ファッション

「オールモストブラック」“隙がない男”の戦い 初のショーは恩師ラフ・シモンズと勅使河原蒼風への思いと共に

中嶋峻太デザイナーのメンズブランド「オールモストブラック(ALMOSTBLACK)」は、ブランド初となるランウエイショーを東京・赤坂の草月会館イサムノグチ石庭“天国”で23日に開催した。ショーにはバイヤーやメディア、アート関係者ら約500人を招待し、2023-24年秋冬と、24年春夏コレクションを同時に披露。最低気温13度という季節外れの寒さの日に、24年春夏コレクションを異例の速さで発表した背景には“隙がない男”中嶋デザイナーの夢があった。

「ラフ・シモンズ」での経験を糧に

1982年生まれの中嶋デザイナーは、エスモードパリを卒業後ベルギー・アントワープに渡り、「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」でデザインアシスタントを約2年間務めた。厳しくも充実した日々を過ごす中で、憧れのラフをなぞるものづくりではなく、自分にしかできないクリエイションを探求するため帰国を決意する。

日本で「N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)」のデザインチームに属しながら、“ポスト ジャポニスム”をコンセプトに掲げた「オールモストブラック」を川瀬正輝(現『プロダクト トゥエルブ(PRODUCT TWELVE)』デザイナー)と15年に立ち上げた。設立から一貫しているのが、日本のアートの要素を取り入れた服作りである。海外での経験を経て、日本人である自分にしかできないクリエイションを掘り下げ、たどり着いた一つの答えでもあった。これまで協業してきたアーティストは、イサム・ノグチや白髪一雄・富士子、写真家の細江英公ら名だたる巨匠ばかり。ミリタリーやワークなどのヘビーデューティーなウエアに、アートの要素を構造から大胆にミックスさせるオリジナリティーが大手百貨店やセレクトのバイヤーから支持を集め、現在の取り扱い店舗数は国内25、海外15で、年間売上高は約2億円。前年比130%と、ビジネス面もゆっくりではあるものの堅調に推移している。

勅使河原蒼風との服と空間

そして23-24年秋冬と24年春夏シーズンは、いけばな草月流の創始者・勅使河原蒼風とのコラボレーション。ショー翌日の5月24〜29日には、両者の作品を披露するエキシビションを草月会館で開催し、中嶋デザイナーの「アーティストの作品と共にエキシビションを開催するのが夢だった」という長年の思いを実現させた。それをブランド初のショーというかたちで自ら祝福した。これまで数々のデビューショーを見届けてきたが、誰もが浮き足立ってもおかしくない状況である。しかし、百戦錬磨の“隙がない男”は常に冷静沈着。「不思議なほど全く緊張していない。現場には各部門のプロしか集まっていないので、自分はボールに手を添えるだけの役割だから。この左手ね」と、バスケットボールのシュートのジェスチャーをしながら笑顔を見せる。

ショーでは、会場に設置した勅使河原作品の間を、「オールモストブラック」のウエアをまとった30人の日本人モデルが歩く。新人も多く起用し、5人はこの日が初仕事だったという。「せっかく日本でショーをやるなら全員日本人モデルがよかったし、フレッシュな顔ぶれにこだわった」。コレクションは、勅使河原蒼風の多彩な作風を中嶋デザイナーが独自に解釈。勅使河原はいけばなに加え、樹塊を用いた彫刻や立体作品、コラージュ絵画なども世に送り出しており、同氏が描いた椿で体を覆ったり、富士をジャカードで表現したり、一見すると唐突なステンレスのパーツでさえ、その多面的な創造性に着想したものである。中嶋デザイナーがディレクションする、大阪のステンレス鋳物(いもの)メーカーのヤナギモトが協力して、勅使河原作品の不気味な穴や形状をステンレスパーツで作り、ボタンや装飾としてウエアに乗せた。またワイドフィットのスーツには花や“SOFU”などのモチーフをプリントではなく刺しゅうすることで、偉人への敬意を強く刻み込んだ。

「魂の込もった服」

24年春夏コレクションもこれまで同様にミリタリーウエアの要素が強いものの、いつもよりストイックに削ぎ落としたクリエイションにシフト。レイヤードでボリュームや奥行きを加え、強さを表現する得意の手法は控えめに、ミニマルな構造で服の強さをストレートに伝えた。デタッチャブル仕様のトップスの袖を外してスリーブレスにし、激しいディテールも極力排した分、服そのものの個性は分かりやすくなった印象だ。

昨今、ファッションとアートの協業は世に溢れている。特にメンズのストリートウエアブームが起こった後は、アートをただ商業的に利用しただけの安易なコラボレーションが多発した。「オールモストブラック」は、そんな状況でもファッションとアートの深い交わりを信じ、納期やプロダクションの安定感を維持しながら、戦い続けてきた。題材にする作家を知らない層に向けてどう訴求していくかはまだまだ探求の余地はあるものの、作家を知る者には中嶋デザイナーのデザインは深く突き刺さるだろう。この日来場したファッションエディターは勅使河原の作品を静かにじっと眺め、アート関係者は「魂の込もった服だった」と興奮気味に語った。ファッションからアートを知り、アートからファッションを知る――近いようで遠い分野をつなぐ架け橋になれる存在感を、この日のショーで示した。

「パリでいつかはショーをやりたい」。大仕事を終えた中嶋デザイナーは、いつも通りの冷静さで取材に応じ、将来の目標について語った。パリは世界中の強豪ブランドが集う都市であると同時に、恩師ラフ・シモンズが活躍した地でもある。かつて切磋琢磨した「ラフ・シモンズ」は、23年春夏シーズンをもってブランドを終了する。その複雑な胸中も、パリへの思いを後押ししたのだろうか。ショーの前も後も終始冷静沈着だった“隙がない男”は、取材後の記念撮影でもほとんど安堵の表情を見せず、来場者を気遣い、丁寧に見送っていた。帰り際、中嶋デザイナーをねぎらうため背中をポンと叩くと、汗でびっしょり濡れていた。その熱い背中が、この日の覚悟を何よりも物語っていた。

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