バス・ティマー/シェルタースーツ ファンデーション創設者
PROFILE:オランダ・アーネムにあるArtEZ芸術大学卒業後、自身のブランド「バス ティマー」を設立。友人の父親がホームレス生活で凍死したことをきっかけに、デッドストックを使ったシェルタースーツを2014年に考案した。その後、非営利団体シェルタースーツ ファンデーションを立ち上げ、世界各地のホームレスに配布し続けている。20年には、米「タイム」誌の「次世代のリーダー」に選ばれた
シェルタースーツは、オランダ人バス・ティマー(Bas Timmer)が2014年にホームレス支援のために作った、命を守るためのスーツだ。そのジャケットと寝袋をつないだシンプルな1着が、ティマーの「たくさんの人を助けたい」という思いと共に反響を呼び、100着、1000着、1万着と徐々に生産数が増加。現在は非営利団体シェルタースーツ ファンデーション(Sheltersuit Foundation)を世界各地に設立し、デッドストックの生地のみを使ったシェルタースーツを各国のホームレスに提供している。その活動が現「クロエ(CHLOE)」クリエイティブ・ディレクターのガブリエラ・ハースト(Gabriela Hearst)の目に留まり、ハーストが「クロエ」を率いて初のシーズンとなった2021-22年秋冬コレクションで協業が実現。知名度を広げると、ティマーはその後もさらなる支援資金調達のために「シェルタースーツ」をブランド化し、昨年3月にはパリでコレクションを発表した。ティマーは、なぜホームレスの支援を続けるのか。シェルタースーツ誕生の裏側からスーツに込める思い、パリでコレクションデビューを飾るまでを、本人に聞いた。
きっかけは友人の父親の死
WWDJAPAN(以下、WWD):シェルタースーツの構想が浮かんだ経緯を教えてほしい。
バス・ティマー(以下、ティマー):元々大学でファッションの勉強をしていて、自身のブランド「バス ティマー(BAS TIMMER)」を立ち上げ、フーディーやタートルネック、マフラーなど、冬服をメインに作っていた。デンマーク・コペンハーゲンでのインターン時代、街中でたくさんのホームレスを見かけ、「自分が作った服が、寒い中を路上で過ごす彼らの助けになるのでは」と思い、ホームレスのために服を作って無料で配布することを母親に相談してみたんだ。でも、「無料で服を配ったら、誰もあなたの服を買ってくれなくなる」と心配された。正直その答えをすぐには受け入れられなかったが、ひとまず母親の言葉に従うことにした。
WWD:そこからシェルタースーツ ファンデーション設立に至った理由は?
ティマー:それから数年後、僕の友人2人の父親がホームレスになり、路上で凍死したというニュースを耳にした。友人の父親は、母国オランダでシェルターを訪れたそうだが、薄いブランケット1枚しかもらえず、そのまま路上で夜を過ごし、低体温症で亡くなってしまった。その話を聞いたとき、「あのときアクションを起こしていれば……」と罪悪感を覚え、悔しくて、人を助けたいという使命感に駆られた。そこで、「日中も着られて、夜の寒さからも守ってくれるものを作ろう」と、最初のシェルタースーツを手掛けた。初代シェルタースーツは、ファスナー付きのジャケットに手持ちの寝袋を付けたシンプルなデザインだった。それを持ってシェルターを回っていたら、一人の男性を紹介されたんだ。彼は最初僕を怪しがっていたけれど、シェルタースーツを見せると表情が変わり、「友人にもシェアしたい」と言ってくれた。その瞬間、「もっとたくさんの人のために作らなければ」と思い、最初の100着を作った。
WWD:シェルタースーツはこれまでに何着作った?
ティマー:シェルタースーツとシェルターバッグを合わせて2万個だ。シェルターバッグはバックパック状で、広げると1人用の寝袋になる。
WWD:デザインは自身で手掛けている?
ティマー:初代シェルタースーツもシェルターバッグも、昨年デビューしたファッションレーベルも、私が全てデザインした。今はサポートメンバーも増え、素材調達の専任メンバーも在籍している。
WWD:現在活動に関わっている人数は?
ティマー:ここ8年ほどで、数百人がわれわれの事業を支えてきた。オランダで工場を立ち上げ、労働権利を得たシリアからの難民を雇うところからスタートした。オランダの工場では現在25人、南アフリカのケープタウンの工場では、女性15人が働いている。ファッションブランドのチームを含めると、現在メンバーはグローバルで50〜60人ほどだ。
WWD:デザインのこだわりは?
