「アクリス」は2022年にブランド誕生100周年を迎えた。世界を巡回したショーの開催や、スイス・チューリッヒでの大型エキシビションなど、1年間かけてアニバーサリーイヤーを祝うプロジェクトが進行中だ。創業家3代目で、40年以上デザインを手がけるアルベルト・クリームラー=クリエイティブ・ディレクターに、ブランドが歩んできた歴史と自身のデザイン哲学について聞いた。
ワードローブを届ける
スイスの北東部の街ザンクト・ガレンを拠点とする「アクリス」の歴史は、創業者のアリス・クリームラー=ショッホが、刺しゅうを施したコットン製エプロンを手がけたことから始まった。「創業から100 年間変わらないことを挙げるとしたら、『目的を持つ女性に向けて服を作る』というパーパスでしょう。創業当時、女性たちが家事や仕事中に毎日身に着けていたのがエプロンで、祖母なりの『目的を持つ女性に届けるワードローブ』でした」とクリームラーは語る。現在、本社兼アトリエを構える建物は、1939年にアリスが購入したもの。「戦時中に、ましてや女性が不動産を買うなんて当時は珍しかったのではないでしょうか。祖母は謙虚で働き者で彼女自身が目的を持つ意志の強い女性でした」。
3代目のクリームラーは、1987年にクリエイティブ・ディレクターに就任した。彼が生み出す現代的でタイムレスなワードローブは、モナコ公国のシャルレーヌ妃やミシェル・オバマ、ニコール・キッドマンらが愛用者に名を連ね、さまざまな分野において第一線で活躍する女性たちから支持を集める。「『アクリス』を着る女性は、人前に立つ立場にいる人が多いです。大勢の前でスピーチをする時、チームの指揮を執る時など、どんな場面でも自分らしくいられる心地よさを提供することが私のデザイナーとしての使命です」。
クリームラーが祖母から受け継いだものの一つが、最高級の生地を見極める審美眼だ。ザンクト・ガレンの名産である刺しゅうが施された軽い手触りのチュールやカシミヤダブルフェースなどはブランドを代表する素材。「デザインをモダンに仕上げるカギは生地にあります。例えば私が24歳の時に手がけたレースのコレクションは、大量のサンプルからとりわけシックなものを選び採用しました。ほかにもタイムレスな生地のひとつとして、80年代に発表したハート柄のプリントを2023年春夏コレクションに取り入れました。イタリアのコモ地方のプリントデザイナー、ジャンパオロ・ギオルディに何度も電話をかけてお願いしました。最初は『私たちはクチュール専門です。あなたはレディ・トゥ・ウエアのブランドでしょう』と断られましたが、それでも諦めない私に最後は彼が『コーヒーだけなら』と話をする時間をくれたことを思い出します。彼は今でも大切なパートナーです」。
日本でショーを開催
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機能性とさまざまなシーンで着られる汎用性も現代服に欠かせない要素だと考える。クリームラー自身がいろいろな土地を旅して得た体験をもとに、独自の素材開発につなげている。清涼感のある独自素材を用いた“ ハイサマーコレクション”は、2010年夏に日本のチームと京都を訪れたことがきっかけ。日本向けにスタートしたが、今では世界中の女性たちから人気のコレクションになっているという。「素材に加えて欠かせないのがテーラリングです。社内には、ドレス、ジャケット、スモーキングスーツなど分野ごとにそれぞれ専門のテーラー職人がいます。『アクリス』の考え抜かれた“シンプル&スリーク”なファッションを実現してくれるのはこの素晴らしい職人たちです。才能にあふれたチームがいたからこそ100年続けられたのだと思います」。
アニバーサリーイヤーを記念して4月には東京・上野の東京国立博物館法隆寺宝物館で2023-24年秋冬コレクションのショーを開催した。ブランドが歩んできた歴史をたたえると同時に次の100年を見据えたコレクションを披露した。「日本には1978年に初上陸し、ほかのグローバルマーケットの中でも最も歴史が古い国です。次の100年に向けてスタートが切れたことをうれしく思います」。
デイヴィッド・チッパーフィールドが
手がける
ミニマルかつセンシュアルな銀座店
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2022年には、イギリスの建築家デイヴィッド・チッパーフィールドが手がけた直営店を銀座中央通り沿いにオープンした。1階はバッグやスカーフなどのアクセサリー、2階はアパレルをそろえる。白塗りのメープル素材を多用した内装やヴィチェンツァ産グレーストーンの1枚岩の階段、ホースヘアーを使った試着室など、上質素材とディテールへのこだわりを表した内装が特徴だ。アルベルト・クリームラー=クリエイティブ・ディレクターは、「デイヴィッドは、官能的なミニマリズムを大切にするブランドの世界観をよく表現してくれた。次の100周年に向けた第一歩として勇気づけられるような重要な店舗だ」とコメントした。
チューリッヒデザイン美術館で
メゾンの真髄を体感できる展示
創業地スイスのチューリッヒデザイン美術館では、「アクリス」誕生100周年を記念した特別展示が開催中だ。会期は9月24日まで。
会場には12のテーマに合わせて100点以上のアーカイブルックが並ぶ。各テーマを仕切る壁は、メゾンコードの1つであるトラぺゾイド(台形) 型だ。ルーツであるエプロンのほか、フォトプリントやダブルフェースなどのメゾンコードを、ザンクト・ガレンのクラフトマンシップとともに紹介する。
数々の著名アーティストらとのコラボレーションも、アートや建築に造詣の深いアルベルト・クリームラー=クリエイティブ・ディレクターの仕事を象徴するものだ。トーマス・ルフ、フィンレイ、アレキサンダー・ジラード、藤本壮介らといったさまざまなコラボレーション作品の展示も楽しむことができる。
アクリスジャパン
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