※本記事は一部ネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください
映画やドラマなどのエンタメを通して、ファッションやビューティ、社会問題などを読み解く連載企画「エンタメで読み解くトレンドナビ」。LA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が、話題作にまつわる裏話や作品に込められたメッセージを独自の視点で深掘りしていく。
第9回は、大物映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタイン(Harvey Weinstein)のセクハラ問題を報じた2人の女性記者を描いた「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」について。女性目線で語られる、ハリウッドの圧力と未来について迫る。
ハリウッド映画界で発覚したセクハラ被害を告発する「#MeToo」運動が勃発して、丸5年が経った。1月13日に日本でも公開した「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」は、女性のために社会を変えたこのムーブメントが始まったきっかけについて語っている。
「#MeToo」運動が拡大したのは2017年10月。「ニューヨーク・タイムズ(New York Times )」と「ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)」が、立て続けにワインスタインの長年にわたる性加害を暴露したことがきっかけだった。
「ニューヨーク・タイムズ」では、本作の主人公でもある記者ジョディ・カンター(Jodi Kantor)とミーガン・トゥーイー(Megan Twohey)が、「ザ・ニューヨーカー」では記者ローナン・ファロー(Ronan Farrow、映画監督で俳優のウディ・アレンと俳優のミア・ファローの実子)が執筆した。彼らは別々に動いていて、掲載時期が重なったのは偶然。だがお互いに、相手も同じネタを追いかけていることは気づいていたという。
グウィネス・パルトローらセレブたちが証言
どちらの記事にとっても大事だったのは、被害者から実名で体験談を語ってもらうこと。性犯罪においては特に、最もハードルの高いところだ。しかし、彼らが被害者への誠意と思いやりを持ちつつ、熱心にアプローチした結果、多くの女性が口を開いた。そのおかげで、これらの記事は非常に信憑性のある、パワフルなものとなったのだ。名乗り出たセレブには、グウィネス・パルトロー(Gwyneth Paltrow)やアンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)、カーラ・デルヴィーニュ(Cara Delevingne)、アシュレイ・ジャッド(Ashley Judd)、ミラ・ソルヴィノ(Mira Sorvino)らがいる。また、その前からずっとワインスタインによるレイプについて語り続けてきたローズ・マッゴーワン(Rose McGowan)も両メディアに話した。
これまで声を上げてきたマッゴーワンだが、結局何も変わらなかったことから当初は今回もまた同じではないかと半信半疑だったという。その様子は、本作とファローが書いたノンフィクション本「キャッチ・アンド・キル(Catch and Kill: The Podcast Tapes)」でも描写されている。しかし今度こそついに、彼女の言葉は、ほかの多くの女性たちの声と一緒に世の中に伝わった。そして「#MeToo」運動となって、ワインスタインにとどまらず、これまで女性にセクハラをしてきた権力のある男性たちを次々に追いやることになったのだ。
ワインスタインは、数多くの被害女性から民事訴訟されたほか、ニューヨークでの刑事裁判で有罪となり、懲役23年を言い渡された。昨年末にはロサンゼルスでも刑事裁判があり、ここでも有罪となった上、今年はロンドンでの刑事裁判も控えている。今後どのような刑期が言い渡されようとも、73歳である彼が残りの一生を刑務所で過ごすことはほぼ確実だろう。だが本作の優れたところは、ワインスタインの話にしなかったことであり、あくまで女性たちの話なのだ。
本作は、ワインスタインの暴露記事が出る前の2016年から始まる。大統領選を前にして、アメリカではドナルド・トランプ(Donald Trump)の過去のセクハラが大きなニュースになっていた。トゥーイーもその取材記事を書いたが、彼女と告発してくれた被害女性が嫌がらせを受けた挙句、トランプは選挙に勝ってしまう。これだけの事実が分かっていても、結局、世の中は変わらないということなのか。そういう土台があったからこそ、映画で最後に起こることに、人はより大きな達成感を覚えるのだ。
また、女性たちが語る被害体験は、あくまでその女性たちの言葉で描写される。ときにはフラッシュバックで廊下や部屋が映し出されることもあるが、セクハラやレイプの状況が出てくることはない。センセーショナルになるだけで、劇中には必要ないからだ。タイトルにも「彼女は語った」とあるように、監督のマリア・シュラーダー(Maria Schrader)と脚本家のレベッカ・レンキェヴィチ(Rebecca Lenkiewicz)は、さすが女性チームであり、とても繊細な形でアプローチしている。
カンターとトゥーイーのプライベートの部分が表現されているのも見どころの一つ。ワインスタインの取材に最初に取り掛かったのはカンターで、トゥーイーは初めての赤ちゃんを生んだ後に参加した。しかし、そのころのトゥーイーは産後うつ状態であり、とても辛い状況にあったという。原作のノンフィクション本には書かなかった個人的な部分を映画に入れることに、はじめ彼女は抵抗を感じていたらしい。だがこの描写があることで、勇敢なジャーナリストの2人もスーパーウーマンではなく、私たちと同じ女性なのだと感じられる。それがまた私たちに元気をくれるのだ。
トゥーイーを演じるキャリー・マリガン(Carey Mulligan)は、近年では「#MeToo」をテーマにした映画「プロミシング・ヤング・ウーマン(Promising Young Woman)」にも主演している。また、シュラーダー監督が手掛ける最新作「アイ・アム・ユア・マン 恋人はアンドロイド(Ich bin dein Mensch)」は、女性目線で恋愛について考察する、働く大人の女性ならばきっと共感できる作品だ。これらのように、女性たちによる、女性たちの話が、今後も映画の中で語られていくことを願うばかりである。