ビューティ

韓国最大手ビューティ企業アモーレパシフィック 日本支社を率いる女性リーダーの肖像

 「エチュード(ETUDE)」や「ラネージュ(LANEIGE)」などをグローバル展開する、韓国最大手のビューティ企業であるアモーレパシフィック。同社の日本事業子会社であるアモーレパシフィックジャパンを指揮するのが松井理奈代表だ。韓国ビューティが今ほど注目されていない時代から、その最前線でキャリアを重ねてきた彼女に、ジャパン社のリーダーとしてのミッションを聞いた。

松井理奈/アモーレパシフィックジャパン代表

(まつい・りな)大学卒業後、アモーレパシフィックジャパン (当時は太平洋ジャパン株式会社)入社。ヨーロッパ系グローバル企業でのマーケティング経験を経て、13年にアモーレパシフィックジャパンに再入社。「イニスフリー」「エチュード」の事業部長を歴任し現職 PHOTO:SHUHEI SHINE

WWD:アモーレパシフィックジャパンの成り立ちは?

松井理奈アモーレパシフィックジャパン代表(以下、松井):アモーレパシフィックの前身となる太平洋化学工業が1978年に東京営業事務所を設置したのが初まりです。その後、本格的な日本進出を見据え、日本法人であるアモーレパシフィックジャパンが2005年に設立。11年に「エチュード」、12年にスキンケアブランドの「アイオペ(IOPE)」、18年に「イニスフリー(INNISFREE)」、そして昨年9月には「ラネージュ」の国内展開をスタートしました。

 ジャパン社の従業員は約60人。私はそのリーダーとして、部下に任せられることはできるだけ任せ、自走できるチームづくりを目指しています。私たちのプロダクトはすでに日本でもある程度認知されてきている手応えがあります。今後は「アモーレパシフィック」という企業の存在感を高め、日本の誰もが知る存在にすることも私のミッションです。

WWD:アモーレパシフィック(以下、アモーレ)に入社した経緯は?

松井:大学生時代に韓国語を学んでいたことがきっかけです。当時(90年代後半)はグローバル化が進む中で、学生は教授たちから「10年後はアジアの時代が来る」と吹き込まれていて。その言葉をうのみにしたんです。必修科目として大人気の中国語は諦めるも、マレーシア語、インドネシア語などと並んで穴場だった韓国語を選択しました。

 4年生の時にソウルの梨花女子大学に留学したことが、美容に目覚めるきっかけでした。梨花女子大学は当時のソウルの中でもホットなエリアにあり、さまざまな人と出会い刺激を受けました。その中で交流した友人から、「ピブガチョアヨ」と言われることが多かったんです。“肌がきれい”という意味です。日本にいた時は面と向かって言われたことがなかったので、なんだか気恥ずかしかったですね。

「肌がきれい」がキャリアの原体験

WWD:当時から美容には関心が高かった?

松井:当時はそこまででもなかったんです。でも、「私って肌がきれいなんだ」と自覚したとたん、化粧品にも手が伸びるようになっていって。単純ですよね(笑)。ただ、入念にスキンケアをすると肌もきれいに整うし、メイクをしっかりすればそれだけかわいくなる。その時点で化粧品会社で働きたい!という明確なビジョンがあったわけではなかったんですが、私のキャリアの原体験であったことは間違いありません。

 私が大学を卒業した1999年は、就職氷河期の真っ只中でした。たくさんの企業の選考に落ちたり、警視庁への就職試験も受けたりと迷走しているうち、一緒に韓国留学していた友達とで再会しました。その友達からアモーレ(当時の太平洋ジャパン)を就職先として薦められ、「とりあえず応募してみたら」と背中を押されたんです。アモーレが初めて総合職として採用した日本人が、私だったそうです。

WWD:何を期待されていた?

松井:うーん……。当時は右も左も分からない状態でしたから。アモーレは人の温かみや伝統、歴史を重んじる日本企業的な雰囲気も感じさせつつ、欧米企業のような合理主義的なフラットさもある、独特の社風です。私はある意味で日本人らしくなく、思ったことを何でも口にしてしまうタイプなので、そういう気質がマッチすると思ってもらえたのかもしれません。入社してからは、日本市場のマーケティングや、通訳、アテンドをこなす毎日を5年ほど送りました。ジャパン社が設立されてからは、日本でのブランドローンチにも関わることができました。

WWD:その後一旦アモーレを離れ、外資系の他業種に転職した。

松井:ブランドをゼロから作るノウハウを集中的に学びたいと考えたからです。知見を積んで、いつかは(アモーレに)戻りたいとは思っていたものの、“片道切符”になることは覚悟の上でした。ですがありがたいことに、当時の上司や法人長のはからいもあって13年に再びアモーレにジョインできました。「イニスフリー」と「エチュード」の事業部長を経て現在に至ります。

WWD:アモーレの強みをどう分析する?

