篠原ともえが手掛けた、エゾ鹿の革の端を使った着物作品“ザ レザー スクラップ キモノ”がニューヨークADC賞の2部門と東京ADC賞を受賞し、3冠を達成した。篠原は今年手掛けた星野リゾートやタカラスタンダードの制服デザインにおいても、サステナビリティの思考を取り入れている。そのクリエイティブとサステナビリティを両立したものづくりのあり方を語った。
(この対談は2022年11月25日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット」から抜粋したものです。下記の関連記事から期間限定で動画でも視聴できます)
社会を動かすことができるのは
デザイナーにとって大きな喜び
向千鶴WWDJAPAN編集統括兼サステナビリティ・ディレクター(以下、WWD):革の着物作品“ザ レザー スクラップ キモノ(THE LEATHER SCRAP KIMONO)”は、第101回ニューヨークADC賞(THE ADC ANNUAL AWARDS)でブランドコミュニケーション・デザイン部門とファッションデザイン部門を受賞。のちに東京ADC賞にも輝き、三冠を達成しました。このニュースを「WWDJAPAN」で発信すると、読者からも大きな反応がありました。
篠原ともえ(以下、篠原):お付き合いのあるいくつかの媒体にお知らせを送った中で、一番早く取り上げてくれたのが「WWDJAPAN」でした。記事はあれよあれよと拡散され、たくさんのメッセージが届きました。その時はアクセスが増えたのか、私のホームページも繋がりにくくなっていましたね。
WWD:“ザ レザー スクラップ キモノ”は、革の品質や職人の技術を次の世代に伝える日本タンナーズ協会が運営するメディア「革きゅん」のプロジェクトの一環で作ったものでした。しかし、もともとの依頼は協会の活動をPRしてほしいというものだったと聞きました。
篠原:私はこれまでメディアのお仕事をしてきたので、出演のオファーも自然な流れで受けました。でも、私がレポートするだけでは、本当の革の魅力は伝わらない気がしたんです。だったら、素晴らしい技術を持っている職人さんと力強いアートピースを作ったほうがいい。さらに、美しいビジュアルも用意すれば、より多くの人に見てもらえるはずだと考えました。当時はコロナ禍だったこともあり、私にとっても一つ一つのお仕事が大切だった。この機会を自分だけのものにせず、本当にクライアントさんが喜んでくれるものにしたかったんです。
WWD:レザーは悪者のように語られることも多い素材です。レザーを使った制作自体、チャレンジングな要素も大きかったはずですが、どんな覚悟で挑みましたか?
篠原:私も革を扱うことに緊張感を持っていたので、一度しっかり背景を調べる時間をもらいました。そこで、人間がお肉を食べたりする副産物として革産業が栄えていると知ったんです。命をいただくからには、革も無駄なく活用して使うことで循環が生まれると考え、今回も森林被害防止のために捕獲された北海道のエゾシカの革の端を使用しました。
WWD:篠原さんは何かに取り組むときに、まず背景を調べる?
篠原:自分が背景を知らないと語ることができないから、人の心を動かすものも作れない。知ることはマナーだと思っているし、対象にリスペクトがあれば自然と手が動きます。知ることで新しいアイデアが生まれることもありますね。
WWD:着物というアイデアにはどのようにして辿り着いたのですか?
篠原:アートピースは綺麗なだけではなく、今ある問題を解決できたほうが多くの人の心に響くはずだと考えました。そこで、革の商品を作る時に端が処分されてしまうという問題を、着物の形にすることで解決できないかと思いつきました。着物は生地を余すことなく使い切ってパターンを仕上げるものです。革も着物に当てはめ、同じように使い切れば物語が繋がるなと、パズルのピースが埋まるようにアイデアが固まっていきましたね。
WWD:アイデアを具現化するにあたって、どのような工程を踏みましたか?