ティマー:一番重要なのは機能性。はっ水性に優れ、高い保温性を有するなど、機能性と品質を大切にしている。次に見た目の美しさ。見た目が美しくなければ、誰も使おうと思わない。路上で過ごすホームレスの人々にも好みがある。だからなるべく多くの人が魅力的に感じてくれるよう、美しくデザイン性に長けたスーツを意識している。われわれはデッドストックの素材をアップサイクルしているが、アップサイクルの強みは、全てがオリジナルで、1点ものであることだ。ベージュからブルー、ビビッドピンクまで、人々のいろいろな趣味嗜好に合ったアイテムを作ることができる。
WWD:デッドストックはどれぐらい調達している?
ティマー:1着のシェルタースーツを作るのに、テントなどに使われるはっ水性の素材を5m(寝袋2.5個分)要する。企業に声をかけて、デッドストックや廃棄予定の素材をもらえないか交渉している。ほかにも寝袋を作る会社からは、生産過程のミスで売れなくなった、ファスナーが故障した寝袋を1000個提供してもらっている。
WWD:今では逆に「提供したい」と声をかけてくるブランドも多いのでは?
ティマー:もちろん。最近は「3M」や「アンダーアーマー(UNDER ARMOUR)」「アークテリクス(ARC'TERYX)」といった世界中のブランドから声がかかっている。それでもまだまだ足りない。もし「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のような大手アウトドアブランドが素材や商品を寄付してくれるなら大歓迎だ。
ホームレス支援には賛否両論
WWD:シリアからの難民に仕事を与え、雇用を生み出すことへの思いとは?縫製などはどのように教えている?
ティマー:シリアで内戦が起きて以来、多くの難民がヨーロッパに避難してきた。難民の多くは縫製工場で働いていた経験があったが、オランダ語が話せないため、難民キャンプや施設に閉じこもっていた。われわれがオランダで工場を立ち上げたとき、彼らに「ボランティアで働かないか」と声をかけてみたところ、多くが喜んで働いてくれた。当初は工場で働いてもらう代わりに語学レッスンを提供したり、住む場所を一緒に探したり、ビザなどの書類申請を手伝ったりしていた。その後寄付金を集り、彼らにきちんと賃金を支払えるようになるまで工場をコツコツと成長させてきた。「助けを必要とする人を支援したい」という思いもあったし、彼らのスキルを生かせるチャンスでもあった。
WWD:では、縫製は特別に教えていないということ?
ティマー:当初は必要なかった。それよりも、オランダのカルチャーや言語を教えた。最近は従業員も増えたので、主に南アフリカの工場では縫製のレクチャーも行っている。
WWD:最初は厳しい声もあったと聞いた。現在、反響はどう変わった?
ティマー:“ホームレスを助ける”というセンシティブな社会問題に携わっていたので、最初はネガティブな声も多かった。批判の多くは、「シェルタースーツをホームレスの人に配ると、ホームレス状態から脱却しようと思わなくなる」といったおかしな意見だった。ホームレスの人は、誰もが住む場所や仕事を欲しがっている。シェルタースーツを与えたからといって、その思いは変わらないはずなのに。シェルタースーツはホームレス生活を促しているわけではなく、むしろ路上生活を強いられた人々を守っている。そして、シェルタースーツを介してソーシャルワーカーとホームレスの信頼関係が強まり、彼らを支援しやすくなる。これはオランダの大学と研究して実証したデータなので、それを証明できるようになってからは、周りの意見もだいぶ変わった。今は、多くのシェルターがわれわれの事業に賛同してくれている。
WWD:展開国は?
ティマー:オランダ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、南アフリカ、アルゼンチン、パナマ、メキシコ、コロンビア、オーストラリア、アメリカ(ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス)だ。ギリシャのレスボス島やシリアの難民キャンプにも多く寄付している。日本でホームレスの問題がどれほど深刻か分からないが、近い将来日本でもシェルタースーツ ファンデーションを立ち上げたい。そもそもレーベルを立ち上げたのも、世界中にファンデーションを設立するためだ。
「クロエ」とのコラボも話題に
WWD:昨年は「クロエ」ともコラボレーションした。その経緯は?
