ファッション

「エルメス」「ロエベ」で天国を見て、あの問題児に地獄を見せられる 2023-24年秋冬メンズコレ取材24時Vol.8

 2023-24年秋冬コレクションサーキットは、メンズからスタート。「WWDJAPAN」は現地で連日ほぼ丸一日取材をし、コレクションの情報はもちろん、現場のリアルな空気感をお伝えします。担当は、前シーズンのメンズと同様に大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリのコンビ。パリ・メンズもあと2日。ストライキによる地下鉄ストップを乗り越えたのに、移動ではこの日が一番ハードになり、最後には想定外の地獄が待っていました。

9:00 「コム デ ギャルソン・シャツ」

 パリ・メンズ5日目は早いのです。なぜなら、「コム デ ギャルソン・シャツ(COMME DES GARCONS SHIRT)」のフロアショーがあるから。9:15開始予定だったので5分前に到着すると、なんと3分前倒しでスタート。今シーズンのメンズ・ファッション・ウイークで唯一巻きでスタートしたショーとなりました。ギリギリセーフ。

 コレクションは、「ラコステ(LACOSTE)」との初のコラボレーションアイテムが連続します。何てかわいいんでしょう。シグネチャーのワニが巨大になったり、細かい柄になったり、編みで描いたり。どこか少年ぽさを残したシンプルなアイテムを軸に構成しているので、モチーフ使いがいっそう映えます。個人的には、編みのワニのニットが気になりました。これだけワニワニしていたら、みなさまもお気に入りのワニがあるはず。ぜひルックを見てみてください。

12:00 「ロエベ」

 「ロエベ(LOEWE)」は、中心地から離れたテニスクラブで開催しました。ショーが始まるまでは、会場装飾を眺め、来場するセレブリティの顔ぶれをチェックする時間。すると、スタジオジブリの映画「ハウルの動く城」とコラボレーションしたカプセルコレクションを着用するゲスト2人を発見!個人的にジブリ作品で「ハウル」が一番好きなので、大興奮です。一人はKing Gnuの勢喜遊さんで、犬人間ヒンをレザーのパッチワークで施したブレスレットバッグやチェックのセットアップなどを、もう一人のPERIMETRONの森洸大さんは、ハウルの城を刺しゅうで描いたデニムシャツやTシャツなどを着用。2月1日のオンラインでの先行発売が待ちきれません。

 肝心のコレクションはというと、今季もシュールレアリスムを追求するジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)・ワールドが全開でした。キーワードは、“静と動”。動きを封じ込められたアイテムと、流動的なアイテムが交錯し、“これらは洋服なのか?そもそも洋服の概念とは何か?”という疑問が浮かび上がりました。コレクションノートには、「還元主義的実践を推し進めた」と記述しています。還元主義(英語ではReductionism)とは、物事を元の形・性質・状態に戻すことを意味する哲学的な考え方。複雑な事象を理解するために、その事象を構成する単純な要素を分割し、それらを理解することで元の複雑な事象が理解できるといったもの。「ロエベ」と「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)の両ブランドでバックステージ取材を行うと、彼は何度も“Reduction”という言葉を使っていました。同ブランドに限らず、今季のメンズは総じて本質に立ち返り、削ぎ落とすことをテーマにするブランドが多かったです。シーズン全体のムード、そしてファッションを通して社会のムードを読み解くためにも、アンダーソンの言葉は大きなヒントを与えてくれます。彫刻的なショーピースなだけに、コレクションの魅力が写真では伝わり切りません。詳しいリポートと共に、ショー映像を視聴するのがオススメです。

13:30 「カラー」

 パリ最南の「ロエベ」の会場から、最北の「カラー」の会場へ急いで向かいます。「ロエベ」のショー後にバックステージ取材を行ったため、両方のショーに参加する他ゲストよりも出遅れた分、電車で50分、車で30分という距離は間に合うかどうかの際どいタイミング。でも、運よくすぐにタクシーを捕まえられて、ギリギリで駆け込みました。