篠原:私は2020年にアートディレクターの夫、池澤樹とデザイン会社を立ち上げました。そのチームは私と池澤、デザイナーの香川真知、マネージャーの4人でやっていて、今回もみんなで会議も重ねました。池澤が着物に加えてもう一つアイデアが欲しいと言って、水墨画のようなグラデーションを掛け合わせる案が浮かんだんです。
WWD:その提案を受けて、クライアントはどんな反応を見せましたか?
篠原:「そこまで頼んでないよ」という雰囲気はありましたね。でも、実現したら喜び合えるはずだと信じてイメージを共有していくと、見たことがない景色にみんなの心が動いていくのが分かりました。協会の方からは埼玉県草加市の工場を紹介してもらい、味方がどんどん増えていくような感覚がありましたね。
WWD:職人とのコミュニケーションで印象的だったことはありますか?
篠原:今回の作品で求めている染色をできる職人が一人だけいました。その方はすでに定年退職されていましたが、特別に協力してもらうことができました。彼は眼が本当に鋭敏で、私たちに見えないものが見えていました。革はファンデーションみたいに、染色したらどんどん色が変わっていきます。私には塗ったその時の色しか分からないけど、彼は5分後のことを考えて染めていた。やはり職人の目は宝だと感じましたね。さらに嬉しかったのが、この制作を機にこの染色の技術を継いでいく動きが生まれたことです。
その時、誰かの背中を押すことや、社会を動かすことができるのもデザイナーにとって大きな喜びだと感じました。
Movie director: Mitsuo Abe
©︎TANNERS’ COUNCIL OF JAPAN
自分の中に響くサステナビリティを信じたい
WWD:そもそも、サステナブルに関心を持ったきっかけは?
篠原:私はファッションの領域でものづくりをしていく上で「WWDJAPAN」と「ファッション通信」と「繊研新聞」はしっかり読んでいこうと思っているんです。2019年頃は、どの媒体でも「SDGs」や「サステナビリティ」、「持続可能なものづくり」がキーワードとして頻繁に取り上げられていて、各ファッションメディアがこれほど訴えかけることなら、自分なりに向き合って、自分が愛せるSDGsのあり方を考えようと思いました。そうして、祖母が着物のお針子さんだった影響もあって、着物のように余すことなく生地を使うアイデアに至りました。
WWD:環境に配慮したものづくりの原点は?
篠原:今日着ている衣装は四角いパターンを繋げて余りが出ないように作ったもので、私が以前からライフワークのように作り続けているシリーズです。衣装ならば、シルエットを美しくするためにカーブを取らないと形がとれない場合もありますが、私は徹底的に四角いパターンだけで作るということをやっていこうと思っています。
WWD:ほかにも、星野リゾートやタカラスタンダードの制服デザインを手掛け、ものづくりの幅を広げていますね。制服でもデザインをジェンダーレスにし、サイズ展開を絞るなど、サステナビリティの思考を取り入れています。
篠原:制服のお仕事でも、クライアントがサステナビリティを意識していることが多いですね。ならば、なおさら素材からこだわって自分が自信を持って発信できるものを作りたいです。タカラスタンダードの制服では、水まわりの専業メーカーである個性を活かして水のイメージを伝えたかった。輝きのある素材を求めた結果、再生ポリエステルに自然と繋がりました。このように、自分の中で響くサステナビリティを信じていきたいです。
WWD:ADC賞への挑戦を振り返って思うことはありますか?
篠原:本当は「LVMHプライズ」にも挑戦したかったんです。でも、40歳までしかエントリーできないということで、40歳を過ぎた私はトライできなかった。それでも、チームみんなで作ったものを世界の人に見てほしいという思いで、ADC賞に会社としてエントリーしました。それが今回の結果になったので、挑戦してみてよかったと思います。ADC賞はファッションではなく広告の賞ですが、ファッションの視点からのアプローチが新鮮だという声をもらいました。自分の喜びがみんなのものになる、そういう挑戦は誰にでもできるはずです。