ロンドン拠点の音楽レーベル「エープロン・レコーズ(Apron Records)」の中心人物、スティーブン・ジュリアン(Steven Julien)が来日した。ジュリアンは、ファンキンイーブン (FunkinEven)の名義でアーティストとしても活動しており、宇多田ヒカルの共同プロデューサーとしても知られるフローティング・ポインツ(Floating Points)が主宰するレーベル「エグロ・レコーズ(Eglo Records)」から過去に作品を発表。ヒップホップをルーツに持ち、ひとつのジャンルに縛られないエレクトロニックサウンドを得意とし、着々とファンを獲得してきた。最近では、「ロエベ(LOEWE)」2022年秋冬コレクションのティーザームービーで楽曲が使用され、「ナイキ(NIKE)」と「パタ(PATTA)」によるキャンペーンではオリジナル曲を提供している。
音楽のみならず、彼が手掛ける「エープロン・レコーズ」のマーチャンダイズは、公式サイトにアップされると即完するアイテムがあるほど人気を博している。昨年には、「パレス スケートボード(PALACE SKATEBOARDS)」所属のプロスケーターであるルシアン・クラーク(Lucien Clarke)と、また今年には刺しゅうを展開する葵産業ともコラボレーションした。日本でも知名度をじわじわと広げており、今年10月には同レーベルのポップアップショップを渋谷パルコに期間限定でオープン。同時にジャパンツアーも敢行し、ジュリアンを筆頭に、ベネデク(Benedek)やジェイエムエス・コーサー(JMS Khosah)などのクルーは東京、大阪、福岡、沖縄にて公演を行った。
ロンドンに戻ってからは、「シーイー(C.E)」とも親交の深い、ニューヨークのダンスミュージックレーベル「ライズ・レコーズ(L.I.E.S Records)」とイベントを共催している。
日本を訪れたジュリアンに自身の音楽活動の軌跡からレーベルの今後の展望についてまで話を聞いた。
――まずは、音楽をスタートさせたきっかけを教えてください。
スティーブン・ジュリアン(以下、ジュリアン):子どものときに、ヒップホップのダンスクルーに所属していて、同じ仲間たちとラップクルーを結成したんだ。彼らは演奏することに興味があったけど、俺はトラック制作をしたいと思っていた。それで、ドラムマシーンやシンセサイザーを使って曲作りをするようになったよ。
――ということは、音楽的ルーツはヒップホップですか?
ジュリアン:初恋はそうだね。好きなアーティストはたくさんいる、例えばウータン・クラン(Wu-Tang Clan)かな。だからファッションもヒップホップのスタイル。今日しているネックレスは、ウータン・クランが実際にしていたものを手掛けたマンハッタンのトミー・ジュエルズ(Tommy Jewels)にオーダーしたんだ。
――そこから聴く音楽は変化していきましたか?
ジュリアン:そうだね。後々いろんなジャンルを聴いたことで、作る音楽のテイストもミックス感のあるものになっていった。今はエレクトロニックミュージックをやっているけど、ヒップホップのDIY精神を大切にしているよ。ヒップホップのサンプリングカルチャーと同じ感覚で、俺の作る音楽には、ソウルやジャズのエッセンスを自由に取り込んでいる。それは、俺のレーベル「エープロン・レコーズ」にも言えることだね。
――ジャンルに縛られないのが、あなたのレーベルの魅力ですよね。
ジュリアン:エレクトロニックミュージックのくくりだけど、これっていうタグはつけられないから、ジャンルを聞かれたら、“エープロン”って答えているね。今回のイベントに来ていた女の子たちが「普段はテクノもハウスも聴かないけど、今日のイベントは超クールだった」って言ってくれて。うれしかったけど、俺たちの音楽はテクノでもハウスでもないと思っているから、今日のイベントは“エープロン”だよって返答したよね(笑)。
音楽にも通じる「誠実さ」
――レーベルのコンセプトはありますか?
