2024年春夏コレクションサーキットが、各都市のメンズ・ファッション・ウイークから本格的に開幕しました。「WWDJAPAN」は今回も現地で連日ほぼ丸一日取材をするノンストップのコレクションリポートを敢行。担当は、メンズ担当の大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの大阪出身コンビ。時には厳しい愛のツッコミを入れながら、現場のリアルな空気感をお届けします。
10:00 「サントーニ」
「サントーニ(SANTONI)」は今季、イタリア半島中部に位置するマルケ州の自然風景をシューズやバッグに投影しました。お馴染みのダブルバックルローファーとハイトップスニーカー、ショッパーバッグにアドリア海を眺める自然風景をインレイプリントの装飾で描き出します。スウェードのローファーとハンドバッグには深い夕暮れや断崖の色へと染め上げ、色彩豊かに展開します。スタイリングには上級テクニックを要しそうですが、コレクターにはたまらないコレクションになったはずです。
10:00 「サイモン クラッカー」
朝は二手に分かれて、ショーと展示会の同時取材です。「サイモン クラッカー」は、DIYなリメイク中心の構成で、時折“カワイイ”系原宿カルチャーも投入。シャツなのかドレスなのか、Tシャツなのかニットウエアなのかさえあいまいになるほど、盛りに盛ったリメイクです。若手らしく、好きなものを好きなように着るという自由な精神で、性差も体形も関係なく、みんなでファッションを楽しんじゃおうよ!という若者らしいフレッシュなメッセージが伝わってきました。ショーのBGMにタトゥー(t.A.T.u.)が流れたときは、「一周回って若い人が聴くと新鮮なのだな」とほほえましい気持ちになりました。
でも、全て間違いでした。何とこの「サイモン クラッカー」は10年以上のキャリアがある、立派な中堅アラフォーデザイナーだったのです。全然若者じゃなかったし、タトゥーは一周回るどころかリアル世代。それでこのクオリティーはなかなかしんどい。ランウエイに登場したのは明らかに量産できる服ではないので、ビジネスでは量産可能な着やすい服を提案しているのかもしれませんが、荒っぽさだけが印象に残ってしまったショーでした。
11:00 「マリアーノ」
2023年度「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」でカール・ラガーフェルド審査員特別賞を受賞し、ますます注目度高まる「マリアーノ(MAGLIANO)」。しかしショーにはお祝いムードはなく、会場は防水シートで覆われたフェンスが並ぶ中に、異なる種類の椅子を並べた建設現場のような雰囲気です。高台のキャットウォークを歩くのは、ゆったりとしたジャケットやオーバーオール、コーヒーのシミと焼け跡がついたデニムで”だらしなく”着飾った男女。
デザイナーのルカ・マリアーノ(Luca Magliano)はコレクションを、「みじめなオートクチュール」と表現します。今季もドレープとレイヤードで奥行きあるルックへと作り上げながら、「マリアーノ」のベストセラーを端的に見ているような、すっきりとまとまった印象を受けました。未完成で荒削りなウエア、建設現場の会場セットで示したのは、マリアーノが言う「物事が行われる場所」というブランドのコンセプトです。洋服自体は途中経過であって、スタイルは着用者が完成させるもの。そんな思いが伝わってきました。
12:00 「エトロ」
「エトロ(ETRO)」はクリエイティブ・ディレクター、マルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco De Vincenzo)によるセカンドシーズンのメンズコレクションを披露しました。暗闇の会場の真ん中に朝日が昇っており、会場はポエティックなムード。今季のテーマは、“エトロ アレゴリーズ(Etro Allegories)”で、マルコが故郷シチリア島に帰省した時に読んだ図像学者チェザーレ・リパ(Cesare Ripa)の著書「イコノロジー(Iconology)」から着想を得たといいます。アレゴリーズとは寓意を意味し、イコノロジーとは絵画の中の象徴的な表現からその作品の意味を分析・探究する学問のこと。数シーズン前に「ロエベ(LOEWE)」のバックステージでジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が同類の美術用語「イコノグラフィー」と口にし、今季の「グッチ(GUCCI)」のコレクションノートにもこの言葉が記述されていました。アイコンを変容・進化させるというのは「プラダ(PRADA)」や「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」でも見られた手法。今季の注目キーワードかもしれません。
マルコが「イコノロジー」から引用したのが、シルクのフットボールシャツに描いた、神話に登場するアウグリオ・ブオーノ(Augurio Buono)やベレッツァ(Bellezza)などのシンボルです。ファンタジックな世界観をリアルなウエアへと落とし込むのが、夢想的なマルコのクリエイションであることが、セカンドシーズンにしてクリアになってきました。ケープからパーカに至るまで、多岐にわたるタペストリーを織り込み、コーティングを施したレザーのコートはPVCのようなツヤがあります。モヘアやシャギーのニット、極小のスタッズをシャツに敷き詰めたりと、「エトロ」の歴史と伝統を豊かな質感が物語ります。イージーフィットのジャケットを筆頭に、ざっくりと着るリラックス感が特徴的で、体を包み込むシルエットが甘く柔和な「エトロ」の男性像を描き出していました。
