映画やドラマなどのエンタメを通して、ファッションやビューティ、社会問題などを読み解く連載企画「エンタメで読み解くトレンドナビ」。LA在住の映画ジャーナリストである猿渡由紀が、話題作にまつわる裏話や作品に込められたメッセージを独自の視点で深掘りしていく。
第10回は、第80回ゴールデングローブ賞で5部門ノミネートされ、最優秀作曲賞を受賞した「バビロン(Babylon)」にフォーカス。同作の衣装デザイナー務めたメアリー・ゾフレス(Mary Zophres)とメイクアップアーティストのヘバ・トリスドティール(Heba Thorisdottir)に、キャストたちのコスチュームやメイクを通してどのように表現したのか話を聞いた。
「ラ・ラ・ランド(La La Land)」で世界を沸かせたデイミアン・チャゼル(Damien Chazelle)監督の最新作「バビロン」は、ハリウッド初期の歴史に強い敬意を払う、濃厚でゴージャスな作品だ。
物語は、無声映画からトーキーに移行しつつあった1920年代後半にスタート。主要な登場人物は、ハリウッドの大スターであるジャック(ブラッド・ピット、Brad Pitt)、新人女優としてブレイクを果たすネリー(マーゴット・ロビー、Margot Robbie)、メキシコ人移民のマニー(ディエゴ・カルバ、Diego Calva)、影響力を持つゴシップライターのエリノア(ジーン・スマート、Jean Smart)らだ。長い時間をかけてこれらの人々のキャリアを追う中で、時代や彼らの置かれた状況を反映し、衣装やヘア、メイクも細かく変化していく。また、劇中で披露している大量の衣装は全て手作りしたというのも驚きだ。
「20年代の服は、参考材料としては貴重だけれども、撮影には使えなかった。使用に耐えられなかったり、保存のために許されなかったりするから」とゾフレスは語る。「セリフが一言しかないような人には借りた服もあったけれど、メインキャスト20人の衣装は全部作ったわ。スーツから帽子まで全て。しかも彼らは劇中で20回、あるいは30回も着替えをする。デイミアンは典型的な20年代のルックにしたくないと言っていたから、同じ時代のものでも、そうは見えないような絵画や写真、映画のポスターなどを探したの」。
スタッフたちによる徹底したリサーチ
映画のはじめのパーティーのシーンでは、ロビーが着る赤いドレスもリサーチから生まれたものだという。「リサーチで見つけた女優のアンナ・メイ・ウォン(Anna May Wong)の写真がインスピレーション源になっている。その写真で、彼女はスカーフを巻いたようなドレスを着ていたから、ビンテージの布地をマーゴットの首に巻き、端っこを押し込んでみたの。デイミアンはとても気に入ってくれたわ。あのドレスは上半身から始めて、マーゴットがダンスのリハーサルをするのを見ながら、動きも考えてデザインしていったの。赤という色もとても大事。ネリーは人に注目してもらいたくて、あのドレスを着る。パーティーで発見してもらいたいのよ」。
パーティーに侵入した時、ネリーは無名で貧乏だった。そんな彼女の経済状態はメイクにも反映されていると、トリスドティールは語る。「メアリーは、『ネリーにはお金がなく、あったのは赤の布地だけだった』と言ったわ。その布地でドレスを作ったのだと。つまり彼女にはコスメを買うお金もなく、持っているのは赤のリップスティックだけ。パーティーが進むにつれて彼女の口紅ははげていく。ハリウッド女優になってからの彼女はフルメイクになり、無名女優と映画スターの差はメイクからも明らかよ」。そもそもあの当時、コスメの種類は限られていた。ファンデーションの色は少なく、有色人種向けのものはなかったこともあり、「多くの女性にとって、メイクといえば赤の口紅だった」とトリスドティールは話す。考えてみれば納得だ。
女性のキャラクターほどわかりやすくないかもしれないが、男性キャストにも同じだけの注意が払われている。映画の中でピットが着るセーターは全て手編みで、男性キャストが着るスーツは特定の仕立て屋でオーダーメイドしたという。そんな中でも、最も服装の変化が顕著なのは、ネリー同様、下っ端から上りつめていくマニーだ。
「最初に登場する時、マニーはお金がないので、借り物のジャケットと蝶ネクタイを身に着けている。その後、ジャックに雇われるけれど、まだ貧乏だから同じジャケットを着ているわ。でもエグゼクティブになると、彼はほかのエグゼクティブにどこでスーツを作っているのか聞いて、仕立て屋で作ってもらうようになるの。リサーチで知ったけれど、当時のスタジオのトップは、ロサンゼルスにある2、3カ所の仕立て屋で服を作っていたそう。だから私たちは、伝統的な布地をまだ作っているところから、当時と同じ布地を入手したの。また当時のスーツもいくつか入手し、それらの布地を使って、ロサンゼルスの仕立て屋で同じようなスーツを作ってもらったわ」。
これまで衣装やメイクを通じてストーリーを語る作品に携わったことはなかったという二人。そんな努力の結果、ゾフレスは今作でキャリア3度目のオスカー候補入りを果たした。ほかにも美術監督のフロレンシア・マーティン(Florencia Martin)と作曲のジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz)も候補入りしている。来月、「バビロン」チームには大きな祝福が待ち受けているだろうか。