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火災から1年、「ベンベルグ」の現状と富士吉田産地の今後を聞く

2022年4月の火災事故から約1年。旭化成が宮崎県の延岡工場で90年以上に渡って生産してきた、世界オンリーワンの繊維素材であるキュプラ「ベンベルグ」の供給停止は、どのような影響を与えたのか。現状は?同事業を率いる旭化成の橋本薫ベンベルグ事業部長に聞いた。

WWD:現状は?

橋本薫・旭化成ベンベルグ事業部長(以下、橋本):まずはメーカーとして供給責任を果たせず、多くの方々にご迷惑をおかけしたことをお詫びしたく思います。当初は事故から半年後の23年3月には復旧を予定していました。ただ、思っていた以上に復旧に時間がかかり、ようやく復旧のめどがつき、今年9月ごろから生産能力は従来の7割〜8割まで回復します。

WWD:影響が大きかったのは、他素材への代替のきかない裏地だった。裏地の主な産地である富士吉田への影響は?

橋本:今回被災した紡糸設備が、裏地用に使われていたこともあって、特に影響が大きかった。ただ、裏地はもともと、ストックして在庫を販売するビジネスモデルで、事故直後にも糸、生地の流通在庫の備蓄があり、産地への影響は少なく抑えられるという計画だった。当初の計画が難しくなった段階で、すぐに代替糸の生産・開発に取り掛かったが、実際には必要十分な水準には足りずに、商品不足や供給遅れなどを引き起こしていることもある。

WWD:今後は?

橋本:糸が足りない状況は7-9月期以降は徐々に緩和されていく予定だ。富士吉田産地は長い歴史があり、燃糸、染、織布、整理とサプライチェーン間の連携がしっかりとできていて、糸の供給が始まれば数カ月ほどで裏地の供給量も増えていくのではないかと考えている。

その一方で、今回の火災をきっかけに、構造的な問題も顕在化した。人手不足とサプライチェーンの脆弱化だ。富士吉田は、日本の他の繊維産地と比べると産地自体の縮小幅も小さく、比較的安定している産地ではあるものの、それでも一部では必要な工程や素材が産地内で調達できないことも発生している。4月には、裏地に使用する先染めポリエステル繊維の染色企業が破綻した。キュプラ「裏地」であっても、ワンポイントで使うポリエステルの糸は必要で、染色技術や生産スピードの速さなど、富士吉田に欠かせない存在だった。糸の調達だけなら産地の外から調達は可能だが、従来のように翌日にビーカー(色見本糸の生産のこと)を出せたスピード感はのぞむべくもなく、一部のアイテムはこれまでのように短期間で生産することは難しくなる。

WWD:富士吉田には旭化成グループ傘下で、裏地関連の染色を担ってきた富士セイセンがある。同社が設備増強をすればいいのでは?

橋本:机上の計算では確かにそうだ。需要はあるし、ノウハウもある。ただ実際には、富士吉田の繊維業は人手不足で、とてもじゃないが手が回らないような状況だ。それでも、富士吉田産地は他の産地に比べると遥かに状況はましと言える。

WWD:富士吉田産地の今後は?

橋本:当社のベンベルグ事業、中でも裏地は長い歴史があり、富士吉田産地とともに発展してきた。富士吉田は原糸以降の撚糸、糸染め、織り、反染め、加工・仕上げ、さらには問屋/販売までが産地内で完結する、今の日本ではかなり稀有な産地だ。だからリードタイムも短いし、商品開発力も高い。こうした産地機能を維持し、かつアップデートするためにどうするべきか、改めて見直す時期に来ている。これは単に生産だけにとどまらない。以前のように取引先のアパレルから要望があるから頑張って作る、というのはもう現実的ではない。商品構成を見直し、サプライチェーンが分断しないための投資や再編なども必要になるかもしれない。生産スピードが持ち味の産地ではあるが、一部のアイテムは撤退、あるいは納期を見直すようなこともでてくる。これまでのようには行かないことも多々でてくるだろう。アパレルや小売側へのこうした要望は、我々が時には全面に立って調整に立ちたい。そういった事も含めて、産地全体、日本のアパレル産業全体で、素材、産地、アパレルが一体になって産地のこれからを考える必要があるだろう。

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