最高経営責任者(CEO)を筆頭に経営幹部の就任・退任のニュースが続く中、その人選が変化している。かつて財務や製造分野から任命されることが多かったファッション&ラグジュアリー業界のCEOは、ヨーロッパの主要ブランドがグローバルな店舗網を構築するにつれて、少なくとも10年以上前からリテールやコマーシャル、セールス分野の人材が優勢に。そして、近年は2020年に就任したヤコポ・ヴェントゥリーニ(Jacopo Venturini)=ヴァレンティノ(VALENTINO)CEOを筆頭にマーチャンダイジング畑出身者が目立つようになり、最近ではマーケティングやコミュニケーションの経験を積んだエグゼクティブが増えている。その背景を探る。
6月1日付でストーンアイランド(STONE ISLAND)のCEOに着任するロバート・トリーファス(Robert Triefus)も、マーケティング&コミュニケーションの豊富な経験を持つ1人だ。トリーファス次期CEOは、カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)やジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)で同分野の要職を務めた後、2008年グッチ(GUCCI)に入社。直近は、コーポレート&ブランド戦略担当のシニア・エグゼクティブ・バイス・プレジデントとグッチ・ヴォールト&メタバース・ベンチャー担当CEOを兼務していた。21年12月に就任したランバン(LANVIN)のシッダールタ・シュクラ(Siddhartha Shukla)=デピュティ・ジェネラルマネジャーや、18年9月にJW アンダーソン(JW ANDERSON)に加わったジェニー・ガリンベルティ(Jenny Galimberti)CEOも、コミュニケーションのプロがヨーロッパのファッションブランドを率いている例と言える。前者は、グッチやサンローラン(SAINT LAURENT)でコミュニケーションの要職を務めた後、セオリー(THEORY)で最高マーケティング責任者(CMO)、最高マーチャンダイジング責任者、最高ブランド責任者を歴任。後者は、グッチやロレアル(L’OREAL)、プラダ(PRADA)などでブランド開発やコミュニケーションに携わった後、ダンヒル(DUNHILL)のCMOやルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のコミュニケーション&イベント・ディレクターとしてキャリアを築いてきた。
また今年3月、ディオール(DIOR)に17年勤めているオリヴィエ・ビアロボス(Olivier Bialobos)がグローバル・コミュニケーション&イメージ担当デピュティ・マネジング・ディレクターに昇格したことも、顧客中心の時代においてファッションのストーリーを伝えるとともにブランドを構築し、イメージを作り上げる重要な役割を浮き彫りにした。同氏は、パリのPR会社KCDのディレクターやイヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT、現サンローラン)のインターナショナルPRディレクターを務めた後、06年にクリスチャン・ディオール・クチュール(CHRISTIAN DIOR COUTURE)に入社。直近は、ワン・ディオール最高コミュニケーション&イメージ責任者として、メゾンのファッションとビューティの活動を統括してきた。
“人々の関心がなければ、
購買行動にもつながらない”
コミュニケーションやマーケティング分野出身者が広報やイベント、店のウインドーよりもはるかに広い範囲を監督するようになった現状について、クリスチャン・ディオール・クチュールやラルフ ローレン(RALPH LAUREN)、ロレアルなどの企業で人事の上級職を歴任し、現在はパリのデザイン&ビジネススクールLISAAでファッション部門を率いるトマス・ブカイユ(Thomas Bucaille)=ディレクターは「ラグジュアリーやファッションの世界ではマーケティングがますます重要になり、その費用は大幅に増加している」とコメント。「以前よりずっと複雑かつ命運を左右するようになっているため、コミュニケーションのエキスパートをビジネスのトップに据えることは理にかなっている。“ブランド”とは何か?やその価値の高め方を理解し、複雑な新しいメディア環境に対応する方法を知っていること、そして360度マーケティングの能力は、一流のコミュニケーション・エグゼクティブが持ち合わせるスキルだ」と続ける。
