ファッション

「ヨーク」最後の東コレ 謙虚なデザイナーが野心に燃えるとき

 寺田典夫デザイナーの「ヨーク(YOKE)」は15日、「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」で2023-24年秋冬コレクションをショー形式で披露した。東コレへの参加は2回目で、1年前の初参加時はファッションコンペ「東京ファッションアワード 2022(TOKYO FASHION AWARD 2022)」受賞によるイベントだった。同コンペの支援によって、1月のパリ・メンズ・ファッション・ウイーク期間中に現地で展示会を開催し、コレクションの受注はすでに終了している状況である。それでもショーを行う決意をした寺田デザイナーには、この日にかける特別な思いがあった。

初のショーは賛否両論
その悔しさをバネに

 昨年3月の東コレを終えた時点で、ショーは最後だと考えていた。初めてのランウエイの熱気が後押しして賞賛の声が届く一方で、「『ヨーク』らしくない」「リアルな提案が見たい」「ショーは向いてない」という冷静な意見もあった。寺田デザイナー自身も、ショーには不向きなブランドだと当時は考えていた。「仕方ないと納得する部分もありましたけど、正直悔しさも感じました」。ただ、その時点で次のランウエイショーで見返すという選択肢はなかった。

 大きな転機は二つ。まずは、パリでの展示会で手応えを得たことだ。1月の展示会で海外の卸先は14店舗から20店舗に増え、売り上げは昨年比約140%増という結果だった。年間売上高も4億円に届きそうな勢いで、海外での商機を感じている。「ピックアップされる点数も明らかに増えて、自信につながりました。今までは作らなかったような強いアイテムを海外用に制作し、それらの評価も上々だったんです」。そして、さらに大きかったのはパリで「ダブレット(DOUBLET)」のスタッフとしてショー会場のサポートに入り、「メゾン ミハラヤスヒロ(MAISON MIHARA YASUHIRO)」の華やかなショーを会場で目の当たりにしたことだった。「自分もパリでショーをしてみたいという思いが、心の中で徐々に高まっていくのを感じたんです」。

 とはいえ、リアルクローズに軸足を置いた「ヨーク」の服は“ショー映え”するものではないし、強引に“映え”させるものでもない。「今すぐというよりも、もっともっと実力をつけてパリのショーに挑戦したい。それが1年後かもしれないし、さらに先かもしれない。だからまずは、東京でブランドに関わってくれた方々に感謝を込めて、最後のショーをやろうと決めました」。後輩デザイナーからも「寺田さん、東京のファッションを一緒に盛り上げましょう」と声をかけられて発奮し、東コレに自己資金で参加する決意を固めた。「前回は、ブランドらしい世界観を美術館風のセットで表現しました。でも今回は、『ヨーク』は海外でも通用すると少しでも感じてもらいたくて、王道のショーをやりかった。スタイリングも、演出も、モデルも採算度外視で、清水の舞台から飛び降りる覚悟です。まあ、その後輩デザイナーは今回は参加しないと聞いて『えっ!』ってなったんですけど」。笑いながら穏やかに話す寺田デザイナーだが、その野心は今までに感じたことのない熱量だった。モデルオーディションにはキャスティング・ディレクターの畔柳康佑が約160人を集め、スタイリスト山口翔太郎とヘア担当のナカカズヒロらと共に夜遅くまでオーディションを行い、最終的に43人のモデルで60体のルックを組むという、海外メゾンクラスのボリューム感に膨れ上がった。「みなさんの想像を絶対に超えてみせますよ」。

 いよいよショー当日、会場の国際フォーラムには巨大なセットを組んだ。1月下旬にショーをやると決めてから、実質1カ月半とは思えないほどの規模感である。東京からパリに飛び立つ“滑走路”をショーのテーマに掲げ、照明やBGM、スタッフパス、パスポート風のインビテーションなどを、最後だという思いで前日深夜まで妥協なく作り込んだ。リハーサルを終えると寺田デザイナーは「すごい。自分の想像を遥かに超えていました」と興奮気味に語り、ゲストを驚かせる前に自分自身が一番驚いていた。バックステージには「シュタイン(STEIN)」の浅川喜一朗デザイナーや「ティー(TTT_MSW)」の玉田翔太デザイナー、「ダイリク(DAIRIKU)」の岡本大陸デザイナーら、多くのデザイナーや関係者がサポートにかけつけ、落ち着かない様子の寺田デザイナーの背中を押した。前回のショーで、「存在感が薄いからバックステージで見つけられない」という声があり、自分用のスタッフTシャツの背中には“I AM A DESIGNER”と大きくプリント。しかし、本番直前には真っ白なTシャツ姿になっていた。「動画サイトのロゴをオマージュしたんですけど、そのデザインが引っかかってショー動画がバンされる危険性があるので、脱ぎました」。いつも通りの寺田典夫だった。

予想以上に大入りの“滑走路”
多くが見届けた飛躍への決意

 会場には、想定の倍以上となる600人以上のゲストが訪れ、立ち見席用のお立ち台を急きょ設置した。ショーが開幕すると、3部構成の序章“東京での挑戦”が始まった。23-24年秋冬シーズンは、イギリスの抽象画家ベン・ニコルソン(Ben Nicholson)の作品がインスピレーション源だ。作品から“重ねる”“陰影”“線”“幾何学”というキーワードを連想し、ユニセックスのコレクションに重ねていく。ジャカードで抽象画を表現したコートやパンツをはじめ、表情豊かなツイードで生地に陰影をつけたセットアップ、デニムジャケットの“1st”“2nd”“3rd”と称されるモデルを1着に重ねたものや、大胆なペイントで表情を加えたレザーのカーコートなど、アイテム単品の強さをシンプルなスタイリングで押していく。前回のショーでは、攻めのレイヤードでアイテムの個性を引き出す手法を選んだが、今シーズンは「服の強さをシンプルに伝えたい」とスタイリストの山口にリクエストした。それぐらい自信があった。

 中盤は、滑走路を飛び立つ飛行機内でリラックスするスタイル。ペールトーンがランダムに重なる柔らかな色彩と、シアリングニットの優しい素材感が、寺田デザイナーの物腰柔らかな一面を想起させる。そして、パリに降り立ち、強さを主張する最終章へ続いていく。ここからが圧巻だった。体を包み込むキルティングアイテムには、幾何学柄のステッチを複数のパターンで何重にも重ね、裂き織りでカモフラージュ柄を作り、パーツごとに解体して別色と組み合わせられるダウンジャケットなど、デザイナーのふつふつと湧き上がる野心が乗り移ったような強い服で、終盤にかけて畳み掛ける。正々堂々と王道に挑んだランウエイは、以前の「ヨーク」を知る者にとっては驚くほどアグレッシブに感じたかもしれない。しかし、海外での発表を考えると、まだまだ攻め込める伸び代はある。それは決して“映え”させることではなく、今季見せたような強弱を意識したアプローチをさらに深めていけば、強豪ぞろいの海外でも十分戦える。さらに高く、遠くへと飛び立てる――「ヨーク」の何よりの強みは、そう信じているファンや仲間を多数抱えていることかもしれない。謙虚なデザイナーの野心は、クリエイションに間違いなくプラスに作用している。

 フィナーレに登場した寺田デザイナーは、長いランウエイを一周する間の約30秒間で、30回頭を下げて感謝を示した。その先には、来場したゲストだけでなく、卸先や工場、生地屋、付属屋、物流倉庫、そして配信を見たファンや知人の姿が浮かんでいたのだろうか。最後には、誰もいない方向にまで頭を下げていた。

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