ビューティ

資生堂の新鋭メンズコスメ「サイドキック」 若きブランド責任者が語る展望

 資生堂の「サイドキック(SIDEKICK)」は、同社としては「シセイドウ メン(SHISEIDO MEN)」以来19年ぶり(当時)となる新メンズスキンケアブランドとして昨年6月にスタートした。

 ターゲットは若年層の男性。歯磨きのようなチューブ容器に、メタリックにきらめくブランドロゴ。同社の既存ブランドにはなかった、ストリートブランドを思わせる斬新なデザインのパッケージに、彼ら特有の肌質・悩みにアプローチするエッセンスを詰め込んだ。

 まずはメンズコスメの先進市場である中国から着手。そこで得たノウハウや知見を逆輸入し、日本市場の開拓にもつなげる。ブランドローンチからの進捗と今後の展望を、同社経営戦略部のブランド開発責任者である藤田悟氏(31)に聞いた。

藤田悟/資生堂経営戦略部「サイドキック」ブランド開発責任者

PROFILE:(ふじた・さとる)2015年慶應義塾大学文学部英米文学科卒。外資系大手化粧品メーカーにてマーケティングを経験後、資生堂へ。紫外線を美肌光に変換する「サンデュアルケア」のコンセプトを生み出し、後にビューティブランド「バウム(BAUM)」「サイドキック(SIDEKICK)」の立ち上げに携わる。現在は「サイドキック」専任でブランド開発に従事

WWD:斬新なパッケージデザインの理由は。

藤田悟「サイドキック」事業責任者(以下、藤田): 中国人の購買行動における日本人との顕著な違いとして、「人との違いを表現したい」という欲求が大きいことがあります。そんな彼らの価値観や感性に訴える上でも、これまでの資生堂ブランドにはない斬新なパッケージデザインを目指しました。ブランドは現在、経営戦略部の若いメンバーが中心の6人が運営しており、中国支社にもマーケティングチームがいます。私自身もコロナ前には中国に何度も足を運んで、現地の若い男性に関する情報を収集してきました。

 人口13億人の国に暮らす彼らにとって、“埋もれたくない”という意識は私たち日本人より遥かに大きい。スキンケア用品であっても、彼らの自分なりの創造や発信と結びつけようとします。たとえば「サイドキック」をご購入いただいた中国のお客さまのSNSをのぞいてみると、自分のお気に入りブルーのスニーカーの横に、ブルーメタリックの「サイドキック」の洗顔料を並べて投稿してくださっています。

WWD:社内の反応は。

藤田:プロダクトのデザインに関しては反対を覚悟していました。ただプレゼンを終えてみると、「いい意味で資生堂っぽくないね」「先進的で新しさがある」と前向きな反応をたくさんもらいました。

 当社のメンズスキンケアにおけるフラッグシップブランドは「シセイドウ メン」。一方で、「サイドキック」は会社としての新しいチャレンジ、新しい成功体験を作るための“投資”であると自覚しています。「資生堂」という看板や既成概念を意識しすぎず、ブランドの個性を追求することが肝要だと考えています。

洗顔からスキンケアへは
飛び越えるべき“溝”がある

WWD:中国でのビジネスの進捗は。

藤田:Tモールやジンドン、TikTokなどのEC販路で開拓を進めています。白敬亭(バイ・ジンティン)という現地で人気の若手俳優とファッションデザイナーを起用したプロモーションを実施したことも認知拡大につながりました。

 中国では“チャイナプライド”を合言葉に国産ブランドに投資する機運もあります。しかしやはり日本製のプロダクトに対する信頼は厚く、品質にこだわる層に手に取っていただけているようです。お客さまによるSNSなどの口コミも蓄積されてきており、購入を後押ししている要因になっています。売り上げは計画通り進捗しています。

WWD:中国で一番人気の商品は。

藤田:エアゾール式の洗顔フォーム“シャインオフ ハイブリッド クレンザー”(120mL、日本価格で税込1980円)です。中国では洗顔料を泡立てずにするのが一般的。そんな彼らにとってフォームタイプの洗顔料は新鮮で、きめ細かな泡が気持ちいいと好評です。

 調査結果では、中国の男性は洗顔料の使用率は80%以上と高いものの、スキンケアに関しては60%以下に留まります。洗顔だけをしていた男性にスキンケア用品に手を伸ばしてもらうには大きな溝があるわけです。

WWD:“溝”を越えるためには?

