山本寛斎事務所のクリエイティブ・ディレクター高谷健太とともに、日本全国の伝統文化や産地を巡る連載“ときめき、ニッポン。”。11回目は、同氏が携わった北海道発のレザーブランドのクリエイティブの裏側について。
前回は、僕の故郷でもある北海道の森がエゾシカの被害によって枯死している現状と、頭数制限によって捕獲されたエゾシカの皮を用いた北海道発のレザーブランド「阿寒レザー(AKAN LEATHER)」について紹介し、僕が同ブランドのキービジュアルやレザージャケットのクリエイティブディレクションも担っていることに触れた。今回は、それらのクリエイションについてもう少し掘り下げてみたい。
まず、僕が「阿寒レザー」のプロジェクトに携わった大きな理由は、“いただいた命を大切に使う”“着ることが森林の保護・保全につながる”というブランドフィロソフィーに深く共感したからだ。この考えを体現するために、商品企画で重視したことが2つある。1つは、普遍的であること。流行に左右されない普遍的なデザインはもちろん、軽さと柔らかさに富んだ着心地の良さと、歳月を重ねて革が育つことで、生涯にわたって着用できるものだ。そして、やがて親から子へと引き継がれる。そんなレザージャケットを目指した。
もう1つは、一点物の価値を感じてもらうことだ。ジャケットをよく見ると、小さな傷や個体による表情の違いに気づくだろう。これは単に希少性を意味するものではなく、もともと野生に生きる動物であったことを示す“自然の刻印”なのだ。“いただいた命を大切に使う”というブランドの意志を体現するために、固有の特徴を生かそうと考えた。
キービジュアル作成の裏側
キービジュアルには、阿寒在住のアイヌ文化アーティストのデボさん(以下:DEBO)と、自然と動物を愛するバーチャルヒューマンのimmaさんを起用した。ビジュアル制作で最初に思い巡ったのは、“北海道の太古から今、そしてこの先も続く円環する命”という言葉だった。縄文から現代まで、15000年以上のときをかけて脈々と続く日本のサステナビリティを表現したいという直感的なイメージを広げて、僕の先祖が本州から海を渡る遥か前から北海道で暮らしてきた先住民族アイヌのDEBOさんと、現在の最先端テクノロジーによるバーチャルヒューマンのimmaさんに、ぜひ参加してもらいたいと思って声を掛けた。
DEBOさんは、以前より山本寛斎さんと「何か一緒にやりたい」という思いがあったそうだ。「こうした形で仕事ができてうれしかった」と話してくれた。immaさんは元々、日本古来の文化や自然に興味があり、2019年にはアイヌ文化の担い手と国内外のアーティストが交わる阿寒の「ウタサ祭り」に訪問したほか、地球環境保護の支援を示す4月22日の“アースデイ”に合わせて、海で集めたごみで出来ているドレスを着用するなど、社会に向けたアクションを積極的に行っていた。われわれのオファーも「ファッションも“命をいただく尊さ”に向き合う必要があると思っていた。今回のプロジェクトに参加できたのはとても意義がある」と喜んで協力してくれた。
撮影に際してDEBOさんは、アイヌのさまざまな考えを教えてくれた。例えば、「エゾシカや鮭を敬わずに殺すと、それらの動物は泣きながら天に上っていく。そうすると、神様はエゾシカも鮭も地上に下ろさなくなり、飢饉が起きる」というものだ。「人間の力の及ばないものはすべてカムイ(神)と捉え、すべてのものに魂がある。人間は魂の宿る自然の中から、ありとあらゆる命をいただかないと生きていけない。だから、命に感謝できない人間が、そのほかの命を奪ってはいけないんです。“かわいそう”ではなく、いただいた命を無駄にしないという覚悟が必要なのだ」と。
この教えにとても共感した僕は、キービジュアルにも“いただ着ます。”というキャッチコピーを付けた。食べることだけでなく、着ることにも“いただきます”の気持ちを持とうというメッセージを重ねたのである。
immaさんは、「動物が大好きなので、これまでレザー製品には配慮して付き合ってきた」と話しており、彼女にとってレザージャケットを着ることは、大きな覚悟が必要だったはずだ。「あたしがエゾシカの革を着ることで、ファンの方々と色んな摩擦が起こるかもしれない。それでも、一人でも多くの人がこの問題を知って、地球や自然について考えるきっかけとなってほしい」と強く語ってくれた。
自ら考え、自分の体でモノを作る
撮影時に驚いたことがあった。DEBOさんが控え室の床にゴザを敷いて、狩猟刀“マキリ”で木を削る様子を見せてくれたのだ。削ったツイスト状の樹皮はDEBOさんが髪飾りとして身に着けて、とても神秘的だった。
この髪飾りは“イナウ”というアイヌに伝わる祭具で、カムイの世界と自分とをつなぎ、自分を守ってくれるものだという。DEBOさんは「とても繊細なので、その場で作って身に着けないと、運ぶ間に壊れてしまうんですよ。削るうちに自分の心も浄化されるので、アイヌとして神聖な気持ちで撮影に臨めるかなと思って作りました」と説明してくれた。「自然に触れて、自分の頭で考えて、体を使ってモノを作る。そうすると、自分の感覚や能力を信用していくことができるんです」。便利なものに頼るのではなく、自分の体や感覚を信じて生きることの大切さを肌で感じる経験だった。
DEBOさんは最後にこう話してくれた。「今の現代人に必要なのは、生活を便利にしていくことよりも、不便な生活を快適に、かっこよく暮らしていくための知恵を持つことだと思う。この“かっこいい”というのがとても重要で、SDGsであるからこそ、美しくなければならないのです。アイヌの衣装も持ち物も、どれも美しい。デザインと機能美を兼ね備えた無駄のないものが、もっと見直されていくべきではないでしょうか」。
「阿寒レザー」の商品とキービジュアル、これらの話から、皆さまはどんなことを感じただろうか。阿寒の森の現状はもちろん、現代の消費社会のあり方、これからのファッションはどうあるべきかを考えるきっかけになればうれしい。