森ビルが運営する「六本木ヒルズ」が4月25日に開業20周年を迎える。商業、オフィス、住居、ホテル、エンターテイメントなどを集めた都心の大型複合施設の先駆けであり、長い歳月をかけて六本木および港区という地域のブランド価値を高めた。そして小売り業界で「ファッション空白地帯」と呼ばれた六本木を高級ブランドの一大消費地へと変貌させた。近隣の新しい大型複合施設「麻布台ヒルズ」の開業を秋に控え、新しい局面に入りつつある。
六本木ヒルズの商業エリアは、昨年12月に月間で過去最高の売上高を記録した。久々に行動制限のない年末で、けやき坂のイルミネーションや大屋根プラザのクリスマスマーケットに大勢の人が集まった。食品や光熱費の値上げが家計にのしかかる中でも、来訪者の消費意欲は旺盛だ。森ビルの六本木ヒルズ商業運営室長の廣田智久氏は「23年3月期(22年度)でも過去最高の売上高が狙える」と自信を深める。
森ビルは商業エリアの具体的な売上高を公表していない。だが、単価の高いラグジュアリーブランドや高級レストランが集まる六本木ヒルズは、ショッピングセンター(SC)として日本有数の売り上げ規模といわれる。
圧倒的な購買力を持つ足元商圏
六本木ヒルズは、六本木6丁目の旧テレビ朝日本社や住宅地などの再開発によって03年に誕生した。都心で11.6ヘクタールの再開発は、民間企業として日本最大級の規模。地権者との折衝を含めて開業まで17年の歳月を費やした。高さ238mの森タワーを中心に、約1万5000人が働き、約2000人が暮らす。年間の来場者数は4000万人以上に達する。
商業エリアは森タワーの低層部を囲い込む「ウエストウオーク」や「ヒルサイド」、ラグジュアリーブランドの路面店が並ぶ「けやき坂」など複数のレイヤーで構成され、店舗面積4万平方メートルに約210店舗が営業する。
SCとしての六本木ヒルズの特徴は、足元商圏に支えられていることだ。ヒルズカードの会員の4割は港区に住む。国内や海外の広域商圏からもたくさんの集客があるが、売り上げの根幹を作っているのは近隣の住民である。
その足元の購買力は突出している。納税義務を持つ住民の平均所得データを見ると、港区は1100万円超。東京23区平均の2倍以上、全国平均の3倍以上もある。あくまで平均のため、上位の富裕層はさらに多くの金融資産を保有しており、アベノミクスの株高でいっそう裕福になった。港区は人口26万人にすぎないが、消費マーケットとして見た場合、飛び抜けて肥沃といえる。
富裕層に買い支えられていることは、ヒルズカードの分析からも明らかだ。ヒルズカードは優待サービスとして年間買い上げ金額(税込)に応じて4つの区分がある。すなわち、22万円以上の「1スター」、55万円以上の「2スター」、110万円以上の「3スター」、330万円以上の「4スター」である。3スター、4スターの会員には、港区内の各ヒルズの駐車場無料(5時間)、先行プレセール、人気シェフやクリエイターによる特別なイベントへの招待など手厚いサービスメニューが用意されてる。会員数で見た場合、3スター、4スターといった上位顧客は数%にすぎない。しかし、会員売上高で見ると、3スター、4スターが実に半分以上を占めるのだ。
こうした層を取り込むため、開業10周年を迎えた13年以降はウエストウォーク2階や、けやき坂を中心に「グッチ」「カルティエ」「ロレックス」「バーバリー」「ボッテガ・ヴェネタ」「バレンシアガ」「モンクレール」といったラグジュアリーブランドを段階的に誘致してきた。アベノミクス以降は高額品がけん引し、商業エリアの売上高はコロナ前まで右肩上がりで伸びていった。
店舗やブランドも“ヒルズシフト”
上位顧客の中心は働き盛りの40代である。百貨店の外商顧客の中心が50〜60代なので、2世代ほど若く、今後も長い関係が見込める。廣田氏は「(施設内の)予約のとれない人気レストランの優先予約や希少なワインの試飲会などを定期的に行なうなど、エンゲージメントを強化してきた。『エストネーション』や『ユナイテッドアローズ』のように、六本木ヒルズの顧客に合わせた商品開発やMDを展開している店舗もある」と話す。
開業時から施設内最大の2900平方メートルの売り場を展開してきた「エストネーション」は、ヒルズの推移をずっと見てきた。「買い上げ実績としては港区周辺にお住まいのお客さまが8割を超えるが、海外の方を含めて幅広い。中心顧客は30〜40代。20歳未満の方がお父さま、お母さまと来店するケースも目立つ。ヒルズカードの優良顧客(3スター、4スター)の比率が3割と高く、このお客さまの客単価は10万円超、コロナ後はさらに上昇傾向にある」(沓間由美子・旗艦店推進室室長兼販売促進部部長)。そんな顧客に応えるため、手厚いもてなしを提供する。「お客さまのクローゼットも把握できるくらい寄り添ってきめ細かな顧客対応にも力を入れている」。
16年に施設内の2店舗を統合し、大幅増床した「ユナイテッドアローズ」は、六本木ヒルズ店を旗艦店と位置づける。「顧客は港区在住の方が多く、周辺3区(品川区、渋谷区、目黒区)との合計で全体の約半数。他店舗との比較でも客単価が高い傾向にある」(川部高裕・UA販売本部本部長兼CX推進部部長)。「クロムハーツ」の品ぞろえも全国随一とし、オーダー会などイベントも多く開催する。同社の優れた販売員の称号「セールスマスター」認定のスタッフが最も多いのも同店だ。
けやき坂の「ルイ・ヴィトン」では昨年7月から8月にかけての約1カ月間、家具やオブジェの展示・販売会「サヴォアフェールイベント」が行われた。店舗全体を会場にし、この間、通常営業は休んだ。アート作品のようなソファーやイス、テーブルは数百万円以上。こうしたイベントが企画されるのも六本木ヒルズの上位顧客との親和性が高いからだ。
森ビルによる「遠大な都市計画」 ブランド力が上昇
六本木は今でこそ高級ブランドや有力セレクトショップが集まり、銀座や青山、原宿、新宿などに次ぐファッションの激戦区である。だが、六本木ヒルズができる以前は全く違った。「WWDジャパン」の2002年12月9日号では、翌年春に開業を控えた六本木ヒルズを特集した。見出しは「ファッション空白地帯の六本木は変わるのか」である。ヒルズ立ち上げ時にリーシングを担当していた森ビルの廣田氏も「当時は夜の街のイメージが強く、われわれが出店誘致をしても『六本木で物販は成り立つのか』と懐疑的な声が多かった」と振り返る。
六本木ヒルズに続き、07年には三井不動産による東京ミッドタウンが開業した。六本木ヒルズと東京ミッドタウンは、東京の新名所として広域から人を集めた。両施設で働くオフィスワーカーも増えた。ベビーカーを押した家族連れ、ペットと散歩を楽しむ人の姿も当たり前になった。夜の歓楽街という偏ったイメージは払拭され、ファッション消費でも都内有数の街へと発展した。
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