毎週発行している「WWDJAPAN」は、ファッション&ビューティの潮流やムーブメントの分析、ニュースの深堀りなどを通じて、業界の面白さ・奥深さを提供しています。巻頭特集では特に注目のキーワードやカテゴリー、市場をテーマに、業界活性化を図るべく熱いメッセージを発信。ここでは、そんな特集を担当記者がざっくばらんに振り返ります。(この記事は「WWDJAPAN」2023年月4月24日&5月1日合併号からの抜粋です)
大塚:Y2Kトレンドも落ち着いてきて、流行20年と考えた時に、2000年代初頭に活躍していた人に当時を振り返ってもらいつつ、この先について考えたいと思いました。裏原やギャルについてはインターネット検索で情報が出てくるのですが、この時期に象徴的だったデザイナーズブランドの情報って全然出てこないんですよね。
美濃島:当時保育園児~小学生の僕にとっては、この企画で初めて知る人が多かったですが、全取材に同行して、話が本当に面白かったです。エピソードが逐一濃くて、取材時間も紙面のスペースも足りなかったですね。
大塚:美濃島さんは最初はっきり言って興味なかったよね(笑)。
美濃島:確かに印象はガラッと変わりました。時代の流れがあって、その必然として、個性の強いデザイナーのクリエイションが盛り上がったというのがよく分かりました。中でも荒川眞一郎さんの創業エピソードはすごく面白かったです。どのように取材先のラインアップを決めたのですか?
大塚:「ヒステリックグラマー(HYSTERIC GLAMOUR)」の北村信彦さんは最初から筆頭候補だったけれど、あとは僕の趣味に近いです(苦笑)。でも、多分僕の世代の男性には納得のラインアップだったのでは。連絡先が分からず、ソスウの三原康裕さんの協力でたどり着けた人が多かったです。撮影も同世代男性にお願いしましたが、めちゃくちゃテンション上がっていました。
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美濃島:僕はストリートスナップ誌「フルーツ」を創刊した青木正一さんが「DCブームが落ち着いて、皆が何か面白いものを求めた90年代と今は似ている。多様性と細分化が進むけれど、確信犯的に一世を風靡する天才が現れるかもしれない」と語っていて、ワクワクしました。大塚さんは何が印象に残りましたか?
大塚:「20471120」が5000人規模のショーを開催したという話かな。しかもチケットを1枚5000円で販売して。今の東コレの規模を考えると信じられなかったけれど、当時の映像を見たら明らかにその規模で。ヘリコプターからモデルが地上に降りてくるなど、今ではありえない盛り上がり方で、こんな夢のある時代があったのかと衝撃でした。回顧するだけでなく、この先のヒントになるようなインタビュー集になったと思うので、若い世代にも是非読んでもらいたいです。