ジュリアン:スローガンは「Honest(誠実、正直であること)」。自分自身に正直であることとも言えるね。その基準は人それぞれだから、個性を賛美したいという点にもつながっていく。リリースしているアーティストは、みんな俺と似たようなものに興味や関心を寄せている仲間なんだ。音楽面で言うとしたら、アナログの機材にこだわっていることかな。
――「エープロン・レコーズ」は、あなたにとってどんな存在として捉えていますか?
ジュリアン:うーん、なんだろうね。俺自身だけど、それより大きなもので、自分がいなくなっても残ってほしいし、続いていってほしい。
――今回の来日では、渋谷パルコでポップアップショップを行いましたね。これはどんな経緯で企画したのでしょうか?
ジュリアン:日本限定のグッズを作りたいと思ったのが、最初のアイデアだよ。もともと葵産業とのコラボレーションは決まっていて、刺しゅうのフーディーを作ったり、限定のTシャツをデザインしたりしたよ。今回有名な商業施設でやることになったけど、それはどうでもいいこと。なんだろうな、偶然そうなったって感じかな。「エープロン」は、いつも流れに身を任せているんだ。あえて、そんなに計画しすぎないようにしている。風向きはいつも変わるから。
――マーチャンダイズのデザインはどのように手掛けているのですか?
ジュリアン:ほとんど俺のアイデアが中心だね。1990年代がベースになっているけど、未来的な感じ。アールデコの要素をミックスしたこともあるよ。今回の日本限定のTシャツは、50年代のマリファナの広告からインスピレーションを受けているんだ。ロゴは40〜50年代のデトロイトにあったクラシックカーの工場のフォントがイメージ。例えば、キャデラックとか。最近は、マーチャンダイズ部門を担当するメンバーが加わったから、ウェブサイトが立派になったし、メーリングリストも始めて、買いたい人がサインアップしたら購入できるような仕組みにしたんだ。「エープロン」のメインロゴは、ボイラー・ルーム(BOILER ROOM)とNTSレディオ(NTS Radio)のロゴをデザインした、アダム・ティックル(Adam Tickle)に依頼したよ。
――コラボレーションも精力的に行っていますね。ルシアン・クラークとタッグを組むことになったのはどのようにして?
ジュリアン:彼とは15年くらい前から友だちなんだ。パンデミック中にもっと仲良くなって、一緒にマーチャンダイズをつくることにしたよ。ロンドンのブランドやカルチャーに携わっている人はみんなどこかでつながっているんだ。
――「ロエベ」のキャンペーンでは、あなたの曲「Begins」が使用されましたね。
ジュリアン:キャンペーンのディレクターが、NTSで毎月やっている俺のラジオショーを聞いて連絡をくれたんだ。とある回で最初に流していた曲を使えないかと依頼があって、3カ月のライセンス契約を交わすことになった。今回のポップアップを行ったパルコの1階に「ロエベ」が入っていたのも、なんだか不思議な縁を感じたよ。「ナイキ」と「パタ」のキャンペーンでは、オリジナルの曲を作ったんだ。それがきっかけでキャンペーンやCMに俺の曲が使われる機会が増えた気がするね。
――そういったオファーが来たときは、どんな気持ちでしたか?
ジュリアン:キャペーンやCMにもっと使ってほしいと思っていたから純粋にうれしかったよ。そういう活動の方が、DJをするより今はやりたいことなんだ。とはいえ、今回の日本のショーはかなり楽しかった。実は過去に東京でDJをやったことがあるんだけど、あんまり観客とのつながりを感じられなかったんだ。けど、今回はロンドンにいるみたいな一体感があって、ショーはこうあるべきだ!と思ったね。
――では、最後に今後のリリースを教えてください。
ジュリアン:2つリリースがあるかな。1つは今年中にEPが出る予定、あとは来年にアルバムも出すつもり。今までで一番いい出来だと思っているよ。あと2024年にビッグなコラボレーションが決まっている。なんたって、2024年はレーベルの10周年アニバーサリーだからね。大々的なパーティーを予定しているよ!