2023-24年秋冬コレクションサーキットは、メンズからスタート。「WWDJAPAN」は現地で連日ほぼ丸一日取材をし、コレクションの情報はもちろん、現場のリアルな空気感をお伝えします。担当は、前シーズンのメンズと同様に大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリのコンビ。ミラノ・メンズ3日目は、話題のブランドがラインアップします。
9:00 「サントーニ」
「サントーニ」のプレゼンテーションで3日目がスタート。今季新たに加わったのは、創設者アンドレア・サントーニ(Andrea Santoni)が1980年代に生み出した、“アンドレア ローファー(Andrea Loafer)”を再解釈したスタイルです。ユニセックスで提案するこのローファーは、甲の曲線的なカットと、快適な履き心地を実現する柔らかなソールにこだわったといいます。定番のダブルバックルとレースアップは自然にインスパイアされて、ハンドカラーペインティングで深海のブルーや夕焼けのオレンジ色に仕上げました。超軽量なソールへと進化した、アンクルブーツも登場です。バスケットシューズとランニングシューズを融合させたという新作スニーカー“ハイ ラン(Hy-Run)”は、スプレーペインティングで鮮やかなカラーに染まり、バッグもグラデーションで彩ります。ギャラリストのトマソ・カラブロ(Tommaso Calabro)がキュレートしたアート作品とともに展示し、次シーズンは彼とのコラボレーション作品を発表予定とのこと。「サントーニ」の手染め技術がアートと出合い、どのような表現になるのか楽しみです。
9:30 「ラルディーニ」
次は、イタリアン・クラシコのモダンアップデートに成功した筆頭「ラルディーニ(LARDINI)」です。アッファリ広場に立派な宮殿の門をくぐると、漆黒の空間にコレクションが並びます。もともとソフトスーツで若年層に強いブランドではあるものの、ドレス以外のアイテムを充実させて20~30代若年層の顧客をさらに取り込みたいのだとか。ワントーンのスーツには素材感やスタイリングでウィットを効かせ、かっこいいけれどちょっと隙のある男性像が感じられました。憧れます。ロング丈のバーシティージャケットやイージーフィットでクリーンなソフトスーツ、ビビッドカラーが映えるコーディロイのセットアップなど、クラシコのムードを残しながら、肩の力が抜けたバランスがうまい。
10:00 「サイモン クラッカー」
イタリア・チェゼーナ出身のデザイナーデュオが手がける「サイモン クラッカー(Simon Cracker)」は、昨年末に逝去したヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)に捧げるトリビュートショーを行いました。破いた服をつなぎ合わせたドレスの他に、帽子を装飾としてジャケットに取り付けたり、ハンガーに布をかけてドレスに見立てたり。危機に瀕した世界に対する怒りを、DIYのアプローチで表現しました。片足にギブスを巻き、松葉杖で登場したファーストルックしかり、一般人を起用したキャスティングが面白かったです。パンキッシュな精神はヴィヴィアンの影響を受けているのが明らかでしたが、10年以上のブランドだとは思えないほど荒削りなクオリティーが気になりました。ただ、インスピレーションの一つになったという、“ノーと言うのを学ぶことは、自由を学ぶことである”という言葉には共感しました。
11:00 「マリアーノ」
ミラノ・メンズのエグみ代表「マリアーノ(MAGLIANO)」に異変です。エグくないよ。会場は、椅子を積み上げて壁にしたセットで、独特な世界観です。毛羽立ったニットウエアや太畝のコーディロイ、色あせたデニムなどテキスタイルも個性的。しかし、アイテムのデザイン製はかなり抑えめにまとめてきた印象です。クラシックなスーツのシルエットを現在のストリートウエアに置き換えたり、軍用毛布をドレッシーなガウンに仕立てたりと、相反する要素の融合をアイテムのデザインで表現しています。また安全靴メーカーの「Uパワー(U-POWER)」とシューズを共同開発し、ルカ・マリアーノ(Luca Magliano)=デザイナーが「ヒーロー」と讃える労働者に敬意を表します。
個人的には、嫌いではありません。むしろ好きです。しかし、アイテムが着やすくなればなるほど、激戦ゾーンの中に身を投じるリスクもあります。特に、ただでさえ苦戦している中間層のデザイナーブランドです。ぶっ飛びすぎててもダメなのですが、着やすくなったからいいということでもないのがこのゾーンの難しさであり、面白さでもあります。
12:00 「エトロ」