藤田:実は僕自身、新卒でビューティ業界に入るまでは元々肌悩みが少ない方で、化粧品へのこだわりもありませんでした。今となっては、自分に合う化粧品を選ぶ意味と価値を深く理解しましたが。だからこそ「当時(大学生)の僕にそれを伝えるにはどうしたらいいか」という視点で考えることも大切にしています。

スキンケアに全く興味がない層に、スキンケアの文脈でいくら“説明”しても響かないのです。昨年12月には、原宿の「ビューティー・スクエア」で早稲田大学の学生とコラボしたポップアップイベントを実施しました。テーマは学生が発案した“ゲームセンター”。化粧品会社で働く僕らからすると、「スキンケアと何の関係もないじゃないか」というツッコミを入れたくなったんですが(笑)。ただ彼・彼女たちと同年代のお客さまがカップルで来店して、クレーンゲームやダーツを楽しみ、景品の商品サンプルを笑顔で持ち帰っていくのを見て、これも一つの入り口になると感じました。既存の枠組みにとらわれず、ワクワクするような体験から付加価値を作り出すことにも、積極的にチャレンジしていきたいと考えています。

変わる中国人の消費
化粧品にも本質を求める

WWD:課題はあるか。

藤田:私たちのプロダクトは2000〜3000円前後と、バラエティーショップと百貨店の中間程度の「プレミアムマス」と呼ばれるゾーンです。中国では現在、百貨店コスメなどの高価格帯のプロダクトを使っていた方から高い評価をいただけています。これはいい意味で予想外でしたが、今後はブランド本来のターゲットである、「良質なスキンケアに興味がある若い男性」の取り込みを考えていかねばなりません。

 これまで(日本円で)数百円程度のドラッグストアなどの商品を使っていた方々に、倍以上もする商品に乗り越えてもらうためにはどうしたらいいのか。軌道修正しているのが、お客さまとのコミュニケーションの部分です。われわれが以前中国へ調査を行ったときは、現地の消費者はパッとみたデザイン、イメージを重視する傾向がありました。その後コロナ禍でしばらく中国現地に足を運べない期間が続いたのですが、お客さまの価値観はより本質を求める方向へと変化しています。

 化粧品についても、効果・効能に関心を向ける消費者が増えているようです。EC上の購買行動を追ってみると、カートには入るのですが、購入ボタンが押されないケースがまだまだ多い。成約に至らず脱落した方々にインタビューすると、最後はやはり他にはない配合成分や機能といった「納得できる情報」が購買の決め手になるようです。

 「サイドキック」は、イザヨイバラエキス、ワイルドタイムエキスをはじめ、若い男性特有の肌の揺らぎにアプローチする成分をふんだんに配合しています。試用者によるレビューも他社の競合商品を上回る結果を出せている。そもそも、スキンケア商品としてのクオリティーには絶対の自信を持っているんです。鮮烈なイメージやビジュアルはそのままに、これまで意識的に排除してきた「機能」の訴求を融合できれば、お客さまの購入のトリガーを引くことにつながるはずだと考えています。

WWD:国内戦略については。

藤田:中国で蓄えた知見は活用できる部分はあるものの、(日本に)そのまま持ち込んでうまくいくとは考えていません。例えばスキンケアに関心の高い中国人男性は、すでに自分の肌質や必要なプロダクトを理解しており、オンラインで買うことに抵抗がない。一方で日本のお客さまは「まずは自分の肌のことを知りたい」という人も多く、リアルなタッチポイントを必要とする傾向にあります。ただ、限られたリソースを合理的に活用するという意味でも、まず中国で地盤をしっかり固めることが最優先事項です。

WWD:ブランドの長期的な展望は。

藤田: 若い男性がスキンケアを選ぶときに、「サイドキック」が真っ先に思い浮かぶ未来を作ること。これが僕の次なるミッションです。
ゼロからブランド開発をするのは初めてで苦労もありましたが、それ以上に喜びや興奮の方が大きかったです。今でも「サイドキック」を使っていて、ふと「本当に自分で作ったブランドなのかな」と不思議な気持ちになります。学生時代から、「世の中にない未来の“当たり前”を作る」ことを夢見てきました。今はまだ新しいブランドを作っただけ。ほんの通過点にすぎません。

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