ショーには、ウィメンズで発表した新作バッグ”ヴェラ”も登場しました。男性向けはサイズがやや大きく、シルバー金具とファブリックのショルダーベルトでマスキュランなイメージです。ウィメンズの大きいサイズは50万円台という「エトロ」にとってはかなりチャレンジングな価格帯でも、ヨーロッパで売れ行き好調とのこと。また、アイウエアブランドを運営するサフィログループ(Safilo Group)とのパートナーシップを提携したばかりで、ショーではサングラスを初披露しました。マルコの起用により、「エトロ」は着実に変革を続けています。一貫した世界観は確立されてきたため、レザーグッズの需要が今後の鍵を握りそうです。
14:00 「プラダ」
いよいよ、ミラノ・メンズのメインイベント「プラダ(PRADA)」です。そして、パパラッチタイムでもあります。今シーズンも各国からセレブリティーを招待し、会場外には入り待ち出待ちをするファンが集合しています。「誰が来たかよりも、何が起こったかが大事なんだ」――そう決意して今シーズンのファッション・ウイークに臨んだものの、人だかりを見つけると気づけばその中に紛れて、セレブに向けたスマホを全力でタップしまくる自分がいます。ただ今シーズンはガードが非常に固く、立ち止まって撮影しようものならセキュリティのスタッフにすぐ怒られます。「こっちだって別に好きで撮ってるわけじゃないんだよ」とひるまずに粘っていたら、当然もっと怒られました。ごめんなさい。結果、アンバサダーの坂口健太郎さんとNCT127のジェヒョンさん、中国人俳優のリー・シエンさんを撮影できました。ありがとうございました。
さて、ここからが本題です。会場は、前回と同じくインダストリアルなセットが組まれています。ショーがスタートしてしばらくすると、天井からドロっと液状のものがたれてきて歓声が上がります。この液状のものはスライムで、ショーが終わるまでずっと流れ続けていました。この日のために3トンものスライムを用意したというのも驚きです。クリエイティブ・ディレクターのミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)がそこまでして伝えかったのは、「固定観念にとらわれるな」というメッセージでした。
流れ続けるスライムは、ランウエイとゲストの間を挟む壁をイメージしているそうです。壁とは、本来動かずドシンと構えているもの。それを流動的なスライムにすることで、人々の固定観念に疑問を投げかけます。コレクションテーマである“フリュイド フォーム”も、服に対する固定観念を分解し、新しい視点で組み立て直すという意図を込めています。起点となるのは、メンズ服の基本であるシャツ。テーラードジャケットにシャツのフォームを盛り込みながら、ウエストをシェイプして張り出したビッグショルダーを強調させます。ジャケットをシャツ素材にしてタックインするスタイルは、「ターク(TAAKK)」が2021年春夏シーズンから得意としていますね。さらに一見するとステンカラーに見えるコートも、襟やボタンはシャツのそれ。プラダの代名詞であるポプリン素材で軽快に仕上げたアイテムも多く、軽さを演出します。
本来は動かないプリントをフリンジにあしらうことで流動性をもたせたり、フィッシングベストのポケットは機能ではなくあくまで装飾として付けたりと、随所に違和感を差し込んで人々の感覚を挑発するスタイルに引き込まれました。スクエアトーのパテントシューズやスリッポン、ビッグサイズのトートバッグやアイウエアなどは控えめなデザインながらも、違和感あるスタイルにバランスを与えていました。決して簡単なスタイルではないものの、世間に対してメッセージを投げかけ、受け取り手がそれぞれに解釈するのもファッションの楽しみの一つ。いい悪いだけを論じるのが正解ではありません。その点、考えたり謎解きしたくなったりする「プラダ」のコレクションは、やっぱり面白い。
16:00 「アンダースン ベル」
永遠の若手枠「サイモン クラッカー」とは異なり、韓国発の「アンダースン ベル(ANDERSSON BELL)」は10周年らしい安定感のあるプロダクションでミラノ・メンズデビューを飾りました。アメリカやイタリアでは売れているという情報を聞いていたので楽しみにしていたのですが、客入りが少し寂しいのが残念でした。ミラノ・メンズは、相変わらず初参加の外国人デザイナーにとっては鬼門なのでしょうか。デザイナーはキム・ドフン(Kim Dohun)で、韓国のストリートスタイルをベースに、北欧のムードを取り入れた色使いや素材使いが特徴です。
クリエイション全体で見ると悪くはないものの、今シーズンはミラノ・メンズデビューということで相当な力みを感じました。既視感のあるハイブリッドや、アブストラクトな構造、リメイクなど、強めのピースで終始畳み掛けます。クオリティーは高いのに、韓国と北欧の融合感があまり感じられず、見せることを意識しすぎた印象でした。ショーなので気持ちは分かるのですが、自分らしさをどうアピールするかをもう少し整理した方がよさそうです。
