企業は「何のために存在するのか、社会においてどのような責任を果たすのか」というパーパス(社会的存在意義)が問われ始めている。しかし、「パーパス」は抽象的な言葉ゆえ、その本質や採り入れ方を理解するのは簡単ではない。そこで、『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)共著者でビジネスデザイナーの岩嵜博論・武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授にパーパス思考をビジネスに取り入れる利点について聞いた。
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WWD:パーパスとビジョンとの違いは、またパーパスの再定義によって企業にもたらせる利点とは?
岩嵜博論・教授(以下、岩嵜):パーパスが企業活動の中心にあると、何のためにこの活動をしているかが明確にシェアできるので、ステークホルダーをはじめとしたさまざまな人たちと領域横断でコラボレーションしていくときに進めやすくなる。ビジョン、ミッションとパーパスの違いを船に例えると、ビジョン、ミッションは企業がなりたい姿を一方的に示しているので、船はその企業しか入らないサイズの「小さな船」、パーパスは企業がけん引する「大きな船」で、提唱する企業だけでなく、あるべき世界に共感する多くのステークホルダーが乗ることができるもの。企業は多くの共感を集める大きな船をステークホルダーと共同でつくり、実現に向けて協働していくことになる。そういう時代が到来しつつある。
WWD:確かに、何のためにやっているのかがわからないと気持ちがぐらつき、いい仕事に繋がらない。
岩嵜:「何のため」が明確でパワフルだとステークホルダーはそのために自立的、自発的に動くことができるようになる。そうなると自分ごと化できるようになる。組織論的にもパーパスを定義することは強味になる。
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WWD:アパレル企業の中ではパタゴニア(PATAGONIA)がパーパスを明確にして成功していると感じる。2019年に企業理念(パーパス)を「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」と変えてから、さまざまなプロジェクトがスピード感を持って形になっている。各部署の現場のスタッフがそれぞれの持ち場で何ができるかを考え、それを実現するために組織全体で支援しているように見える。
岩嵜:ステークホルダーには、顧客はもちろん従業員やサプライヤー、株主や地域の人なども挙げられパーパスは、それらの意識をつなげる力がある。
「とにかく実行すること。小さくても実行を重ねることが重要」
WWD:ファッション企業が、突然明確でパワフルなパーパスを掲げるのはイメージやビジネスモデルなどさまざまなしがらみがあって難しい側面もある。
岩嵜:ビジョン、ミッションの時代と大きく違うのは掲げて終わり、表面的なところを飾って終わりではなく、実行することが大事だということ。小さくても実行を重ねていくことが重要になる。大きな企業であれば、新しい事業やブランドを作って実行していくことが大切になる。例えば「無印良品」は、店舗の大改革を進めていて“地域土着化”した店舗も増えている。当たり前だったチェーンオペレーションを否定し、その方法を乗り越えて、地域課題を解決する地域密着型の店を作ることに舵を切っている。全ての店舗を変えるのは難しいが、着実にそういう店を増やしている。小さく始めたことがうまくいけば応用していくことができる。
そもそもアパレル企業は、ビジネスモデル自体も考え直さなければいけないだろう。回収やリセール、リペアなどを行うことが求められるだろう。長期的に見ると、いいものをリペアしながら長く着る方向に向かうと思うから。ここ数十年が異常だった。異常な大量生産・大量消費の無責任な数十年に生活者が気付き始め、若い人を中心に心理的な負担を持ち始めている。それに対してどう備えるか。パタゴニアは、かなり前からリペアを行っており、巨大なリペア工場がある。そうした実績から回収やリセールも行っているが、こうした事業が儲かっているのか、と疑問には思う。
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WWD:パタゴニアはリペアやリセールだけでは黒字化できていないと聞いたことがある。パーパス経営が成功していると感じるアパレル企業とその理由は?