松井:根底にあるのは美に対する向き合い方だと思います。それを象徴しているのが韓国の本社ビルです。オブジェのような建造、ウオーターガーデンも備える壮大でオープンな空間で、地下1階には美術館があります。世の中を美しくいい方向に導くアイデアやクリエイティブは、美しい環境に身を置かなければ生み出せないという考えに基づいています。

 研究所は宇宙船をモチーフにしており、宙に浮かんだようなユニークな構造をしています。コスメは“コスモス(宇宙)”が語源という説もあります。人体そのものを宇宙と捉え、研究所はその中に浮かぶ宇宙船なのです。アモーレのR&D(研究と開発)とは、無限の可能性が広がる世界での「未知の探求」であり、ここからクッションファンデーションのようなイノベーションが生まれました。

韓国は自分が“引き伸ばされる”場所

WWD:女性リーダーとしてのキャリアの捉え方は?

松井:小さい頃から男子と混ざってバスケをしていたような女の子でしたから、あまり女性としての振る舞いやハンデは意識してこなかった方かもしれません。そんな私も、今は中学1年生と高校1年生の息子がいます。子供は泣いたり、笑ったりと本当に不思議な生き物。育児を通じて、「自分が全ての物事をコントロールできるわけではない」ことを痛感しましたし、ビジネスマンとしての自分も影響を受けた部分があります。ただ産休をとっている間も、私は大人としゃべりたくて仕方がなかったし、ピリッとした時間が恋しかった。自分自身の「働くこと」へのモチベーションの自覚的になる機会でもありました。

 メイクをする男性の韓国アイドルの影響などもあり、息子は2人とも「かっこよくなりたい」という願望が強いようです。私がアモーレに勤めて25年くらいの間で、若者を中心に、日本の韓国に対する見方はずいぶんポジティブな方向に変わりました。私の姪っ子も大学の韓国語科に入りました。

WWD:若者の間での韓国ブームをどう捉えるか。

松井:私が大学で韓国語を学んでいた時は、「どうして?」とけげんな顔をされました。韓国文化への理解が進んだ今をうらやましくも、素直にうれしくも思います。それに化粧品を通じて韓国の考えや文化を取り入れることができれば、日本人にとって必ずプラスになるはずです。

 私が韓国にいた時は「ニキビができているけど、どうしたの」とか、「なんか今日浮腫んでるね」とか、見た目に関していちいち言われました。最初は結構傷つきましたが、慣れてくると、「自分が気づかないことを周りが言ってくれて助かるな」みたいな感覚になってくるんですね。韓国では我慢して溜め込んでいくと、周りから浮いてしまうこともあるくらい。ずけずけと遠慮なく発言するムードがあります。

 日本の生真面目さや調和を重んじる性質はすてきですが、その中で生きていると、知らず知らずのうちに窮屈になっていく部分もあります。私自身、累計で100回以上は韓国に出張しているのですが、訪れるたび、自分の中の何かが「引き伸ばされる」感覚があります。最近の若い子達は自分をはっきり主張できる子も増えています。それは少なからず、韓国カルチャーのいい部分を吸収しているからかもしれません。

 メイクにしてみても、日本では「礼儀」「同調」の要素はまだまだ強いですが、韓国はどんどん「個性の表現」に向かっています。「エチュード」はこの春、“メイクアッププレイリスト”をコンセプトに、自分だけのプレイリストを作るようにメイクを楽しめるブランドに一新しました。新たにアンバサダーに就任したLE SSERAFIMのKAZUHAさんは、バレリーナとして世界を目指すためにオランダに飛び、そこからまた全く違う韓国の芸能の世界に飛び込みました。彼女の自分の脚で歩み、挑戦を楽しもうという姿勢に「エチュード」は共感したのです。周りのためではなく、自分のために美しくなる。そんなKビューティの楽しさや醍醐味を、私たちの商品を通じて日本へも広げていきたいと考えています。

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