人々の心に火を灯す機会を提供することを目的に、クリエイティブディレクターにGReeeeNのHIDEを迎えた一般財団法人渡辺記念育成財団は、EverWonderプロジェクトを発足した。構想中のプロジェクトは、同財団が次世代の芸能プロデューサーを支援する「みらい塾」の奨励生が企画進行している。今回は、ソニーで事業開発を担当する第5期奨励生の中村祐介が中心となり、ソニーグループで活躍する若手社員たちと「会社員として自分のやりたいことを見つけ、心に火を灯す方法」についてディスカッションする。
中村祐介ソニー事業開発担当(以下、中村):今日は、みなさんと「会社員として自分のやりたいことを見つけ、心に火を灯す方法」について語りたいと思います。みなさんは、比較的自分の好きなことややりたいことを仕事で実現できている印象です。好きなことを仕事やキャリアに落とし込むにはどうしたらいいのか?そもそも好きなことが見つからない人はどうすればいいのか?を伺えたらと思います。まずはみなさんの好きなことと、仕事内容を教えてください。
對馬哲平ソニー モバイルコミュニケーションズ事業本部 wena事業室 統括課長(以下、對馬):私はスマートウオッチ「ウェナ(WENA)」の開発を担当しています。もともと電化製品に限らず、あらゆるプロダクトへの興味・関心が非常に強く、今の仕事に繋がったように思います。「このプロダクトは、どのような想いで作られたのか?」「どういう意図で、このような設計になったのか?」を自分なりに考えることは趣味にもなっています。「このプロダクトは、もっとこうするべきだ」という自分の仮説が他人に共感される瞬間はたまりません。実際にプロダクトの開発に携わり、今まで培ってきた自分の価値観がお客さまに評価されたときの嬉しさは、仕事のモチベーションになっています。
中村:對馬さんは、好きを仕事にできている方の典型的な事例ですね。私の場合は、中学生のときに観た「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に心を奪われて、映画が大好きになりました。アメリカの自由さや寛大さがとても印象的で、大学生のときには留学するなど、その後の人生に大きな影響を与えてくれました。人生に大きな影響を与える映画に携わりたいと思い、ソニー・ピクチャーズのあるソニーに入社したほどです。現在は、ソニー・ピクチャーズとの協業で、動画配信サービス「ブラビア コア(BRAVIA CORE)」を担当しています。
八木泉ソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 パーソナルエンタテインメント事業部 事業開発部 サービス企画課(以下、八木):モノ作りを通してチームやお客さまと心が通う瞬間は日々の活力になっています。学生時代はオーケストラでマンドリンを演奏。チームで目標に向かって努力し、一つの音楽を作り上げること自体がとても好きでした。そういった経験が、チーム一丸となってプロダクトやサービスを開発する、今の仕事の楽しさややりがいにも繋がっていると思います。また、私も自分たちの商品やサービスが誰かのためになっていることを知ったときの喜びが仕事のモチベーションになっています。特に印象深いのは、周囲の音を拾いながら音楽を楽しめるヒアラブルデバイスの開発チームに配属されたとき、視覚障がいを持っている方から「初めて、外で音楽を楽しめ、ウォークマン体験ができた」と喜びの声が聞けたことです。現在は、サウンド AR サービス「ロケトーン(LOCATONE)」のビジネスプロデューサーとして、さまざまな場所を音の力でエンターテインメント化する活動をしています。今年は一般のクリエイターの方も巻き込んで「Locatone Creator Contest 2022」を開催しました。
廣瀬太一ソニー・ミュージックレーベルズ 第1レーベルグループMASTERSIX FOUNDATION制作部兼MCR制作部 A&R(以下、廣瀬):みなさん好きなことに携わっているから、心に火が灯っているんですね。正直な話、自分の強みは心に火が灯っていなくても、割となんでも頑張れることなので、場違いかもしれません(笑)。逆に、一般的には感動するであろう体験をしても、全く心に火が灯らなかった話ならできます。自分は中学生のときに、音楽好きな同級生の兄の影響でなんとなく音楽を始めて、大学生のときには1500人くらいの観客の前で演奏する機会がありました。でも、全く感動せずに終わってしまって……。周りとの温度差を感じ、「このまま音楽を仕事にするのは辛い」と思い、就職を考えました。ソニーは「一生潰れないだろう」と思い、内定を受けたんです。現在は、A&R(Artists and Repertoire)というアーティストが何を作ってどう売るのかを統括するポジションで仕事をして、これまでにMAISONdes(メゾン・デ)や、2022年の上半期に同じくTikTokで大きなトレンドとなった「PAKU」を歌うasmiなどのアーティストを担当しています。また、A&R業とは違う角度で、音楽だけではなくイラストレーターやアニメーターらのクリエイターも含めたマッチングプラットフォーム”MECRE(メクル)”を立ち上げ、運営し、これまでの音楽レーベルのビジネスとしてはちょっと不思議に思われるような事業にもトライしています。
中村:好きを仕事にするためには?
