2023-24年秋冬コレクションサーキットは、メンズからスタート。「WWDJAPAN」は現地で連日ほぼ丸一日取材をし、コレクションの情報はもちろん、現場のリアルな空気感をお伝えします。担当は、前シーズンのメンズと同様に大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリのコンビ。この日のパリはなんと大規模デモで地下鉄移動が通常通り行えず、かつ道路も渋滞だらけ。大ピンチな状況で、ショーや展示会はスケジュール通りこなせるのか早くも不安だらけです。
9:00 「ベルルッティ」
パリコレの朝は早い早い。朝9時には「ベルルッティ(BERLUTI)」の展示会でスタートです。幸いにも滞在ホテルからは近いため、徒歩20分で余裕の到着。シーズンテーマは“大脱走”とユニークで、会場は販売時期に合わせて4つのカテゴリーで構成。メンズのワークウエアを原型にしたスペースでは、デニムジャケットやカバーオールといった誰もが親しみのある男性服を、ずっと触っていたいほど上質なヌバックやスエードで作る遊び心。ノンシャランなムードで涼しい顔をしつつ、裏側ではエレガンスに磨きをかけるために努力しまっくてます!という姿勢が人間っぽくて何だか素敵です。ほかにもスクール調だったり、アウトドア調だったり、王道スーツだったりと豊富なラインアップ。新たなバッグシリーズ“トワル・マルブフ(Toile Marbeuf)”は、ヴェネチアレザーとコーティングを施したコットンリネンのキャンバス素材を用いた、一押しのシリーズなのだとか。あっと驚くデザインはなくとも、クラフツマンシップでしか生み出せないラグジュアリーな雰囲気が「ベルルッティ」らしいコレクションでした。
11:30 「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」
「オム プリッセ イッセイ ミヤケ(HOMME PLISSE ISSEY MIYAKE以下、オム プリッセ )」は、「ベルルッティ」会場から徒歩30分のパレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)。最短距離を結ぶ電車は動いていません。でも普段からランニングで足腰を鍛えているため、何てない移動……と、思っていました。しかし時間配分を間違え、割ときわどいタイミングになってしまったため、パリの街を鬼のような形相で駆け抜けます。人混みでも道は自然と開いていき、セーヌ川を渡るころには完全に仕上がって、いつでも試合に出られるぐらいの温まった状態で会場に到着。ランニングしていてよかった。
今シーズンは、“アポン・ア・シンプレクス”をテーマに、三角形などの図形を基にフォームを構築していくアプローチ。フランスのビジュアルとパフォーミング・アーツ会社アドリアン M & クレール B(Adrien M & Claire B)がショーのディレクションと映像インスタレーションを担当し、コレクションに奥行きを加えます。アイテムは、「オム プリッセ」らしいシルエットの探求を随所に込めます。首元から袖にかけた太めのひだを加えたラグランスリーブ風のディテールは、丸みのあるフォームをもたらします。放射線状にプリーツ加工したコートは三角形を組み合わせたようなカッティングで、体を立体的に包み込みます。両腕を広げると三角形が連なる構造に見えるコートには、リサイクルナイロンの短繊維を使用。三角形を表現したプリントは、アメリカ人建築家・思想家のバックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)の作風に着想したもの。スカート風のデザインも登場し、男女の境界線も軽やかに超越していきます。「オム プリッセ」のショーは、いつも趣向を凝らした演出でいつも楽しませてくれます。
12:30 「リック・オウエンス」
次は、「リック・オウエンス(RICK OWENS)」のショーは、同じパレ・ド・トーキョーです。ありがとう、リック様。会場周辺にいつもの恐いファンたちが集まってくると、「ああ、パリに来たな」と実感します。ありがとう、恐いファンたち。合間に会場のトイレに行くと、白い煙がもくもく出ています。(え、やばくない?)と思ったら、手洗器にドライアイスが山ほど盛られていました。でも、全く驚きませんでした。「これは絶対リック様」と確信しショー会場に移動すると、すでに白い煙がプシューッと噴射されて、ミュージックステーションの歌い出しのような雰囲気になっていきます。ショーが開幕すると、モデルたちは細い足場を、プラットフォームブーツで器用に歩いていきます。それを見上げるわれわれを含め、異世界のような雰囲気が最高なんです。
一方で、コレクションにはリアルな提案がここ数シーズン同様に数多く見られました。極端に誇張したビルドアップショルダーに目が行きがちではあるものの、肩はジャストフィットにし、パンツを大胆にフレアさせたフィット&フレアのダンディズムが、アイキャッチなディテールを凌駕するかっこよさ。1970年代に焦点を当て、23年の米映画「十戒」などからも着想を得て、現実とファンタジーの世界を融合させたといいます。ショーの演出やシルエットも含め、現実と異世界を行き来させてくれるリック様のショーは毎回気持ちが高ぶります。
14:00 「ファセッタズム」