 「カラー」の会場は、ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤー(Oscar Niemeyer)設計の歴史建造物エスパス・ニーマイヤー(Espace Niemeyer)です。ドーム型の天井のレトロフューチャリスティックな空間で、抽象芸術を思わせるひねりを効かせた日常着を披露。襟をゆがませ、ミスマッチなラペルを二層に重ね、非対称で大胆なカットアウトと異なるアイテムのドッギングで、パズルのように洋服を解体し、組み替えていく「カラー」らしい手法が満載です。ベーシックカラーとビビッドカラーを掛け合わせた美しい配色も印象的。予測不可能なハイブリッドが目立ちながらも、リアルクローズから逸脱しないバランス感で、街にもなじむウエアです。あとは全体のムードをさらに強く出せると、ますます進化しそうですね。リアリズムなコレクションが、前の「ロエベ」のシュールレアリスムな世界観とは対照的で、私の思考を現実へと引き戻します。“洋服の概念とは何か”という疑問は吹っ飛び、純粋に“着ることの楽しみ”を感じました。

15:00 「エルメス」

 次の、「エルメス(HERMES)」会場のユネスコ本部までは車で20分の距離。フランスオートクチュール・プレタポルテ連合会(Federation de la Haute Couture et de la Mode以下、サンディカ)が運用するミニバス、通称“貧乏バス(BB号)”に乗れば余裕で着く、はずでした。今回のBB号はドライバーによって当たり外れの差が大きく、「エルメス」まで40分もかかってしまいます。すでにエントランスに人気はありません。「やってもうた!」と心で叫びながら、気持ちはカール・ルイス(Carl Lewis)で全力疾走。何とかゲートをくぐると、まだ始まっていません。よかった!シートが隣の大先輩である某誌編集長が「僕はウェルカムシャンパンいただきましたけど」とニヤニヤしていました。ひー本当に危なかった。

 「エルメス」がユネスコ本部でショーを実施するのは、約20年ぶりとのこと。ここ数シーズンは舞台演出家のシリル・テスト(Cyril Teste)とタッグを組んで趣向を凝らした演出でしたが、今シーズンは場所もチームも原点回帰し、シンプルでソリッドなランウエイショーを披露します。キーワードは“オキシマロン”。2つの矛盾する要素をつなぎ合わせるニュアンスの意味です。例えば、上質なグレートーンのレザーアウターには、消防服に着想したディテールを組み合わせたり、高品質のレザーでスポーティーなジョガーパンツを作ってみたり、そのジョガーパンツをイブニングのスタイルに使ったり。ウィットの効いた究極の日常着には、厚底のブーツを合わせて足元のボリュームを強調します。クラフトマンシップを大切にするブランドのフィロソフィーは、さまざまなアイテムに施したレザーの編み込みで表現。ウエアがシンプルな分、スカーフを使ったスタイリングや、重ね付けしたネックレス、動きに合わせて躍動するピアスなど、アクセサリー使いも際立ちます。バッグは“オータクロア”と“ケリーデペッシュ”が登場。クロコダイルの“オータクロア”が目の前を横切るときは、あまりの存在感に吐息が漏れたほど。こんなにも素晴らしいショーを見逃していたかもと想像すると、極寒でも冷や汗が出るほどの恐怖です。次は別のドライバーの“BB号”に乗り込もう。

16:00 「ホワイトマウンテニアリング」

 「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」がパリ・メンズに3年ぶりのカムバック。相澤陽介デザイナーは、ミラノ・メンズでも「コルマー(COLMAR)」との共同プロジェクトで参加する超人ぶりです。山と街をつなぐクリエイションは、3年前と変わらない安定ぶり。ダッフルコートやスエードのプルオーバー、ボリューム感のあるベストなど重衣料が充実し、レイヤードによって軽快に見せていきます。後半は、アウトドアギアのレーベル「W.M.B.C.」のパート。ブラックで統一したシックなテックウエアを軸に、格子柄やバンダナ柄、素材感のバリエーションで見せます。「コルマー」との共同プロジェクト“コルマー レボリューション(COLMAR REVOLUTION)”のアイテムも登場しました。パリではひさしぶりとなったランウエイショーで、変わらない存在感をアピールしました。

