日本に「手詰まり感」が顕著な中、「『ワイアード(WIRED)』にヒントを求めたり、つながりたいと思ったりしている人が増えている印象はあるか?」と聞いてみた。すると松島倫明編集長は、まさにそうした手応えを感じているとした上で「ただ、よく言われる“手詰まり感”は、見方を変えれば前進している証かもしれない」と続ける。
1993年にアメリカで生まれた「ワイアード」の創刊号には、デジタルテクノロジーについて「人類が火を手にしたことの文明的インパクトに比肩するだろう」と書かれているという。人類は火を使い調理することで脳が発達し、ホモサピエンスとなり、文明までを生み出してきた。「広い視野に立てば、デジタルテクノロジーによる文明の大きな変化はまだ始まったばかりです。その大きな変革の中を前に進んでいるからこそ、システム不全に気づけるようになって、不安や手詰まり感を覚えているのだと思います」という。
世の中に広がりつつある「あいまいな悲観主義」とは一線を画し、「ワイアード」の未来の捉え方は常にポジティブだ。その理由は、「闘う楽観主義」という思想がメディアの根底にあるから。「単なるお花畑の楽観主義ではなく、自分たちが手を動かし行動すれば、状況を乗り越えて未来を少しでもよい方向に進めることができる。自分たちのその可能性を信じているという点で『闘う』という言葉を使っています」。
「創刊時、デジタルカルチャーはまだサブカルチャーやカウンターカルチャーに過ぎなかった。『ワイアード』はそうした社会の周縁から次の時代のメインステージへと躍り出る人々にいち早くスポットライトを当て、デジタルカルチャーをけん引してきたメディア。でも気づくと2016年には当時のバラク・オバマ(Barack Obama)米大統領が表紙を飾るようになっていました」。つまり、「ワイアード」が扱ってきたフィールドはもはやサブカルではなくなり、いつの間にかメインステージになっている。「その責任を引き受けなければならないし、社会のメインストリームとなって中心に立ったここからが本番だと思っています」と松島編集長は言う。雑誌版では「これからの時代に重要な価値観を『ワイアード』の視点でキーワードとして切り取る」ことにこだわり、「単なるテクノロジーの最新トレンドではなく、その根底にある大きな価値観のパラダイムシフトを捉えている」という。「そこにあるインサイトを伝え、パラダイムシフトの可能性を果敢に捉えていく。人間の本質に立ち戻ってイノベーションを捉えていくんです」。
その意味でファッション業界、特にラグジュアリー・ブランドと「ワイアード」の親和性は高い。松島編集長はこの世界を「デザインやクラフトといった人間の叡智を結集し、これからの文明のあり方をハイクオリティーなプロダクトとして実装する力に優れた業界」だと言う。「本質を突いているからこそ、新しいイノベーションを取り入れてブランドを継承している。『ワイアード』が掲げるリジェネラティブ・ファッションに必要なのは、まさにこうした革新的なリーディング・プレイヤーであり、社会の最先端でその価値を共に実装していきたい」と語る。
紙媒体からデジタル、そしてSNSやイベント、他社のコンサルティングまでビジネスを拡大し続けるメディアの編集長に話を聞きました。