次は「ファセッタズム(FACETASM)」がミニショーに向かいます。序盤は、深いパープルから淡いピンクへのグラデーションで彩り、テーマである“移り変わる日々”を色で表現したのでしょう。バーシティジャケットやMA-1、脱構築的なトレンチコートといったおなじみのアウターに加え、アイスランド発のアウトドアウエア「66ディグリーズ ノース(66 NORTH)」とコラボレーションしたダウンアイテムも登場。同ブランドは北極圏でも耐えうる防寒機能の高いウエアを開発しており、昨年には、パリのビッグメゾンに勤める豊嶋慧デザイナーがクリエイティブ・ディレクターに就任しました。落合宏理「ファセッタズム 」デザイナーと豊嶋デザイナーのコラボレーションについては、また別の機会に聞いてみたいです。
ショーの終盤は、イタリアの最高品質を誇るマテリアルブランド「アルカンターラ(ALCANTARA)」と協業し、独自開発した生地で構成。日本の刺しゅう工場が加工したフリンジとレーザーカット手法のレースが美しく、ストリートウエアとクラフトの相乗効果で魅力を高めたコレクションといった印象です。
14:30 「ルイ・ヴィトン」
次はいよいよキング・オブ・ラジュアリー「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」です。ゲストにBTSのJ-HOPEが来場するという情報があり、寒空の下で30分以上パパラッチ待機。ブランドアンバサダーの岩田剛典さんや、K-POPグループGOT7(ガットセブン)メンバーのジャクソン・ワン(Jackson Wang)さんを何とか撮影し、いろいろな意味で震えながら最後まで粘ったものの、BTSの姿は結局拝めず、諦めてショー開始を迎えます。
今シーズン最大の見どころは、米ストリートウエア「キッドスーパー(KIDSUPER)」のコルム・ディレイン(Colm Dillane)とタッグを組んだことでしょう。ルイ・ヴィトン・メンズ・スタジオが手掛けたコレクションは、少年時代から青春期を経て、大人へと成長する過程を、複数の部屋で構成したランウエイで表現しています。セットの規模は圧倒的。スペンインの歌手ロザリア(Rosalía)のパフォーマンスと共に、古典的なテーラリングをファンタジーでアレンジした夢の服とアクセサリーが続々と登場します。テーラリングのフォームはボックスを基調としたクラシックなもので、極太スラックスと巨大シューズで足元のバランスから現代風のシルエットを提案します。メタルの大ぶりなボタンやフルーツのプリント、チェック生地をパッチワークしてジグザグにした図工的アプローチなど、ルイ・ヴィトン・メンズ・スタジオの卓越した技術があるからこそ実現できる“本気の遊び”を、普遍的なメンズ服に盛り込んでいきます。
ディレインのアイデアは、中盤以降に登場するアーティーなイラストが最も象徴的でしょう。ウエアやバッグなどに大胆にあしらうだけでなく、精巧な刺しゅうやパッチワークを用いて、服というキャンバスで創造性を発揮します。また人種も年齢も多様なデザインチームを象徴するかのように、1枚の布にさまざまな言語で書いたラブレターをつなぎ合わせたスーツも登場しました。「ルイ・ヴィトン」メンズの後任デザイナーは誰なのかと現在も噂され続けておりますが、この強固なチームがいる限り、今シーズンのような協業を続けていくのもありかもしれません。現場で目の当たりにすると、前任の故ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が訴え続けたダイバーシティの考えがいかに浸透しているかが分かります。画面で見るそれとは異なるエモーションに溢れた雰囲気に、涙しそうになりました。
15:30 「アイレイ」
キングの次は、ほぼ無名の「アイレイ(AIREI)」。「WWDJAPAN」取材班は、例え自分たちの首を絞めようが、振り幅の広さは負けません。同ブランドはLA拠点のドリュー・カリー(Drew Curry)が立ち上げ、今回で5シーズン目となります。会場中央に石膏のオブジェが3本立ち、その周りをモデルたちがウォーキング。ワークウエアをベースに、得意の糸細工でニュアンスを加えます。ミニマルで削ぎ落としたデザインをしたいのは理解できるのですが、いかんせんバリエーションが不足気味。そう思いながら見ていると、いきなりトンカチを手にした2人が出てきて、石膏を叩き壊し始めたではありませんか。石膏の破片がノーガードのゲストたちに降りかかり、服に全く集中できません。まさか、飽きさせない作戦なのか。ちなみに、同時間に実施していた現代アーティストのダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)によるブランド「オブジェクツ フォー ライフ(OBJECTS IV LIFE)」でも、石膏を叩き割る演出があったのだとか。謎の石膏イブニングを経て、次の会場に走ります。
16:30 「アミリ」
