最近、ビューティブランドの新製品発表会で明らかな変化が起きている。
「この春は、この色です!」「春の新色は、こちらです!」ーー。シーズンごとに繰り返し聞いてきた、カラーコスメの新色を伝えるための決まり文句が聞こえなくなってきたのだ。代わりに飛び込んでくるフレーズは、「血色感を引き出す」や「輪郭を強調する」。使い手の個性や「らしさ」に寄り添おうとする姿勢は消費者からの支持を広げ、こうした新しいフレーズを聞く機会は増えるばかりだ。
時代を映し出すメイク業界では今、何が起こっているのだろう?いち早く「血色感を引き出す」というフレーズを使い始めた人物に話を聞いた。
目指すのは「透き通る」カラーコスメ
「血色感を引き出す」は、リップやチークの色を紹介する時に使われる。「血が通っている感じ」な唇や頬を手に入れるためのピンクやレッド、オレンジを紹介する時の言葉だ。一方の「輪郭を強調する」は、アイブロウやコントゥアリング(光と影の部分を生み出し、顔を立体的に見せるメイクテクニック)を紹介する時に聞く言葉だ。コスメブランドは「血色感を引き出す」ことでメイクをする人の生き生きとした魅力を表現しようと試みて、「輪郭を強調する」ことでその人ならではの個性を際立たせようとしているのだ。
その根底にはいずれも、作り手が一方的に提案する色で個性を奪うのではなく、使い手の魅力を引き出すことでむしろ個性を楽しんでほしいというブランドの思い、もしくは、そうしなければ消費者に支持されないという危機意識が見え隠れする。多様性の時代だからこそ、勝手に決めた色の一方的な発信を避けているのだ。
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新製品の発表会で「血色感を引き出す」という言葉を最初に連呼したのは、ビューティクリエイターの吉川康雄が手がける新メイクアップブランド「アンミックス(UNMIX)」だ。吉川は1983年にヘア&メイクアップアーティストとして活動を開始し、ファッションや広告制作などの現場で幅広く活躍。その後はカネボウと共にコスメブランド「キッカ(CHICCA)」を立ち上げたが、2020年に終了した。「アンミックス」は、独立独歩のブランドとして翌21年にスタート。製品の第一弾は、“血の赤”にこだわった“モイスチャーリップスティック”だ。
「メイクで表情を隠すのは、正しいのだろうか?」
吉川は、ヘア&メイクアップアーティストの頃から、「メーンはアーティストではなく、モデル。個性をいかに生かしつつ、ストーリーに溶け込ませるか?」を考え、多くのアーティストによる「メイクをモデルに被せてしまう」表現方法に疑問を抱き続けてきた。「メイクで表情を隠すのは、正しいのだろうか?『メイクをしているから、顔が赤いのが見えなくなった』ではなく、『メイクをしているのに、顔が赤くなっちゃった』の方が人間らしい。顔が赤くなるのは、人間らしく、いろんな感情が溢れている証拠。モデルの個性を生かす方が、より遠くまで到達できる」と当時を振り返る。
だからこそ「アンミックス」では、「メイクで表情を隠すのではなく、個性や特性をどうやって表現・再現するか?」にこだわり、「どれだけ透き通るのか?」を追求するカラーアイテムを作り続けている。彼は、「ストーリーを語って、そのムードを表現する色を売るのは、作り手には楽しいこと。でも、そのムードと同調できない人には、どうなのだろう?ブランドの『今年はコレ』や『こうなりましょう』という強い発信は、必要なのだろうか?」と一石を投じる。
とはいえ、色を強く打ち出さないカラーコスメは売れるのか?そう吉川に聞くと、「コロナ禍でリップは苦戦したが、(アイシャドウの)“アイリッドニュアンス”は3カ月分の在庫が数日でなくなった。『何も隠れない』メイクを売るには、確固たるメッセージと丁寧な説明が必要だが、支えてくれるお客さまは広がっている」と話す。
打ち出すのは、色ではなく、“うるみ”。
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吉川は「大きな会社に身を置いていたら、個性を引き出す製品づくりには転換しきれなかったかもしれない。(『アンミックス』のように)歩みを進めるのは、手間のかかる仕事だったのでは?」と振り返るが、古巣の大手、カネボウ化粧品のブランド「カネボウ(KANEBO)」もまた個性を際立たせるアイテムの拡充を進めている。同ブランドが最近打ち出すのは、色ではなく、“うるみ”。昨夏には、ぷっくりとした“うるみ膜”をまとうティントタイプのリップコートや、立体感を引き立てる“うるみ艶”を仕込むマルチジェリーなどを発売した。新しいカラーコスメに関するコミュニケーションでは、「透明感」「生命感」「血色感」「上気したような艶」などの言葉が並ぶ。いずれも元来、人間に備わっているものだ。
