「エルメス(HERMES)」の初代専属調香師として知られるジャン=クロード・エレナ(Jean-Claude Ellena)は現在、ビーガンフレグランスブランド「ル クヴォン メゾン ド パルファム(LE COUVENT MAISON DE PARFUMERIE 以下、ル クヴォン)」でオルファクティブディレクターを務める。数々の有名ブランドの香水を手掛けてきた彼に、「ル クヴォン」でビーガンフレグランスというジャンルに挑戦していること、そして今後の展望を聞いた。
──昨今、スキンケアやメイクアップだけでなく香水業界でも動物由来の香料を使わない傾向がある。「ル クヴォン」のようなビーガンフレグランスが香りを作る難しさはあるか?
ジャン=クロード・エレナ調香師(以下、エレナ):香水のクリエーションにおいて、ビーガンであることは全く問題にならない。野菜や植物に動物的なにおいのするものはたくさんあるからだ。例えばヤギのにおいがする植物の根やウード、たぬきのにおいがする白樺などがそうだ。中近東や北アフリカの人はウードがとても好きだが、砂漠を行く商人たちの一団であるキャラバンはヤギのにおいがするといわれているので、自分たちのルーツを感じるから好きなのかもしれない。天然の香料でなくても動物のにおいがする合成香料もある。動物のにおいは糞尿のにおいの一種とも言えるが、そうしたにおいがする成分はジャスミンの花にも含まれる。
──ジャスミンにも野性的な香りやアニマリックな香りを感じることは確かにある。
エレナ:そうだろう?よくいわれることだが、臭いと思われる香料が少量加わることで素晴らしい香水になることがある。
──香りを色で表現することがあるが、色を意識して調香することはあるか?また、「ル クヴォン」らしさを言葉で表すと?
エレナ:仕事上の経験から香りと色彩は一致しないし、組み合わせることはできないと思っている。それは科学的にも証明されている。100人ほどを対象とした「香りを嗅いで何を思い浮かべるか」という実験では、色に関する回答が1%もなかった。全体の50%が物質や花で、30%が触覚に関するもの、そのほかは音などだった。そこで私は、当時担当していたブランドで実験してみた。色彩に関わる仕事をしている12人を集めて、10種の香りを閉じ込めた無表記の小瓶を用意し、それぞれどんな色を思い浮かべるか聞いた。すると1つの香りに対して同じ色を答えた人は一人もいなかったんだ。色の専門家たちですらこの結果なのだから、香りと色は一致しないと思う。「ル クヴォン」らしさを言葉にするとしたら、「香りに対する深い愛」だ。われわれのチームと顧客は香りへの深い愛を分かち合える存在だからだ。
──あなたの作る香水は“卓越したミニマリズム”や“至高のシンプル”を感じる。
エレナ:“至高のシンプル”という言葉は詩的で日本的なニュアンスだね。私は自身をミニマリストではないと思っている。なぜならミニマリストには感情を入れない印象があるからだ。私は香りに多くの感情を込めるのでミニマリストではないが、“至高のシンプル”は合っていると思う。
──著書「調香師日記」に「『モレスキン』のノートに香水のアイデアや構想、旅や出会い、自分の生きる時代について書き込んでいる」とあったが、それは今も続けているか。
エレナ:今はノートではなくスマホにメモしているよ。私も近代化しているからね(笑)。
──非常に多くの経験とキャリアを持っているが、今後作りたい香りやチャレンジしたいことはあるか?
エレナ:もちろん!私にとって香水作りは喜びでしかない。どう香りを組み合わせるか、それを考えるのが私の幸せだ。
YUKIRIN
美容・香水ジャーナリスト
香水・香り関連商品と、ナチュラル&オーガニック美容分野に特化した記事を執筆。女性誌などのメディアで発信する。化粧品や香り製品のコンサルティングやイベントプロデュースなど幅広く活躍。「日本フレグランス大賞」エキスパート審査員、「イセタン フレグランス アワード2019」審査員などを務める