パリで2回目となるショーを開催した「アミリ」。ジャズ&ヒップホップのムーディーな生バンドをバックに、今季もリラックスしたストリートスタイルを打ち出します。落ち着いたカラートーンと、ハンチングやレコードバッグなどのアクセサリーで演出するレトロさが、ジャズのムードとしっかりマッチ。スパンコールやビーズ、スワロフスキーで描いた柄や、軽量なレザーと艶やかなシルク、カシミアをベースにした種類豊富なニットウエアと、ブランドの強みである上質素材が際立ちます。ただ、テーラードを軸にしたストリートウエアのスタイルは溢れているため、シルエットやカットにひねりを加えて、新しいスタイルを明確に打ち出せれば、上質素材とともにより一層ラグジュアリーな日常着に近づきそうです。フィナーレには、“女性、命、自由”と書かれたTシャツを着用したマイク・アミリ(Mike Amiri)が登場。パリ2日目の「LGN ルイ ガブリエル ヌーチ」のモデルが示したメッセージ同様に、イラン女性の権利についての問題に言及していたのでしょうか。
17:30 「ヨウジヤマモト」
「アミリ」のショー開始が40分遅れたため、「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」のショー会場までダッシュでパリの街を駆け抜けました。途中あられに見舞われ、顔に当たってイタいイタい!それでもなんとかショーに間に合い、息を切らしながら着席しました。
コレクションは、見逃すことがなくてよかったと思える、ロマンティシズムに満ちた詩的な内容です。緻密なプリントで彩られた洋服を何枚もレイヤードして、さり気なくエレガントを崩した"不完全さ"が放つ趣きある魅力を放ちました。垂れ流したストラップベルトや、錆びついたような装飾のつばの広いハット、艶やかなベルベットのスーツと気品と抜け感がディテールと素材で多様にミックス。各ルックからは、憂鬱な詩人や往年の紳士など、それぞれに異なるキャラクターが浮かび上がってきました。
このショーでは、Snow Manのラウールさんがモデルとして登場。「ヨウジ ヤマモト」のメンズショーは歩くスピードがゆっくりなため、モデルは体幹や顔の位置をぶらさないための筋力が求められます。その点、ラウールさんはきれいな姿勢で、プロのパリコレモデルに引きを取らないウォーキングを披露していました。ブラボー。
19:00 「ドリス ヴァン ノッテン」
「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の会場までは、徒歩30分かけて移動。もう疲れているのかいないのか、歩いたり走ったりでよく分からない疲労感です。立体駐車場の上階までぐるぐる上ろうが、全席スタンディングだろうが、疲労を通り越している今日は全く気になりません。
今季のショーは、前シーズンに続きレイヴ・カルチャーが題材です。「自然と人間はつながっているんだ」という考えのもと、ドイツの博物学者・地理学者のアレクサンダー・フォン・フンボルト(Alexander Freiherr von Humboldt)の研究や、1800年代の自然界を空想した本に着想。ドリスらしい色柄はいつにも増して強く、美しく、グロテスクで、アースカラーやワイルドなテキスタイルのウエアを彩ります。テーラリングは、スクエアショルダーにシャープに絞ったウエスト、ドロップショルダーにボックスなど微妙なバランスの変化で新たなシルエットを探求。アウターはパッテッドタイプが多く、体を包み込む柔らかさとエッジィな柄のコントラストが印象的でした。要素の引き算によってアイデンティティーを示すブランドが多い中、色柄を激盛りしてくる「ドリス ヴァン ノッテン」らしさが気持ちいいです。
20:30 「アミ パリス」
本日ラストの「アミ パリス(AMI PARIS)」の会場は、パリ国立オペラ座の近代的な施設オペラ・バスティーユ(Opera Bastille)です。ゲストには、先ほどまショーに出演していたラウールさんも駆けつけます。劇場のステージをランウエイに、54ルックを披露しました。ショー後の取材でアレクサンドル・マテュッシ(Alexandre Mattiussi)が、「子供の時にバレエを習っていたから、この舞台に立つのが夢だったんだ。今夜、デザイナーとしてショーを行うという、別の形で夢が叶ってうれしい」と明かしました。
クラシック音楽で、導入部を意味する“PRELUDE”が今季のテーマ。マテュッシは、「服作りの本質に立ち返り、非常にピュアなワードローブを作りたいと思った」と話し、プリントのないプレーンなアイテムで構成しました。男女で共有するコートはゆったりとしたオーバーサイズで丈も長め。その中から覗くのは、ニュートラルカラーのニットやシャツ、ワイドなトラウザーといった定番アイテムです。装飾を削ぎ落とした分、柔らかな生地の流動的な動きが際立ち、ポエティックな生演奏と合間って終始心地よい気分のままショーが閉幕。ショーの最後は、俳優のシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)が登場するサプライズもありました。コレクションを形容するなら、ポジティブな“普通”です。なじみある、ありきたり、タイムレス――言葉の持つニュアンスはさまざまであれ、「アミ パリス」にはいい意味でこんな言葉がしっくりきます。だって"普通"であるのは、最も難しいことなのですから。
朝から夜までショーを駆け抜け、気がつけば本日の歩数は3万歩。でも不思議と疲労感はありません。会場間を走り、セレブをパパラッチし、クリエイションについて考え、感動する激動の1日でしたが、美しいパリの街に囲まれながら新しいクリエイションを見られるのだから、体の疲れなんて吹っ飛びます。そんな心地よい高揚感と共にホテルに戻ると、10分で気を失いました。