17:00 「カサブランカ」

 が、次の「カサブランカ(CASABLANCA)」の会場はまたまた遠かった!パリ南西部に位置するイベント展示会場パリ・エキスポ・ポルト・ドゥ・ベルサイユまで急いで向かいます。フランス最大の展示会場内の広いスペースに構えるのは、花で飾られたシリアの戦闘機の機体。投資を受けただけあり、資金がかなり潤っているのでしょう。急いだ甲斐があり、人はまだまだ入場途中で余裕です。ありがとうございます。でも、次はショーがなかなか始まらない。待てども待てども、始まらない。

 結局50分遅れでスタートしたショーは、冒頭でシャラフ・タジェル(Charaf Tajer)デザイナーが熱烈なスピーチを披露しました。友人を通してシリアの難民の現状を見聞きした彼は、爆撃の恐怖にさらされながら、パーティーを行うシリアの人々にインスパイアされたといいます。「ファッションが解決策だと言っているわけではありません。単なる洋服だと言う人もいるかもしれません。 しかし、私たちの声を使って叫び、より良い世界を作るためにできることは何でもするべきです。このコレクションは、戦争地帯で私が目撃した痛みと美しさを反映した、勇気に触発された作品です」と述べました。

 力強い声明ではありましたが、コレクションにその想いが反映されているのか、私には分かりませんでした。客室乗務員のユニホームを彷彿とさせるスーツや、テニスとスキーウエアから踏襲したレトロスポーティー、アラブの王様が身に着けていそうなマントがランウエイを飾ります。ブランドのロゴはハート形となり、軍服風のジャケットにはハートや花のメダルを飾り、反戦や平等の意を表します。いつものようにカラフルで遊び心が詰まっていて、コレクションは見応えのあるもの。ただ、スピーチの内容とルックは、あまりリンクしていなかったように感じました。ショー後に取材をしたかったものの、50分もショー開始が遅れたため、諦めて次の会場へと走ります。

18:30 「ボーディ」

 アメリカ人デザイナーのエミリー・アダムス・ボーディ(Emily Adams Bode)率いる「ボーディ(BODE)」が、パリで3年ぶりとなるショーを開催しました。まさに、“エミリー、パリへ行く”状態。今回は記念すべきウィメンズコレクションのデビューです。会場は、パリ中心部にあるシャトレ座の劇場内。彼女はパーソナルな記憶を着想源に、アンティークのテキスタイルや工場で集めた余剰素材を使って、手仕事の温かみを感じるコレクションを作ってきました。今季は、彼女の母親とその3人の姉妹、そして母親が働いていたマサチューセッツ州にあるイプスウィッチの史跡の所有者である老婦人に着想。ステージ上に母親の実家を再現し、ケープコッドの家と庭、星条旗を掲げた壮大なセットで世界観を作り込みます。

 フリンジをあしらったウエスタンシャツやプレッピーなブレザー、ベルベットのスーツセットアップをリラックスシルエットとクラフト感ある装飾で、ブランドらしいカントリー調に仕上げています。ウィメンズは総ビーズのフラッパードレス、クリスマスツリーを模したチュールのドレス、ラストルックのウェディングドレスとイブニングウエアが中心。彼女の洋服が持つ“素朴さ”といった魅力にロマンチックなムードが加わって、ややラグジュアリーにアップデートした印象です。ウィメンズとメンズのイメージはかい離しており、ウィメンズを量産できるのか、どのポジショニングに訴求していきたいのか、関心が湧きました。ひとまず、ウィメンズのデビューとパリでのひさびさのショーに拍手を送ります。