今季のミラノの注目の一つである「エトロ」。クリエイティブ・ディレクターのマルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco De Vincenzo)による、初のメンズのショーを開催しました。同ブランドがイタリア・コモの自社倉庫に保管しているテキスタイルのロールを積み重ねた会場装飾です。テキスタイルカンパニーとして始まったブランドのルーツと、彼自身の個人的な思い出をコレクションに落とし込んだようです。
新ディレクターが描く「エトロ」メンズから浮かび上がったのは、洗練されたロマンチックな夢想家といった男性像。ブランケットに包まれているように柔らかく体を覆うコートに始まり、パジャマ風のコンビネゾン、ラグを思わせるジャガードのコートやジャケット、サボに合わせるルームソックスに似た厚めのパイル生地の足元と、家庭を想起させるアイテムが多数。それらは暖色系とグリーンのシェードで彩り、ボタニカルやグラフィカルな柄を描いて柔和なムードです。
手編みのざっくりと着るニットウエアや、刺しゅうのアップリケで作るメルヘンな世界観を、1970年代風のフレアパンツとタータンチェックのスーツセットアップで、キリッとしたスパイスを効かせてほどよく崩しました。バッグは、ウィメンズでも登場した“ラブトロッター”を強く押し出します。終盤のフォーマルウエアに至るまで、肩の力が抜けた気楽さと洗練さ、しなやかさの絶妙なバランスを保ちながらショーが閉幕。シグネチャーであるペイズリーを主役にしなくても、自由な精神をDNAに持つ「エトロ」らしさを十分に、そしてモダンに表現していました。市場で空席になっていたロマンチックなメンズウエアの立ち位置は需要がありそうな予感。バッグやシューズも得意なヴィンチェンツォなだけに、今後はメンズでも新しいアイコンとなるアクセサリーが誕生することが期待できそうです。
14:00 「プラダ」
「エトロ」と同じくミラノ・メンズ最大の目玉といってもいい「プラダ」の時間がやってまいりました。実は「マリアーノ」「エトロ」と会場が近かったため、2時間ほど前からすでに会場付近にはいたのですが、すでに多くの女性ファンが誰かを待っています。「ああ、やっぱり来るか」とセレブを撮影しないといけない現実に、心の声がつい漏れてしまいました。会場に入ると、カメラマンの人だかりの先にエンハイフン(ENHYPEN)を発見。多くのファンは、彼らが目的でした。セキュリティ2人の隙間から腕を伸ばしてスマホを素早く向け、高橋名人のごとくシャッターを魂の連打。いい写真ではなくファンの方々に申し訳ないと思いつつ、とりあえずひと仕事を終えて安心し、ショー本番を迎えます。
「プラダ」は今シーズン、「服の本質を見直そう」というテーマを掲げました。軸となるのはボックスのジャケットと、超タイトなトラウザーです。前シーズンに披露した1990年代風の合わせ位置の高いシャープなテーラリングに比べ、さらに要素を削ぎ落とした印象です。いつも以上にミニマルなクリエイションに徹した分、フェイクレイヤードのように襟だけ付いたギミックや、丸みのあるチャンキーシューズ、パンパンのパファージャケットのフォームなど、違和感が極端に際立ちます。MA-1やモッズコートは、極端にタイトだったり、オーバーサイズだったりと、同じアイテムを色やサイズ違いで繰り返すことでメッセージを訴えるという手法なのでしょう。ブランドのアイデンティティーであるユニホームから着想したチュニックと、短い丈のジャケットを合わせるスタイリングは秀逸。毎回楽しみしているインビテーションはクッションで、今回はクッションを服にアレンジしたピースが登場するという仕掛けでした。
コレクションに集中していたら、開始時よりも何だか雰囲気が変わっていることに徐々に気づき始めした。「おいおい、天井が下がってきているじゃないか」。せめて、エンハイフンの写真を日本の担当に送るまでは生還しないといけません。しかし、これはもちろん演出。高い天井で開放感のある空間から一転し、最後はまるでアンダーグラウンドなブランドのショー会場のように空間を狭めることで、観る人がより濃密に服と対話してほしいというメッセージでした。んん、最近の「プラダ」は哲学的で奥が深いです。
16:00 「ミッソーニ」
次は「ミッソーニ(MISSONI)」の展示会場へ足を運びました。昨年クリエイティブ・ディレクターに就任したフィリッポ・グラツィオーリ(Filippo Grazioli)が手掛ける、メンズのセカンドシーズンです。シャツジャケットやウィンドブレーカー、ブレザー、プルオーバーといった日常着を、同ブランドらしくニットでジグザグやストライプの模様を描きます。同デザインをサイドゴアにあしらったアンクルブーツやサボサンダルは、ユニセックスで提案できそうな新鮮さのあるアイテム。ウィメンズでは、ボディコンシャスなシルエットで若返りを図りましたが、メンズは安定思考のようです。「エルメス(HERMES)」や「バーバリー(BURBERRY)」、「ジバンシィ(GIVENCHY)」でキャリアを積んだ彼の経験が、今後生かされるのか見守ります。
17:00 「チェールズ ジェフリー ラバーボーイ」
