大手アパレルのTSIホールディングスは、国内に縫製工場2拠点を有する。その一つが宮崎・都城のTSIソーイング宮崎だ。アパレルの生産現場の高齢化や人材不足がいわれる中、若い芽が着実に育っている。
縫製士として働く田代まどかさん(24)は、モノ作りなどに携わる23歳以下で競う「技能五輪全国大会」(中央職業能力開発協会主催)の2021年大会に出場し、最高賞の金賞を受賞した。同工場の縫製士としては初めての快挙だ。後輩の大良彩華さん(21)も、22年大会で銅賞と健闘。2人に仕事のやりがいや夢を聞いた。(この記事は「WWDJAPAN」1月16日号からの抜粋です)
WWDJAPAN(以下、WWD):金賞を取るまでは大変でしたか。
田代:4回目の出場で、ようやく取れました。銅、銀、銀とあと一歩のところで逃してきたので、喜びも大きかったですね。
大良:私は銅賞には全然満足出来ていなくて。今は次の技能五輪に向けた課題でもある(パンツやジャケットなどの)ポケットがうまく縫えるよう、毎日特訓しています。
WWD:仕事の面白みは?
田代:「新人はまずアイロンがけから」という下積みが長い工場もあると聞きますが、私はジャケットやパンツを1人で丸縫いさせてもらっています。最近は仕様書を見ただけで、完成品が頭の中でパズルのようにシミュレーションできるようになってきました。私、プロじゃん!みたいな(笑)。
大良:毎日ひたすら服と向き合う仕事ですが、パターンとか見て縫い方を研究するのが不思議と楽しくて。ただ私はまだ丸縫いはできなくて、3人で一着を縫う分業ラインにいます。早くひとり立ちしたいです。
WWD:大変なことも多い?
大良:失敗してやり直しすることは、今でもしょっちゅう。いまだに合皮が苦手なんですよね。冷や汗をかきながら縫います。
田代:私も、入社してすぐの時は、泣いて縫った服があったよ。ベルト付きのパンツの上から、巻きスカートをドッキングするという特殊な依頼でした。パンツの素材に合わせて太い糸を使ってほしいと言われたけれど、それでスカートのシフォン素材をきれいに縫いつけるのがどうしてもできなくて。結局、ブランド側にお願いして細い糸に変えてもらいました。あの時は本当に悔しくて、流した涙が忘れられないな。
自分が縫った服を見て、
またミシンを踏みたくなる
WWD:毎日のモチベーションは?
田代:やっぱり自分が縫った商品を見ることです。技能五輪のための勉強会で都内に行ったとき、アパレルショップをのぞいてみたら「私が縫った服だ!」って。それを見て、また泣きそうになりました(笑)。
大良:その気持ち、分かります。私もプチプラショップで買うことはあります。でも現場の働いている身としては、置いてある服を見ると、「もうちょっと高くせんと職人さんがかわいそう」って複雑な気持ち。
WWD:百貨店ブランドなどの高価な服も縫っている。プレッシャーは?
田代:自分が縫った服のタグを見たら「10万円」でびっくりしたこともあります。かといって、(売価が)2、3万円だから手を抜くかと言われたら、そんなこともなくて。
大良:「ユニクロ」とかの服を眺めると、外国製で安いのに、縫製がきれいでびっくりします。だから自分たちはそれ以上の仕事をしなきゃ、と気が引き締まります。
WWD:今後の目標は。
大良:私はまず、技能五輪で金賞を取る。知識や技術がついてきたら、パターンとかデザインとか、服作りに関わる色々なことを学んでみたいです。
田代:私は舞台衣装がきっかけで縫製に興味を持ったので、いつかはハンドメイドの服を売る店を持ちたいです。
WWD:後輩の職場に縫製現場を薦める?
大良:私は入社する前、「職人さん怖そうだな」「ついていけるかな」という不安もありました。でもやる気がある若手がいることは、先輩方もやっぱりうれしいみたいで。
田代:正直、大変な現場だと思います。同期も私以外はみんなやめてしまいました。でも自分の力で1着が縫えたときの達成感、感動はひとしおです。単純作業で、つまらなそう。そんなイメージなら、「とりあえず見にきて!」って言いたいです。
モノ作りのスキルを競う全国大会
「技能五輪」
「技能五輪全国大会」は、国内のモノ作りなどに携わる青年技能者(原則23歳以下)が技量を競う全国大会。田代さん、大良さんが出場した「縫製」種目は10時間の時間内に、支給されたウール地やポリエステル裏地を使い、1着のスーツジャケットを縫い上げるのが課題。シルエットや身頃の芯の張り方、襟全体のバランスや袖口の手まつりまで細かく採点項目が定められる。全42の種目は電気溶接、日本料理、ウェブデザインなど領域は多岐にわたる。
■TSIソーイング宮崎
最新設備を導入 スキルが高い人材を育む土壌に
TSI宮崎工場には若い人材が育つ理由、また育てる理由がある。
同工場は1987年、大手アパレルのワールドの直営工場として稼働し、2015年にTSIグループに譲渡された。主な生産品はパンツ、ジャケット、ブラウス、ワンピースで、自社ブランドでは「マーガレット・ハウエル」「パーリーゲイツ」などの生産を担う。ただ近年はグループの事業整理に伴い自社ブランド生産の割合が減少。あいた縫製ラインの活用として他社OEMを強化している。「エストネーション」「ユナイテッドアローズ」といった国内ミドルアッパークラスのセレクトショップ・百貨店ブランドのOEMが、生産数・取引金額で大部分を占める。
ワールド時代から工場の変遷を知る西内渉TSIソーイング社長は、「今や当工場の生産枚数は全盛期(90年代、年間約200万枚)の半分以下。1000〜2000枚だったロット単位での平均生産枚数は、130〜140枚に減った。量のある発注は全て海外に流れる。クオリティーとQR(クイックレスポンス)のスピード感で勝負するしかない」と語る。
取引先のニーズに応えるべく、少量・高付加価値なモノ作りができる生産体制へシフトしてきた。それに伴い、縫製士に求められるスキルも変化している。「大量生産であれば、縫製ラインに多くの人材を投入し、パーツごとに縫う単能工で生産性を上げるのが正解。ただロット数が絞られてきた今は、1人でクオリティーの高い一着を縫い上げることができる多能工の必要性が増している」。
そのような理由から、田代さん、大良さんのように、若手のうちから丸縫いができるまでの高いスキルを持つ人材育成に力を入れる。同工場は近年、新卒社員を毎年十数人規模で採用。現在は従業員約120人のうち約3割が20〜30代となっている。
ただ、これまで通りの工場の仕組みでは、育成に人材を割く余裕がない。そこで活用するのがデジタルの力。最新機器の導入で生産ラインを効率化し、若い縫製士の負担を減らすとともに、経験のある職人が人材指導にあたれるようになった。島精機製作所の最新自動裁断機P-CAMの導入(2020年)でパターンカットの効率が向上しリードタイムの短縮につながっている。縫製ラインにおいても順次導入しているブラザー社の新型ミシンは、糸調子などの設定を保存しワンタッチで呼び出すことができる。これにより縫う素材や仕様ごとに複雑なセッティングをし直す必要がなくなるため、経験の浅い縫製士の負担を減らしている。