ぎで客を集めてきた。
面白いのがセールの効果はその日だけでは終わらないという点だ。以前に取材した日本企業の担当者は「ネットショップのアクセス数がダブルイレブンを期に跳ね上がった。しかも、イベント終了後も増えたアクセス数はあまり減らない。結果として、イベントに参加するたびにアクセス数は増えていった」と話していた。セール参加によって認知が高まる、安さに釣られて購入した商品が良かったので固定客になったという好循環が生まれるわけだ。
消費者も販売企業も祭り疲れ
良いことづくめのようだが、この数年、ダブルイレブンは限界に達したともささやかれてきた。問題点はいくつかある。第一に参加するブランドがあまりに増えすぎた点だ。2009年の第1回の参加者はわずか30ブランド足らずで消費者はすべてのショップを吟味して購入品を選ぶことも容易だった。それが2022年の今年はなんと29万以上ものブランドが参加している。こうなると、祭りに参加したことによる露出効果は限定的だ。
第2に消費者のセール疲れだ。ダブルイレブンの成功を受け、中国ではさまざまなセールが開催されるようになった。規模的には年間第2位のセールである6月18日の「618」、12月12日の「双十二」、3月8日の国際婦人デーにちなんだ「女王節」など、だいたい毎月のようになにかしらのセールが行われている。参加ブランド数も多くイベントも多いとなると、まじめにつきあうと疲弊してしまう。というわけで、お祭りの熱狂は下降しつつあった。いつも使っている化粧品、日用品、ペットフードなどを多めに買いこんでそれで終わり、といった冷静な利用者が増えているという。
第3に参加ブランドの疲弊だ。ダブルイレブンの特典は主に300元(約6000円)ごとに50元(約1000円)キャッシュバックといった値引きだが、加えてお祭り用の特殊パッケージや無料ギフトといった特典が必要とされる。また、お客を集めるためにテレビCMやネット広告などの宣伝に取り組むことも慣例だった。
こうしたコストは出展企業の負担となる。特殊パッケージやネット広告などは義務ではないものの、プラットフォーム企業の要請に従わなければ不利な待遇を受けかねないとの警戒感が強かった。過去にはダブルイレブンへの参加を断った大手家電メーカーがアリババのECプラットフォーム内での検索順位を下げられたとして裁判沙汰になったこともある。
そうした行為が実際に存在したかどうか、現時点では確証はない。中国政府はアリババグループを独占禁止法違反で摘発、処罰したが、その際に問題視されたのはアリババのダブルイレブンに出展した商品は他社のセールで販売できないという、二択一(二者択一)と呼ばれる規定であった。前述の検索順位の操作などは処罰自由とはされなかった。
もっとも、中国政府は2020年以来、プラットフォーム企業による権力の乱用を問題視していることは間違いなく、アリババやJDドットコムなどのプラットフォーム企業はイベントを盛り上げるための強引な施策を打ち出しにくくなっていると推測される。
そして、もっとも深刻な第4の問題が中国インターネット市場の飽和だ。中国インターネット情報センターの最新調査(2022年6月)では中国のEC利用者数が減少に転じた。これまでずっと2ケタ%の伸びが当たり前だった時代から、マイナス成長に転じたことの意味は大きい。
お祭り騒ぎを作り出すことによって、新たなユーザーの獲得を続けてきたのが中国ECだったが、ほぼ天井に達したのではないか。となると、コストを投じてお祭り騒ぎを作り出す意義は薄れてしまう。
日本企業にとっての課題とは
このように見ると、新規ユーザーの拡大、EC利用の促進というダブルイレブンは一定の役目を果たしたと言えるのではないか。今後は1人当たり消費額の向上や生鮮食品などまだEC化率の低いジャンルの開拓、あるいは海外市場進出といった別の形での成長が中心的課題になると考えられる。
ただし、その際にもっとも有力な手段はお祭りではなく、別の手法になる可能性は高い。
この変化が日本企業に与える影響は大きい。お祭り駆動によるEC市場の成長は新規参入企業にとっては手っ取り早くブランド認知を獲得し、ファンをつかむためのチャネルとなってきた。中国市場の大きさ、成長ペースの速さに加え、後発でも勝負できるところが魅力となってきたわけだ。
しかし、お祭り駆動の御利益が減じた今、ニューカマーたちのハードルは一段階上がったと言ってもいいのではないか。少なくとも今までと同じやり方では難しいことはおさえる必要がありそうだ。
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