ティマー:アメリカでシェルタースーツ ファンデーションを立ち上げるためにニューヨークへ行ったときに、ガブリエラ・ハーストに出会ったのがきっかけだ。その出会いから3カ月たったころ、彼女から「『クロエ』のクリエイティブ・ディレクターに就任した」と電話があり、「シェルタースーツ ファンデーションとコラボレーションしたい」と言われた。そして、シェルタースーツ ファンデーションの資金調達のためのチャリティーバックパックと、2021-22年秋冬コレクションのランウエイピースをいくつかデザインした。アイテムは全て「クロエ」とシェルタースーツのデッドストックで製作した。
WWD:ハーストからはどんな要望があった?
ティマー:一番大きなリクエストは、社会的な影響を残すこと。そして、デッドストックの素材からアップサイクルすることと、自社工場でエシカルに製造すること、またバックパックの収益をシェルタースーツのために還元すること、といった条件を話し合った。でも、デザインは自由にやらせてくれた。
WWD:メゾンとの協業で学んだことは?今後もファッションブランドとの協業を考えている?
ティマー:多くを学んだし、これからもたくさんのファッションブランドと協業していきたい。コラボして良かったのは、私たちが掲げる“People Helping People(人が人を助ける)”というメッセージを多くの人に届けられたこと。ビッグメゾンとコラボしたことによって団体の活動をたくさんの人に知ってもらえるきっかけになったし、コラボで得られた収益でより多くの人々を支援できた。そしてわれわれだけでなく、コラボした相手側にもポジティブな影響を与えられたと思う。「クロエ」の社員は、パリのホームレスを支援するために、シェルターなどでボランティアをしているそう。大きなインパクトを残すためにも、今後も多くのブランドと協業したい。
WWD:「シェルタースーツ」をブランド化した理由は?本格的な事業化も視野に入れている?
ティマー:シェルター ファンデーションでは寄付を募り、その寄付金で作ったスーツやバッグを無償で提供している。ブランドとして「シェルタースーツ」レーベルを立ち上げたのは、その収益をファンデーションにさらに還元するため。レーベルはファンデーション同様、“アップサイクルした素材を使う”というフィロソフィーを持ち、別の事業だが、考えや目的は同じだ。互いに支え合えるよう今後も営んでいく。
WWD:ブランド設立後、パリで開催したファーストコレクションの手応えは?
ティマー:個人的にはとても良い反応だったと思う。計3回ショーを行ったが、各回にプレスや評論家など、ファッション業界の著名人が多く駆け付けてくれた。ファッション好きもたくさんSNSに投稿してくれて、われわれが発信するメッセージをポジティブに受け止めてくれたようだ。ショーを通じて、ファッションは“ソーシャル・グッド”を生み出すツールとして活用できる、ということを発信できたと思う。実際の服にもポジティブなコメントをたくさんもらった。
WWD:ブランドでは、ジャケットやセットアップなど、シェルタースーツ以外のバリエーションも広がった。デザインにおいて意識した点、発想を変えた点は?
ティマー:デザインするに当たり、難しいと感じた点はいくつかあった。1つ目は、デッドストックを用いること。というのも、そもそも企業から提供してもらう素材しか使えないので、素材を自由に選ぶことができない。従来のファッションブランドだと、まずはデザインをスケッチしてから素材を調達し、そこから生産を始めるが、私たちの場合は素材調達から始まり、それに合わせてデザインする必要がある。そういう意味では、通常のデザインプロセスとは全く異なる考え方だった。
また、われわれはなるべく多くの人を支援したいという思いがあるため、あらゆる人が着られるジェンダーレスなデザインを意識した。ストリートウエアとしてだけでなく、ビジネスシーンでも着られるよう意識した。例えば、ウールコートは一見とてもクラシカルだが、裏地はファンキーでビビッドな色を使い、ストリートウエアの要素を取り入れた。ポンチョやバッグなど、一部のアイテムはシェルタースーツ ファンデーションでも使える機能性だ。
WWD:「シェルタースーツ」として伝えたいメッセージ、目指すゴールは?
ティマー:助けを求める人を支援する大切さを伝えること。周りに苦しんでいる人がいれば、手を差し伸べてあげてほしい。彼らの助けになるだけでなく、他人を支えることは自分のためにもなる。私は、ファッションは美しいものを人々に提供するだけでなく、人々を助けるパワーがあると信じている。特に、今の時代はますます環境汚染が進み、経済力がない人にとってはどんどん生きづらい世界になっている。ビジネスを通して、そんな困難な状況にいる人を助けたい。シェルタースーツ ファンデーションを、支援を必要とする全ての国で立ち上げ、経済的に困窮している人々を雇い、素晴らしい製品を一緒に作っていきたい。