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「カネボウ」を含む花王の化粧品事業は「Celebrity of Indivisuality. 一人ひとりの人間を、その生き方を、讃える」をコンセプトに定めている。その中で「カネボウ」は商品コンセプトを「Unlock Your Energy」と定め、一人ひとりが元来持っているエネルギーを最大化することを目指し、「憧れの均一なビューティルックは提唱せず、一人ひとりのパーツを際立てる商品設計を心がけている」という。同ブランドはリブランディング以降、20~30代の若い世代や男性のユーザーが増えた。そして、研究員から店頭の美容部員までが「驚くほど元気になった」という。
噴出した批判を、可視化されなかった声と捉える
実は「カネボウ」は2020年、「生きるために化粧をする」というブランドCMを展開し、大きな批判を浴びたことがあった。「カネボウ」は、「生きる上で、化粧は大事な営み」という思いを発信したかったのだろうが、「女性は化粧をしなければ、生きてはいけないのか?」「化粧を強制しないでほしい」などの批判を浴び、SNSは炎上した。だが「カネボウ」は、一気に噴出した批判を、これまで可視化されてこなかった声と捉え、真摯に向き合う。
そして翌年には「ポジティブなムードを表現したい。でも、それを勝手に押し付けてはいけない。そのバランスやメッセージ、放映時期については状況も鑑みながら、考え抜いた」という「希望よ、動き出せ。」というメッセージを発信している。「押し付けてはいけない」という考え方は、「透明感」や「生命感」「血色感」「上気したような艶」を引き出すことに集中する昨今の製品コンセプトにも通じている。
廃止したのは、「標準色」
ビューティ業界の多様性に関する配慮は、数多い。例えば「スック(SUQQU)」は21年、“諭吉ファンデ”と呼ばれた1万円台の看板ファンデーションの進化版“ザ クリーム ファンデーション”のカラーバリエーションを拡充。12色を追加する一方で1色を廃止し、全23色とした。カラーバリエーションを増やしたのは、多様な肌色に対応するため。一方廃止した1色は、それまでブランド側が最も多くの日本人女性の肌に馴染むであろうと定めていた「標準色」。「標準色を選ばない=自分は普通じゃない」と捉えてしまうかもしれない人の存在に目を向け、この色を廃盤としたのだ。カラーコスメの新色とは異なるが、これもまた「憧れの均一なビューティルック」から女性を解放するための一助だろう。近年ビューティ業界で「標準色」という呼称を改めるブランドは多いが、その色ごと廃盤にするのは珍しい。おそらく「最も多くの日本人女性の肌に馴染むであろうと定めていた」色だけあって、「標準色」の売り上げは、“ザ クリーム ファンデーション”の中でトップクラスだっただろう。その取り扱いをやめてまで、一方的な決めつけと捉えられかねないコミュニケーションを改めた「スック」には拍手を贈りたい。
コーセー社長は、「私は女性用、男性用をうたわない」
コーセーの「雪肌精」は、女優の新垣結衣とスケーターの羽生結弦を起用したビジュアルと共に、年代・性別を問わないブランドとしてコミュニケーションを刷新した。小林一俊社長は、「私は女性用、男性用をうたわないポリシーを一貫している。多様な価値観や嗜好を持つ人がおり、女性、もしくは男性向けという訴求は意味を持たない」と訴える。同社はグローバル(Global)、ジェネレーション(Generation)、ジェンダー(Gender)の「3G」をキーワードに新客の獲得を図る 。
「アンミックス」の吉川は、「青や赤が顔にのって、似合う人はそんなに多くない。だからこそ『どれだけ透けさせるか?』をテーマに、色がはっきり出ない仕上がりを追求したい」と話す。色をはっきり打ち出さず、はっきりしない色を積極的に問いかける。色をはっきり伝えないという決意は、はっきりしている。そんなブランドが増えていくのかもしれない。