アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vacarello)=クリエイティブ・ディレクターの手掛ける「サンローラン(SAINT LAURENT)」が、勢いに乗っている。就任から6年以上が経ち、クリエイションへの評価が高まっているだけでなく、ビジネスも好調だ。そんな中、東京では創業者イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の“片割れ”とも言われた盟友ベティ・カトルー(Betty Catroux)に焦点を当てた巡回展「BETTY CATROUX YVES SAINT LAURENT 唯一無二の女性展」が開催されている(会期は12月11日まで)。ヴァカレロ自身が監修した同展は、メゾンの歴史に対する彼の視点や美学が感じられるもの。その展示からは、カトルーが今なお、「サンローラン」のスタイルに影響を与え続ける存在であることが分かる。ヴァカレロに、彼女との関係や創業者との共通点からコレクションやショーへの考え方までを聞いた。
WWD:パリ、上海、東京と巡ってきたこの展覧会を監修するにあたり、こだわった点は?
アンソニー・ヴァカレロ(以下、ヴァカレロ):重要だったのは、ベティが持つ両義性、多才さ、現代性のすべてを見せること。作品探しは、現在の彼女を思い浮かべつつ、過去においても常に現代的だった彼女の魅力をピックアップしていった。それは冒険であり、誰かのパーソナリティーを探求する旅。また、(周りの)予想から自分を解放し、自分らしくあることを学ぶ時間でもある。根底にあるのは、「目立つこと、人と違うことを恐れるな」というメッセージ。あなたが身につけるものの中で人々が最も嫌うものこそが、実はあなたの最も興味深い部分なのだから。
WWD:2018年には広告キャンペーンにもベティ・カトルーを起用したが、初めて会ったのはいつ頃?
ヴァカレロ:初めて会ったのは、(17年に)モロッコ・マラケシュにできたイヴ・サンローラン美術館のオープニング。どうなるか予想もつかなかったが、気楽でとても自然だった。親密なディナーを楽しみ、最後には二人とも本当に素でいられたと思う。お互い居心地悪く感じるであろうパパラッチされるような場面とは違い、落ち着いた雰囲気に包まれていたのが良かった。
WWD:カトルーは、イヴ・サンローラン、そしてブランドにとって欠かすことのできない永遠のミューズと言える。あなた自身もモデルやセレブリティーと親交が深いように見受けられるが。
ヴァカレロ:彼らは友人なので、「サンローラン」の友人。それぞれが持っている個性とアティチュードは、私やブランドと共鳴するものだ。それこそが、実は一番エキサイティングなこと。パーソナリティーが複雑であればあるほど、その個性を反映したワードローブに飛び込むのが面白い。幾重にも重なっている層を知ることは、際限のない魅力に溢れている。
WWD:クリエイティブ・ディレクター就任から6年以上が経った今、創業者への理解はどのくらいまで深まったと感じているか?また、「サンローラン」のクリエイションを率いる上で常に心掛けていることは?
ヴァカレロ:私は、常にイヴが興味を持ったり取り組んだりしていたことに関心を抱いていた。だから、「サンローラン」に加わった当初から、ずっと同じようなことに引かれ続けてきたのだと思う。「サンローラン」に対する私のビジョンは、何よりもその身のこなし、雰囲気、生き方といったアティチュードにあると考えている。そして、私はベティのようなイヴ自身に近い存在や、過去に「サンローラン」で働いていた人たちに囲まれているのが好きだ。(イヴの生涯のパートナーであった)ピエール・ベルジェ(Pierre Berge)に会った時、イヴの真似をしないように言われたが、実際、私はイヴ本人になるというよりも、あるいは全く別の人物になるというよりも、“通訳”のようだと感じている。歴史と戯れたいのは確かだが、過去に囚われたくはない。私が取り組んでいるのは、私自身のビジョン、そして「サンローラン」に対する私自身の考え方を反映することだ。
WWD:メンズウエアの要素をクリエイションに生かすのは、創業者にも通じる部分だと感じる。
ヴァカレロ:イヴは、マスキュリンな服とフェミニンな服の境界線を曖昧にすることを好んでいた。そして、彼はメンズウエアから多くの要素を借りることで、力強い女性のキャラクターを作り上げた。危うさがあり、極めてエレガントで信じられないほどモダン。そんなキャラクターは、私らしいウィメンズウエアをデザインする手法の一部でもあるので、守り続けたいと思っている。シャープなメンズテーラリングほど、シルエットにエッジと魅力をもたらすものはないからね。
WWD:「サンローラン」のショーは毎回、壮大なロケーションやドラマチックな演出に驚かされる。そこにはどんな想いが込められているのか?
ヴァカレロ:私にとってはストーリーを作り上げることであり、それぞれのコレクションはストーリーの一章のようなもの。コレクションそのものからロケーションや音楽、セット、イメージ、景色まで、ショーにまつわるあらゆる要素は夢を生み出すために構想されているし、そうされなければいけない。