對馬:好きには段階があると思っています。僕の場合、はじめはなんとなくプロダクトが好きだったのが、そのうち自分でカスタマイズしたくなりました。さらに好きな気持ちが高まると、「プロダクトをもっとこうしたい」というアイデアが出てくるようになりました。その積み重ねがプロダクトに対する価値観の形成に繋がり、仕事にも生きるようになったんです。
中村:映画も似ているかもしれませんね。最初は純粋に好きだったけれど、次第に「自分だったら」という考えが芽生え、実際に作品を撮ってみるというプロセスだと思います。好きを追求するから仕事になる、という考え方もあるかもしれませんね。
廣瀬:僕は、ちょっと違うかなと思います。世間の風潮として「好きなことを仕事にする」がとても美化されていますが、これは“呪い”に近いように感じます。一方、「好きなことより、得意なことを仕事にした方がいい」という考えもありますが、人間にスペックの差なんてそこまでないと思うので、それも少し違うかなと思うんです。一番大事なのは、「人に喜んでもらえること」「ニーズのあること」を選ぶことかなと。私の場合、音楽をやっていた流れで今の仕事に就きましたが、音楽に触れるきっかけになった同級生で今はプロの作家として活動している人に初めてお願いした楽曲が、とある音楽チャートで日本一になりました。自分の仕事が世の中から評価され、これまで「こいつ、何やってんだろうな」という目だった周囲の反応が見事にひっくり返る瞬間にとても快感を感じます。
中村:廣瀬さんのような発想で、ニーズがあるところで仕事を極めた結果、それがやりがいと気づくパターンもありますよね。
八木:私が漫画家の友達に好きなことを仕事にして結果を出していることを褒めると、その人は「自分はこれしかできないから、極めただけ」と答えました。その人が歩んできた人生で、考え方はだいぶ異なるんでしょうね。
廣瀬:アーティストの育成においても同じことが言えます。「どんなアーティストになりたいか?」と問うと、多くの人は「東京ドームのような大きな会場でライブをしたい」と答えますが、それは手段でしかないんです。「東京ドームでライブがしたい」と答える人の裏には、「とにかく人にチヤホヤされたい」って気持ちが隠れていることが多いです。これ自体は悪くないことですが、単純にチヤホヤされたいなら、他にも選択肢があるかもしれません。逆に自分の好きな曲を作り続けたいなら、レーベルやら事務所やらの企業体に所属せず、自己資本でやり続けた方がいいかもしれません。大事なのは、「どういう状態になりたいか?」を明確にした上で、そのために必要な正しい選択をするだと思います。
對馬:漫画を好きで描いていたのに、プロになると描くのが嫌いになってしまったという話はよく聞きますよね。
廣瀬:それもやはり、自分の理想の状態を見誤っていることが原因だと思うんですよね。漫画を描くのが好きなのか、漫画を描いて第三者に評価されるのが好きのかは、全く異りますよね。音楽も同じです。
八木:好きを仕事にすることが幸せな人もいれば、仕事は仕事で好きなことは趣味にする方が幸せな人もいますよね。意外に得意なことや求められることは自分では気づかなくて、人に言われてはじめて気づくことも多いので、周りの人に聞いてみるのもいいかもしれません。
中村:みなさんは、会社に所属しながら自分が思うように好きを仕事にできている側の人たち、あるいは仕事の中でやりがいを見つけられた人たちです。一方、多くの人は好きなことを仕事にできているわけではなく、やりがいも見失っています。その人たちは、どうすればいいと思いますか?
對馬:よく素人目線が大事とか言いますが、私はそうは思いません。好きなことを追求するから深いニーズに詳しい方が、新しいアイデアが生まれると思います。例えば、GoProというカメラはもともとサーフィンをしている自分の姿をかっこよく撮りたいという想いから生まれたものですが、サーフィンに興味のない人がそう思うでしょうか?サーフィンをやってない人には理解できません。それをスノボやサイクリングなど、同じような嗜好を持った人たちに向けて横展開できたからこそ、GoProは人気商品になったわけです。好きだからこそ生まれるアイデアがあり、これは自分が好きなことを仕事にする上で必要かなと思います。
八木:本当に好きなことがある人は、既にそれを仕事にするための何かを得ていたり、何かしらアクションを起こせたりしていると思います。好きなことを仕事にしたいと悩んでいる人たちは、本当に自分が好きなことに出合えていないのかなと。まずは自分の理想の状態を考えたり、今の環境を変えて新しいことに触れてみたりすることが大事かなと思います。とにかく興味を持ったことはやってみる。それによって、自分が本当にやりたいことや好きなことを再発見できたら、アクションに繋げられるかもしれません。
中村:デパ地下の試食みたいに、色々なキャリアをかいつまんで経験できる機会があればと思います。仮に自分に好きなことがあっても、その好きをキャリアに落とし込むには実際色々な仕事を経験してみないと。
八木:悩んでいる人がアクションを起こして、色々な仕事を経験できる環境を作ることは大事かもしれませんね。
中村:「好きなことを仕事にしたいのに」と焦っている人には、本当に好きなことが見つかっていないケースもあるのかもしれませんね。本当に好きなことを見つけるためにも、新しいものに触れられる機会が増えるといいですね。一方好きなことを仕事にすることが必ずしもいいわけではなく、むしろ自分がなりたい状態を思い描いて逆算して正しい選択を取ることも心に火を灯して生きるために必要な考え方かもしれません。みなさん、貴重なお話をありがとうございました。