一方、パリのエグゼクティブ・サーチ&コンサルティング会社フロリアン・ドゥ・サンピエール・アソシエ(FLORIANE DE SAINT PIERRE & ASSOCIES)のフロリアン・ドゥ・サンピエール(Floriane de Saint Pierre)創業者兼代表は、「収益を上げるためには、3つの重要な原動力がある。1つ目は非の打ちどころのない魅力的な製品で、あとの2つは影響力と注目度。そのため、影響力と注目度を担う優秀なマーケティングやコミュニケーションの幹部は、CEOに適任だ。ブランドに大きなダメージを与えうる評判リスク予測の経験もある」と分析。さらに、ブランドが第三者を介すことなく、主に自社チャネルを通じてオーディエンスとつながるようになったことを挙げ、次のように説明する。「ブランドは、ふさわしいオーディエンスの気を引くために、影響力を持ち続けることを競い合っている。まさに“アテンション・エコノミー”だ。人々の関心がなければ、そこに魅力はなく、購買行動にもつながらない。そのためには、ブランドとオーディエンスをつなぐこと、今日の社会に対する理解、ユニークなアイデアの創出、3次元や2次元のクリエイティブな表現を通したアイデアの具現化のマネジメントが必要になる」。
実際、多くのブランドはパンデミック後、セレブリティーやアンバサダーを中心としたキャンペーンに加え、ファッション・ウイーク中の露出、巡回型のランウエイショー、ハイジュエリーを中心としたVIP顧客向けのイベントの規模や頻度を拡大。ブランドの提案と強いビジョンを伝えるには、クリエイティブ、マーチャンダイジング、マーケティングの密な連携が不可欠と考えられている。
ルイ・ヴィトン会長兼CEOも
マーケティング畑出身
専門家たちがマーケティングやコミュニケーションを背景に持つエグゼクティブの第一人者と挙げるのは、消費財大手のベンキーザー(BENCKISER、現レキットベンキーザー)や食品会社のパルマラット(PARMALAT)でマーケティングのスキルを磨いた後、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン((LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)傘下のフェンディ(FENDI)とディオールでの輝かしい実績を経て、2月にルイ・ヴィトンに入社したピエトロ・ベッカーリ((Pietro Beccari))会長兼CEO。また、ルイ・ヴィトンのマーケティング&コミュニケーション・ディレクターとして活躍したジャン・マルク・ルビエ(Jean-Marc Loubier)=デルヴォー(DELVAUX)CEOや、ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VEBETA)でマーチャンダイジングに加えコミュニケーションの経験も積んだフランチェスカ・ベレッティーニ(Francesca Bellettini)=サンローラン社長兼CEOら。小さなスキーウエア専門メーカーを世界的なラグジュアリーブランドに押し上げたレモ・ルッフィーニ( Remo Ruffini)=モンクレール(MONCLER)会長兼CEOを実力者として挙げる声もある。
米大手エグゼクティブ・サーチ会社ハイドリック&ストラグルズ(HEIDRICK & STRUGGLES)のロンドン支社でグローバルファッション、ラグジュアリー、ビューティ業界を担当するキャロライン・ピル(Caroline Pill)=パートナーは、ラグジュアリー&ファッションブランドが近年取り入れている顧客中心主義的なアプローチとマーケティング経験豊富な経営幹部の増加を結び付ける。ブランドは市場シェア争いの中で憧れを生み出し、求められる製品を供給する必要があり、「そこでマーケターの出番になる。彼らは、今起こっていることを把握し、ブランドのDNAをたたえるメッセージを考えるとともに、顧客のプロファイルを知る上で大きな役割を果たす」という。また、ビューティや消費財業界では、マーケティング出身のエグゼクティブが企業を率いるという長年続く伝統があり、ファッション界はそれに追随していると指摘。例えば、LVMHは近年、ダミアン・ベルトラン(Damien Bertrand)=ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)CEOやピエール・エマニュエル・アンジェログロウ(Pierre-Emmanuel Angeloglou)=ルイ・ヴィトン戦略ミッション担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントなど、ロレアルから多くの優秀な経営幹部を採用している。
ただ、自身もマーケティング・コンサルタントとしてキャリアをスタートしたシドニー・トレダノ(Sidney Toledano)LVMHファッショングループ(LVMH FASHION GROUP)会長兼CEOは「必要なのはマネジメント能力とこの業界への情熱」であり、さまざまな経歴の人材がCEOになりうると語る。確かに、今日のファッションやラグジュアリーブランドのかじ取りを担う経営者の人選に決まった方式はない。例えば、シャネル(CHANEL)は22年1月、ユニリーバ(UNILEVER)のリーナ・ネアー(Leena Nair)前最高人事責任者をグローバルCEOに迎えた。