プレタポルテではトレンドをけん引するブランドの一つでもある「ディオール(DIOR)」は、オートクチュールではアトリエの技術を駆使しながら、着る人に寄り添うコレクションを生み出し続けている。今季も、デイウエアからイブニングガウンまで多様化するクチュール顧客のニーズに応えるアイテムがそろった。
2023年春夏のインスピレーション源は、ジャズ歌手やダンサー、公民権運動やレジスタンス運動のアクティビストとして活躍したアフリカ系アメリカ人のジョセフィン・ベイカー。1920年代半ばにキャバレーダンサーとして渡仏してスターダムを駆け上がり、今もその功績が語り継がれる彼女のさまざまな面を描いた。
ファーストルックは、ベイカーが楽屋で身に着けていたバスローブを想起させるシルクベルベットのローブコートに、パリ最古のオーダーメードランジェリーを扱うアトリエ「カドール(CADOLLE)」との協業で生み出されたボディースーツ。その後もブラトップやショーツの上にメッシュドレスを合わせるなどアンダーウエアをあえて見せる提案は、2023年春夏のプレタポルテで台頭した服と身体の関係性の探求につながる。また、ストンとしたシルエットにビーズフリンジを加えたデザインは、“狂騒の1920年代”を象徴するフラッパードレスのようだ。
一方、ムッシュ・ディオールが愛したメンズウエア由来の素材にオマージュを捧げるウールやヘリンボーンを用いた厳格な雰囲気のテーラードスーツは、アメリカでの人種差別撤廃を訴えるために63年に行われたワシントン大行進に参加する際に着用した軍服からヒントを得たもの。終盤のイブニングダウンの中には、スターとなった彼女がステージでまとったドレスの現代的な再解釈も垣間見える。
そんな黒やくすみのあるニュアンスカラーを中心としたコレクションの中で際立ったのは、素材の美しさと繊細な輝き。それを象徴するベルベットやシルク、ラメジャカードのドレスやスカートには、手作業でダイナミックかつ不規則なシワ加工を施すことで表情を加えているのがポイントだ。
また、「ディオール」のクチュールショーでは会場内の壁面装飾がおなじみになっているが、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=ウィメンズ・アーティスティック・ディレクターが今回制作を依頼したのは、2020年クルーズ・コレクションでも協業したアフリカ系アメリカ人アーティストのミカリーン・トーマス(Mickalene Thomas)。ベイカーをはじめ、歌手のニーナ・シモン(Nina Simone)や女優のドロシー・ダンドリッジ(Dorothy Dandridge)、モデルのドニエル・ルナ(Donyale Luna)といった、テレビや映画、音楽、ファッション、社会活動において多くの壁を打ち破ってきた有色人種の女性たちのポートレートを用いたコラージュ作品に、メゾンが継続的に取り組むインドのチャーナキヤ工房の職人たちによる刺しゅうが施され、会場を彩った。
マリア・グラツィアは、「他の女性のロールモデルになるような女性たちを称えることは、とても興味深いことだと思う。私が関心を抱くのは、国籍やバックグラウンドに関係なく、過去を生きた女性たちがいかに未来の参考になり得るかということ」とコメント。コレクションからセットまでを通して、女性をエンパワーメントするメッセージを発信し続けている。
1月23日から26日までの4日間、パリで2023年春夏オートクチュール・ファッション・ウイークが開催された。今回の公式スケジュールには、パリ・クチュール組合の正会員である11ブランド、国外メンバーの6ブランド、ゲストメンバーの12ブランド合わせて29組がラインアップ。その中から、現代の富裕層やセレブリティーの期待に応えるモダンクチュールを紹介する。