日本屈指の織物産地である山梨県富士吉田市で、布の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2022」が12月11日まで開催されている。美術評論家で森美術館前館長の南條史生氏がキュレーションを手掛け、国内外のアーティストが参加するアート展「織りと気配」と産地展「WARP & WEFT」を同時開催している。今年で2回目となる。
富士山の北麓に位置し、豊富で綺麗な湧き水が使用できたこと、また、農業にあまり適さない環境のため養蚕に力を入れていたことから機織りが盛んになり、平安時代には織物の一大産地となった富士吉田。山梨(甲斐)の東部地方(郡内)で生産されたことから「甲斐絹(かいき)」「郡内織物」などと呼ばれた織物は、江戸時代には、贅沢を禁じられた江戸っ子たちから羽織の裏地として人気を博し、井原西鶴の『好色一代男』にも登場した。
織機の原点にコンピュータと共通する原理があることに関心を持ったというメディアアーティストの落合陽一は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の伝説が残る小室浅間神社の神楽殿で作品を展示。甲斐絹を高精細撮影した画像と、伝説にまつわる炎や馬、妊婦といったモチーフをAIによって生成した画像が組み合わされ、滑らかに舞い踊っているかのような映像を大型LEDで投影した。
自己組織的なパターンを絵画やドローイングを通して表現してきた村山悟郎は、貝殻やトカゲの表面にも見られる数理モデルから織りデータを生成し、コンピュータの先祖とされるジャガード織機を用い、機屋とともに織物を制作した。展示空間には本作のために使用されたパンチカード(紋紙)の一部が張り巡らされ、その情報量の膨大さも表わされている。
そのほか、アメリカ・カリフォルニア出身で元ライターのパトリック・キャロルは家庭用編み機でジェンダーや労働などに関する言葉を綴ったニット作品を旧喫茶店に展示。テキスタイルの技法で生命の本質的な姿を描き出す小林万里子は富士吉田と馬の関係に着目した刺繍作品を寺の池に展開した。また、ファッションブランド「ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)」は、来年1月に開催されるパリ・オートクチュールウイークのための4分の1スタディーモデルを並べ、インスタレーションとして見せている。
9名の作家が富士吉田市各所で作品を展開しているのだが、それらを見る前に、産地展「WARP&WEFT」に立ち寄っておくのがおすすめ。ここでは織物産地としての富士吉田の歴史や現代のテキスタイルシーンが紐解かれていて、それらを押さえておくと、作品鑑賞を一層深く楽しめるはずだ。
小林沙友里/ライター・編集者:1980年生まれ。「ギンザ(GINZA)」「アエラ(AERA)」「美術手帖」などで執筆。編集者としては「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の共同編集など。アートやファッションなどさまざまな事象を通して時代や社会の理を探求