「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」はこのほど、「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」を制定し、初回の審査を担当する専門家委員会を発表しました。「ディオール(DIOR)」のメンズや「フェンディ(FENDI)」のウィメンズを手掛けるキム・ジョーンズ(Kim Jones)のほか、プロダクトデザイナーのマーク・ニューソン(Marc Newson)、建築家のフランク・ゲイリー(Frank Gehry)とパリのホテル、シュヴァル ブラン パリ(CHEVAL BLANC PARIS)でパティスリーシェフを務めるマキシム・フレデリック(Maxime Frédéric)というラインアップです。
「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」は、時計作りにおける革新を目指すイニシアチブ(活動)。大胆なビジョンや自由奔放な発想、技術的な熟達、伝統的なサヴォアフェール(匠の技)への賛美などを審査するそうです。具体的には今年9月、専門家委員会は応募作を審査して20人のセミファイナリストへと絞り込み、結果をオンライン発表。 12月に「デザイン」「クリエイティビティ」「イノベーション」「クラフツマン シップ」「技術的複雑さ」という審査基準に基づいて、さらに5人のファイ ナリストを選出し、同時に最終審査を行う5人の審査員も指名します。受賞者は、24年1月にパリで開かれる「ルイ・ヴィトン」主催の授賞式で発表し、15万ユーロ(約2200万円)の助成金のほか、メゾンの時計工房「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」による1年間のメンターシップを提供。専任のチームがコミュニケーションから著作権、企業法務、ならびにマーケティング、業界戦略、ブランドの財務管理といった数々の側面において、受賞者に対して指導・助言を行います。すご〜く乱暴に言えば、時計版の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」です。
さて、一体なぜ「ルイ・ヴィトン」は、メゾン単体で「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」の時計版を開催するのでしょう?
その答えは1つ、高級時計界のメーンプレイヤーになりたいから!です。
高級時計の世界では、基幹時計の組み立てはもちろん、内蔵するムーブメント、もっと言えば、そのムーブメントを構成するパーツまでを社内で製造するマニファクチュールであることが求められます。上の記事にもある通り、「ルイ・ヴィトン」はすでに“タンブール”と言う基幹時計を持ち、上述した時計工房「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」を構え、そのトップに伝説の時計師ミシェル・ナバス(Michel Navas)時計アトリエ最高責任者を招聘するなど、マニファクチュール以上の存在になろうとしています。が、「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」の創設によって、時計業界の将来にも貢献することで、同業他社さえ認める高級時計界のメーンプレイヤーに上り詰めようとしている感があります。
ブランドだけにとどまらない、時計業界、もっと言えば時計業界を内包するラグジュアリー業界全般を見通した上での「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」というイニシアチブの立案に貢献したのは、間違いなくLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)のトップであるベルナール・アルノー(Bernard Arnault)会長兼最高経営責任者(CEO)の四男で、「ルイ・ヴィトン」のウオッチ部門マーケティングおよびプロダクト・ディベロップメント・ディレクターを務めているジャン・アルノー(Jean Arnault)でしょう。四男とはいえ、幼い頃から帝王学を叩き込まれているであろうジャンはきっと、「ルイ・ヴィトン」が時計でもトップを取るためには、製品のブラッシュアップやマーケティング戦略のみならず、業界全体に貢献するイニシアチブの実行が不可欠と判断したはずです。そんな時に参考になったのが、お姉さんのデルフィーヌ・アルノー(Delphine Arnault)が創始した「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」ではなかったのでしょうか?下の記事の通り、10年目の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」には過去最多の2400通を超える応募が世界中から集まりました。今はクリスチャン ディオール クチュール(CHRISTIAN DIOR COUTURE)会長兼CEOを務めるデルフィーヌは、「プライズ立ち上げ時は、このような発展を予想だにしていなかった。今では、デザインの分野で国際的にも本質的にも競える賞になった。毎年、応募数も増え、デザイナーら自身の本質やクリエイションを見極める選考もとても難しくなっている」と、その規模感と業界に与えるインパクトについて語っています。ジャンが目指すのは、きっとこの時計版。これを「ルイ・ヴィトン」というブランド単体で行うことにより、このメゾンを、高級時計界においてもメーンプレイヤー、それどころかトッププレイヤーに押し上げようとしているのだと思います。
「ルイ・ヴィトン」は「ロレックス」
「パテック フィリップ」「カルティエ」に並ぶか?
とはいえ、その道のりは決して平坦ではありません。高級時計界のメーンプレイヤーには、王者「ロレックス(ROLEX)」を筆頭に、「パテック フィリップ(PATEK PHILIPPE)」や「カルティエ(CARTIER)」が控えています。この世界でのスゴさを知らしめる1つのバロメーターは、二次流通での取引価格です。この「ロレックス」「パテック フィリップ」そして「カルティエ」を筆頭に「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」あたりは、もちろんモデルや状態にもよりますが、二次流通での取引価格が当初の販売額を超えるケースも珍しくなく、その事実がまた彼らの存在感を強大なものにしています。一方の「ルイ・ヴィトン」は、(別にそれを目指しているわけではないでしょうが)二次流通での取引価格が一次流通を常に上回るような状況ではありません。二次流通での取引価格が一次流通を上回るほどのブランド力のために、各社は歴代の時計を展示するミュージアムを構えたり、希少なピースをオークションで高値で落札したり、まさに、さまざまなイニシアチブに取り組んでいます。「ルイ・ヴィトン」の場合は、「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」というイニシアチブだったのでしょう。
そして重要なのは、その道のりは決して平坦ではないもののアルノー一家のジャンが主導するからこそ、「ルイ・ヴィトン」は本当に本気で、このイニシアチブに挑戦するであろう点です。ここがマジでスゴいところなのですが、ベルナール・アルノーの息子や娘が携わってきた「ルイ・ヴィトン」や「ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)」(長男のアントワンが会長)、「リモワ(RIMOWA)」(次男のアレクサンドルが2021年までCEO)、「タグ・ホイヤー」(三男のフレデリックが現在CEO)は、軒並み好調。おそらく「ティファニー(TIFFANY & CO.)」(次男のアレクサンドルが現在プロダクトおよびコミュニケーション部門のエグゼクティブ・バイス・プレジデント)や「ベルルッティ(BERLUTI)」(長男のアントワンがCEO)なども、このあとグングン成長することでしょう。今のところ、彼らの帝王学と周りのサポートには死角がないように思えます。
本気の証拠に、先んじて「ルイ・ヴィトン」は、時計界の天才デザイナー、ジェラルド・ジェンタ(Gerald Genta)の名前を冠した同名のブランドの復活の立役者になることを表明しています。「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」が、その製造を手掛けるのです。これにより工房、ひいてはその所有者である「ルイ・ヴィトン」の名前が高級時計界においてもますます広がっていくことは、想像に難くないでしょう。それに加えて、「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」なのです。
となると、「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ」も、10年後には高級時計界のメジャーな存在になっているのかも!?そうなった時の「ルイ・ヴィトン」の時計にも注目です。唯一の懸念点は、冒頭に紹介した初回の専門家委員会の人選。時計界の人間がほとんど存在していません。これは、高級時計界へのアピールにおいて吉と出るのか?凶と出るのか?ちょっぴりコンサバな時計業界のことを考えると心配になりますが、そんな狭い世界にとらわれない「ルイ・ヴィトン」やジャン・アルノーの視座の高さとも言える気がします。