「マリアーノ」がミラノのエグみ代表なら、この「チェールズ ジェフリー ラバーボーイ(CHARLES JEFFREY LOVERBOY)」はロンドンのエグみ代表。この2ブランドを同じ日に組み込む協会、なかなか分かってます。会場周辺からすでにロンドンバイブスびんびん物語で、「プラダ」には絶対いないような奇抜な来場者たちのユースパワーが会場にこもり気味。そしてこのブランドいえば謎に豪華なステージセットも名物で、発表の場をロンドンからミラノに移した今回もデビッド・カーティス(David Curtis)と協業したインダストリアルな巨大セットに圧倒されました。
コレクションは、祖国スコットランドの民族衣装からロンドンパンク、ユースカルチャーまでを縦横無尽に取り込み、自らのストーリーに落とし込む平常運転。しかし、以前に見た数年前よりも格段に良くなっていました。一点一点の強さを保ちながら、スタイルとしてまとめるバランス感がレベルアップしています。ショールームのトゥモロー(TOMORROW)からの出資を受け、プロダクションの安定感も明らかに増しています。とがり具合でいうと、以前よりも大人になった印象はあるものの、「マリアーノ」のそれとは異なり、強烈なオリジナリティーは残したまま編集力を身に付けた感じでしょうか。今後の活動がますます楽しみになりました。
18:00 「トッズ」
「トッズ」はエレガンス回帰のシーズン。とはいえ過去の焼き直しではなく、現在のエレガンスとは何かを思考し、レザーを多く使ったコレクションで表現します。カラーはシューズとウエア共にブラウンやベージュ、キャメルなどの茶系が中心。スエードが定番の“ゴンミーニ”はカーフで上品になり、ブルゾンやシャツジャケットは軽やか。ローファーなどウィメンズでヒットを連発しているアイテムが、メンズでも人気を集める流れができつつあるそうです。特に印象に残ったのは、スニーカー風デザインのオールレザーのシューズでした。
19:00 「ジェイ ダブリュー アンダーソン」
3日目の最後は、ミラノで2回目となるショーを行った「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)」です。座席が並べられただけの巨大倉庫の会場で、今季も独自の世界観へとゲストを引き込みました。
ショーが開幕すると、服づくりの起点となる生地のロールを腕に抱えた、下着姿のモデルが登場します。SNSでは面白おかしく取り上げられていますが、デザイナーの意図は、改めて服作りをゼロから始めたいという意思を込めたそうです。他にも枕を握りしめた無地のTシャツルック、タイトなフィット感のスーツセットアップ、ウエストに湾曲した輪が飾られたトラウザー、シアリングやライダースのジャケットなど、レイヤードは皆無で素肌に服を着用しています。ライダースジャケットを縦長に引き伸ばしたようなコートや、タンクトップの背面に取り付けたレザーのSIMカード風の装飾など、ありきたりな日常着にやや違和感を加えます。シュルレアリスムを表現する彼にしてはいつになくシンプルな仕上がりです。
ショー後のバックステージでアンダーソンは、「蛙のバッグとクロッグが、今季の唯一のシュルレアリスムな点。だってファッションにはユーモアが必要でしょ」と無邪気に笑いました。これは彼が幼少期に着用していた子供向けのシューズを模したデザインで、ヨーロッパの人にとっては懐かしさを感じさせるアイテムなのだそう。日本人にとっての、つぶらな瞳の黄色い犬のキャラクターの糊“フエキくん”みたいな感じでしょうか。
さらに彼は、今季のテーマを“白紙の状態”だといい、アイデアの源について説明しました。「約10年前、男女でワードローブを共有するというコンセプトでメンズコレクションを制作した。そして現在、ジェンダーは現代のツァイトガイスト(時代を特色づける思想)になっている。ファッションは時代を映す鏡であるし、文化的に何が起こっているのか投影しなければ意味がない。しかし同時に、時代を否定する反骨精神がデザイナーには必要だ。ファッション業界にいる私たちは、意思を表明することに臆病になっていると感じるけれど、求められるのは建設的な対話である。今季はアーカイブのラッフルスカートを踏襲し、所有する物理的な物、そこに付随する感情、そしてそれらを手放すことを考えた」と締めくくりました。
約10年前は、彼の両性具有的なクリエイションに業界が衝撃を受けましたが、今となってはごく当たり前のように各ブランドが打ち出しています。フェミニンなラッフルスカートは、時代が変われば物事の見え方が変わる、そんな象徴のようです。だとしたら、何が”普通”で、何が“異常”なのか。もしかすると、10年後には蛙のバッグがシュルレアリスムではなく“普通”になっているのかもしれません。年齢とともに無意識に集めた偏見を手放して、バイアスをかけずに物事を見られるようになれればいいのに。今季も、さまざまな思考を触発するコレクションでした。