20:00 「マリーン セル」

 次の「マリーン セル(MARINE SERRE)」の会場がまたまた遠い!パリ最北に位置するイベント会場ラ・ヴィレットの大ホールです。極寒の中、行ったり来たりな1日ですでにみんなくたくたです。会場内には、3つのデッドストックを詰め込んだ塔がそびえ立っていました。デニムとスカーフ、Tシャツを詰め込んだこれらデッドストックタワーは、セルの手によって今後新しい洋服として姿を変えるのでしょう。会場には、いつものように一般客を含む、多くの来場者が20:30には着席していたものの、なかなかショーは始まらず。結局約1時間遅れの21:00にスタート。

 コレクションは、あらゆるサイズや肌の色、年齢のモデルが、5つのセクションに分かれて登場します。トートバッグをアップサイクした序盤のルックはホワイトとベージュのトーンでまとめ、続くデニムのパートでは家庭用リネンのコットンスカートなどを合わせ、使い古されたシルバーの小物入れをアクセサリーとして装飾します。モトクロスのユニホーム、カーペットを想起させるタペストリー、最後はシグネチャーであるスカーフをつなぎ合わせたドレス。そして筒型バッグが新作アクセサリーと加わります。ショーは、雷のような激しい照明とエレクトロミュージックで演出。廃棄衣類や環境問題に対する警鐘を鳴らすような緊張感がありました。男女の55ルックは、これまでのコレクションを凝縮したような内容。バリエーション豊富で、バイヤーはセレクトに困ることがなさそうです。今季が総集編なのだとしたら、来季はアップサイクルの手法で新しいクリエイションが見られるのかも、と期待です。

21:00 「キッドスーパー」

 さあ、時刻はもう22:00前。もうホテルに帰りましょう、お疲れ様でした!という訳にはいきません。「キッドスーパー(KIDSUPER)」が残っています。とはいえ、開始予定時刻は21:00なので、さすがに間に合わないだろう。残念。そう思いながら“BB号”に乗り込み、会場となったミュージックホールのカジノ・ド・パリに一応向かいます。“BB号”はパリコレ参加者のためのバスなのに、車内は通勤時の田園都市線かというほどぎゅうぎゅうです。パリコレとは。

 会場に行くだけ行ってみようというテンションでしたが、到着するとまさかの光景が広がっていました。「まだ、入場していないだと?」。さらに、入り口のセキュリティと、招待客なのか友人なのか分からない集団が怒号と共に押し合う危険な状態で、拡声器の「下がれー下がれー!おいお前、下がれ!」という声が一帯に響き渡ります。前シーズンも入場時に大混乱だったこのブランド、凝りません。カオスにもほどがある状況に、入場を諦めるジャーナリストもちらほら。ブランドにとって、何てもったいない状況なのでしょう。

 一瞬、ホテルの暖かいお風呂が脳裏をよぎりましたが、ここまで来たら見届けたるわと、カオスな群衆に突撃。夏フェスのモッシュピットのような状況で、人ごみに顔面をほぼつぶされながらも何とかすり抜け、ようやく入場します。時間は22:00を越えています。パリコレとは。

 ショーが開演すると、コレクションを身に着けたコメディアンが一人ずつ登場し、スタンダップコメディを披露するという演出。当然、長いです。そして、遠すぎて服が全く見えません。何かスーツだな、何かライラックだな、またアート乗っけてるだけだなと認識できる程度。1日の移動と、とどめのカオス入場もあり、コメディが全く頭に入って来ない抜け殻状態で地獄の約1時間を耐えました。創業デザイナーのコルム・ディレイン(Colm Dillane)は、まさに「パリコレとは」を考え、開かれたショーを目指しているのでしょう。入場時の混乱は、招待状を持たない大勢が訪れたためで、結果的に誰でも見られるエンターテインメントショーになりました。その考えは否定しませんし、素晴らしいと思います。でもさ、もうちょっと段取りを考えませんか。

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