ファッション
連載 私が新入社員だったころ

「ハーパーズ バザー」編集長、修業時代の特技は「できるまでやめない」 【私が新入社員だったころ vol.6】

 「WWDJAPAN」は4月3日号で、ファッション&ビューティ業界の新入社員や若手社員に向けて、「プロになろうーー知っておくべき業界の今」と題した特集を掲載している。それと連動し「WWDJAPAN.com」では、業界で活躍するアラフォー世代以下のリーダーたちに、自身が若かったころに心掛けていたことや、それが今にどうつながっているかを取材。連載形式でお届けする。今回はハースト婦人画報社の「ハーパーズ バザー(Harper's BAZAAR)」の小栗裕子編集長に若手時代からの仕事の極意を語ってもらった。

WWD:学生時代から編集者の道を志していた?

小栗裕子「ハーパーズ バザー」編集長(以下、小栗):ファッション誌が好きで、中学生のころにはその道に進みたいと思っていました。高校まではいわゆる赤文字系のギャル雑誌を読み漁っていてそういう世界しか知らなかったです。でも大学でサンフランシスコに短期留学した時に、アートや音楽、カルチャーに没頭している同世代の子たちに出会って衝撃を受けたんです。それまで渋谷で服を買うことが人生の全てだった自分の世界が広がった瞬間で、ファッション・カルチャーの世界に惹き込まれました。留学中に「デイズド・アンド・コンフューズド・ジャパン(DAZED & CONFUSED JAPAN、以下デイズド)」の編集部に手紙を出して、帰国後にインターンをさせてもらうことになったのが始まりです。当時は本当に世間知らずでもっとほかの業界の可能性も考えればよかったのかもしれないですが、いつもその時の情熱で動いてしまうタイプなんです(笑)。

WWD:インターン時代はどんな経験を?

小栗:今でも初日のことを鮮明に覚えています。「では、小栗さん、先輩方にいろいろ教えてもらってください」と言われて編集部に入ったんですが、先輩たちは忙しそうにパソコンのキーボードを打っていて、誰もこっちを見てくれない。先輩の一人が「あのね、僕たちね、別に何も教えないから。知りたかったら盗んでください。以上です」って。さすがに驚きましたよ。でも、本当に何も教えてくれず、現場を見たかったら着いてきてください、聞きたいことがあれば答えますという感じでした。人を育てる気は全くなくけど、現場ではまあまあ対等に接してくれる面白い編集部でした。逞しさはそこで磨かれたと思います。

WWD:大学卒業後は、そのまま「デイズド」に就職した?

小栗:インターンも忙しかったですし、もうこの道に決めていたので就活はしませんでした。「デイズド」に入るつもりで卒業後もインターンを続けていたんですが、何人かいるインターンのうち就職できるのは1人。その時は残念ながら選ばれず、軽い挫折を味わいました。その後、今はもうないR&Bやヒップホップなどクラブ音楽をテーマにした雑誌「ルイール(LUIRE)」の編集部に就職しました。当時はヒップホップがめちゃくちゃはやっていて、クラブカルチャー全盛期でした。でも、私は音楽については全く疎くて入社試験では、デビュー前のR&Bシンガーの新譜についてレビューを書けと言われ、何も知らずにほとんどハッタリで書いて、なぜか合格しました(笑)。

WWD:編集のイロハはそこで学んだ?

小栗:いえ、そこでは入社して1年以内に先輩がほぼ全員辞めてしまって。残された編集長が私のデスクに来て「小栗ちゃん、そういうことだから、よろしく。よかったね」と言われました。インターンでは誌面を任されたことはなかったので全く未経験の私が、先輩たちが残していった表紙や紙面作りを一気に任されたわけです。

WWD:インターンの経験のみ、ましてや自分の興味範囲とは全く違うジャンルで誌面作りはどうやって乗り越えた?

小栗:意外とやってみるとできるものなんです。音楽雑誌のなかでもどちらかというとファッション分野を担当していたこともありますが、でも、相談できる先輩もいませんでした。当時23、4歳でしたが、自分で良いと思ったことを表現し、読者の反応を責任を持って受け止める経験をしました。キャパシティーを超えることに挑戦し続けていると、自ずと力がつくものでいい経験だったと思います。

WWD:常に大変な状況に置かれていたと思うが、20代で一番大変だった時期は?

小栗:「ルイール」の後に入った広告代理店で営業をしていた3年間ですね。「ルイール」は、時の流れと共にクラブカルチャーのトレンドが終焉を迎え、休刊しました。そのころは私も20代後半に差し掛かっていて、営業職には興味はなかったですが一度メジャーな会社で働いた方がいいかもしれないという思いと、広告について勉強したかったこともあり代理店に転職しました。すごく面白かったですが勉強のためと割り切っていても、自分の理想と違うことをしている状況、かつ苦手なことに耐えなければいけない時期で、気持ちの折り合いをつけるのが大変でした。でも必要な時期だったと思います。そこで3年過ごしたのち、たまたまハースト婦人画報社の「エル(ELLE)」が募集していて、転職しました。

WWD:ファッションや編集の道を諦めようと思ったことはなかった?

小栗:ないですね。もちろん常々小さい悩み事はありましたが、自分で決めた道だったので、大きく迷うことはありませんでした。苦労はしていても、やっぱり何だかんだ楽しかったのだと思います。あと私が20代のころの特技は、諦めないことでした。できないことはできるようになるまでやるのが私の基本スタンスです。これは簡単なようで意外と実践している人は少ないんです。周りと比べて突出したスキルはありませんでしたが、任されたことを途中でやめたことはありません。自分で決めたゴールに向かう過程で何回失敗できるか、悔しい気持ちになれるかでしかない。今の仕事に就いているのも、いつか編集長になると決めてそのビジョンを持ち続けたからこそだと思います。

WWD:若手時代に仕事をする上で心掛けていたことは?

小栗:自分の得意なこと、好きな分野を明確にしておくことです。所属する組織を観察し、そこに欠けているものは何か、自分が得意なことで周りとかぶらないことは何かなどを昔からよく考えていました。例えば、代理店時代に営業が苦手な私でしたが、周りが持っていない視点がクライアントに響いた時や、編集のスキルを使っておしゃれな企画書を作り周りから評判になったりした時はすごく嬉しかったです。ファッション業界に入れば、ファッションが好きなのは当たり前。でも全方位的に詳しい人はなかなかいないので、まず自分を知って、何が好きで何をやりたいのかを周りに明確に伝えることはとても大事だと思います。

WWD:仕事のストレス解消法は?

小栗:好きなことを仕事にしている場合、仕事のストレスは仕事で解消するのが一番いいと思います。仕事中にこれは良くできたなとカタルシスを感じる瞬間があります。小さなことでもいいんです。展示会で可愛い服を見れたとか、誌面に文字がぴったり収まったとか。忙しい中でも、喜びや楽しさをちゃんと感じて自分の気持ちを盛り上げることは大事にしています。

WWD:最後に、ファッション業界に足を踏み入れた新入社員の皆さんにエールを。

小栗:もしこの業界が好きなら絶対に後悔しないと思います。いろんな問題はありますが、世の中にとてもポジティブな影響を与えられる仕事です。ものすごく過酷な現場も経験するかもしれません。でも失敗することを恐れないでほしい。その経験がないと絶対に先に行けないと思うので。

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