岩嵜:わかりやすいのはいろんな面でパタゴニアだろう。修理工場を作り、バリューチェーンを見直し、結果として利益率が高いビジネスができている。売価をキープして直販化も進めており、ここ10年で卸売りを相当止めて直販化している。ECも強化していて、独特のウェブデザインだが、メディアECも早くから始めている。会員に送るダイレクトメールはプロダクトにフォーカスしたものではなく、いいコピーとビジュアルが付いたストーリー。そんなことができる企業はあまりないし、相当考えられていると思う。パーパスを掲げるだけでなく、バリューチェーン、コミュニケーション、セールス全てを見直し、一気通貫したパーパス的アプローチが整っている。
ナイキ(NIKE)もパタゴニアと似ていて、成長ドライブがパーパス思考とデジタルトランスフォーメーションで、うまくいっていると感じる。著名アナリストのベネディクト・エバンスの最近のレポートでも、2010年の直販比率は10%弱だったのが今や約40%に伸びているとあった。彼らの成長を支えているのが直販。デジタル顧客データを駆使して直販率を上げているように見える。
新興ブランドのスニーカー「オン(ON)」もパーパスドリブンとデジタルトランスフォーメーションで奏功している。
ビジネスの本質はパーパス思考×デジタルだろう。パーパスを掲げるだけでは既存ブランドと同じかもしれない。顧客と直接つながるルートを持つことと、ビジネスそのものの変革をセットにすることで効果を発揮する。
アパレル産業はどこに進むべきか
WWD:アパレル産業をどう見ているか。
岩嵜:バリューチェーンをどう再構築するか、そして、どう新しいビジネスを作るかが重要になる。アパレルは買う前も買った後もブラックボックスが多すぎる。どこから来て、捨てた後どうなるのかが分からない。ブラックボックスを透明化することは必要だろう。ビジネス全体を変革して、その際に領域横断も必要になる。重要なポイントは包括的に見ること。学生によく「鳥の目、虫の目」と伝えているが、「虫の目」でディテールを見て、「鳥の目」になって全体を見る。個々のディテールがどうあるべきか、全体はどうなっているか。時間軸も超越する必要があり、過去、現在、未来がどうあるべきかを数十年単位で見るような包括的な視点が理想だ。
アパレルは外圧も大きく変革の機運がある。そして、実は変革しやすい産業ではないかとも思う。もちろん設備投資は必要だが、作っているものがライトウエイトだから、他の産業に比べると恵まれていると感じる。やろうと思えば、戦略がそこにあれば変革できるのではないか。アパレルビジネスが面白いのは外圧があること。外圧と向き合いポジティブにとらえて、自らを変えるきっかけにすることが大事だと思う。それがこれからのアパレルビジネスの成否を分けるのではないか。
WWD:注目している動向は?
岩嵜:「修理する権利」だ。世界的に注目されていて、アップル(APPLE)も対応せざるを得なくなっているし、自分で修理ができてパーツ交換ができるスマートフォンを提供しているオランダのスタートアップ「フェアフォン(FAIRPHONE)」は、着実に売り上げが伸びているし、先日4900万ユーロ(約70億円)の資金調達をした。リペアは大事になるだろう。
WWD:アパレルの場合、低価格帯だとリペアサービスを売価に吸収しづらいので事業化するのは難しい。
岩嵜:価格帯を上げて長持ちするモノを作り、リペアを含めて利益を出せるビジネスへの変革が必要になる。その点で自動車産業から学べることは多い。車は購入時に加えて、車検や点検などの費用を消費者は払いメンテナンスしており、結果として長持ちするし、中古車市場もある。中古車市場は早くからDXされていて、オークションはどこからも入札できるようになっている。あるいは、キッチンウエアの「ストウブ」や「ル・クルーゼ」に表れている消費者心理に近いかもしれない。家電も売価を上げている。例えばドライヤーや炊飯器、洗濯機の価格帯は上がっているが、それでも一定数売れている。数字を見たわけではないけれど、おそらく売る数量は減っても売り上げは変わっていないのではないか。
成功のカギはパーパス思考×DX
WWD:リペアやリセールを視野に入れるとして、数十年単位で見られないジレンマを抱える企業も少なくない。
岩嵜:事業の成果をどのスパンで出すかと、事業そのものをどのスパンで考えるかは異なる。事業そのものの過去50年とこれからの50年を考えつつ、単年度で利益をどう出すかも「鳥の目、虫の目」で考えることになる。どのビジネスもそうだが、近視眼的になり過ぎると四半期、単年度予算はクリアできても長期的に見ると負のサイクルに入り、気づいたら抜けられないということが起こる。
WWD:成長と環境や社会課題の改善の両立を狙う企業も増えてきているが、両立の難易度は高いと感じる。企業の理想的な姿とは?
岩嵜:規模は企業が決めればいい。ある程度の規模感に留めることもできるし、永遠に成長したいという考え方もある。抑えるメカニズムはない。ただし、規模に応じた社会的責任を果たさないと、ステークホルダーから支持が得られない。サステナビリティの制約に企業はそれぞれどう向きあうかが大切になる。
デザインはどっちかではなく、どう両立し得るかを考える統合という考え方を大事にしている。成長とサステナビリティが両立できる、トレードオフを乗り越えたソリューションが出せる。それがデザインの力で、グローバルではデザイン人材が活躍している。日本では要素還元(分解したそれぞれの要素を良くすれば最終的に合体させればよりよくなること)が主流だが、なかなかそうはならない。「鳥の目虫の目」で見ていく必要がある。