17:00 「MCM」
「MCM」が新体制となり、クリエイティブ部門も大幅に刷新するとのことで、展示会に行ってきました。コレクションは“メード・フォー・モーメント”を掲げ、過去のヘリテージの要素を抽出しながら、バッグやシューズ、ウエアはデジタルノマドに向けた新しいデザインに仕上げているのだとか。確かにこれまでの印象とはかなり異なり、コンテンポラリーな雰囲気がやや増した気がします。ロゴの使い方も潔く、個人的には好きでした。
18:00 「トッズ」
イタリアの庭園を意味する“ジャルディーノ イタリアーノ”がテーマの「トッズ(TOD'S)」のプレゼンテーション会場は、緑生い茂る庭園のセット。会場には、俳優の町田啓太さんも来場していました。シンプルなスタイリングが町田さんの個性をより際立たせてかっこいい。
場内にあるソファーやバーカウンターには、軽量なレザーのボンバージャケットやショート丈のキャバジンジャケットを羽織った、イタリアンクラシックを体現するモデルたちが集います。スタイリングのポイントとなるベルトは、ファブリック素材とバックルの付いたレザーメッシュの2スタイルが豊富なカラーバリエーションでラインアップ。サンダルは、ソールが前後に分かれており、曲がりやすく履き心地の良い仕様です。上質素材の組み合わせに新鮮さを感じつつも、全体としては主流のイタリアンクラシック。安定感を保ちながら、少しの遊びを利かせた「トッズ」メンズも見てみたいという個人的な願いが届くことを期待します。
18:00 「チャールズ ジェフリー ラバーボーイ」
破天荒な「チャールズ ジェフリー ラバーボーイ(CHARLES JEFFREY LOVERBOY)」 が、なんだか大人になっているじゃないか。“THESE NEW CAROLEANS”と題したショーは、得意のエンタメ爆発な演出はほとんどなく、シンプルなファッションショーに徹しました。コレクションは、英国ロイヤルのユニホーム的なスタイルに、現在のパンクのエッセンスを注入していきます。ブルーのスパンコールを敷き詰めたキルトスカートや、モンスターのグラフィックなどは派手でインパクトはあるものの、いつも以上に小慣れた印象です。悪くはないのですが、同ブランドにはもっと飛んだり跳ねたりする突拍子もないクリエイションを求めている自分もいるため、ややまとまりすぎたかなと感じたのも正直なところ。ブランドとして成長していくタームにあるのかもしれません。
19:00 「ジェイ ダブリュー アンダーソン」
「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)」の招待状は、英国テーブルウエアブランド「コーニッシュウェア(CORNISHWARE)」とのコラボレーションによる、青と白のボーダー柄のテーブルウエア。「コーニッシュウェア」の創設100周年を祝して、マグカップとミルクピッチャー、ティーポット、ボールの4種類を制作したそうです。私のもとにはマグカップが届きました。ジョナサンとおそろいなのがなんだかうれしい。
コレクションは昨シーズンに引き続き今季もデザイナー、ジョナサン・アンダーソンなりの“レス・イズ・モア”です。といっても一筋縄なはずがなく、かなりの変化球。Yシャツやショーツに余分な布を足して直線的なラインを付け、フーディーは胸元を三角形にカットし、ニットセーターには裾まで届きそうな深いVネックを入れて、体と洋服の間で抽象画のようなグラフィックを描きました。厚手のジャージーで形状を崩さないラガーシャツや、左の身頃が前面を覆うレザーコートも、体を包んで動くことがありません。少しの違和感で、平凡なものを変容させていきます。
ジョナサンはショー後のバックステージで、「子供の無作為な遊びに似ているかもしれない。コレクションを順序立てて作るのではなく、自然発生的に生まれたものを組み合わせていくこともある」と語りました。自然発生的なものこそ、無意識に周囲から影響を受けて生まれてくるもの。この”無意識”が今季のコンセプトのようです。コレクションの半数以上に及んだニットウエアは、自宅のカーペットやソファのファブリックが着想源。ボーダー柄は実家で愛用していた「コーニッシュウェア」のアイテムからで、猫の足を象ったシューズは猫足テーブルを模して作りました。ラガーシャツについての言及はありませんでしたが、元ラグビー選手だった父親を持つ彼が幼少期に着用していたのだと想像できます。「家具が洋服に変わるというアイデアは、家庭の一部が心理の一部になっていく、同調性のようなもの。周囲のものが、無意識に自分自身の一部になっていくような。だから今季は、とにかく考えすぎないようにしたんだ」と説明しました。無駄を削ぎ落として本質を追求した昨シーズンからの続編として、ありのままの心理状態を探究することがクリエーションの根幹になったようです。
いつもはシンプルな無地のTシャツを着用しているジョナサンが、この日はアイルランド代表のラグビーチームのユニホームを着用してフィナーレに登場しました。「暗喩的に意味が込められているに違いない」と頭を悩ませましたが、正解はあっさり。「父がくれたから、父の日の今日着るべきかなと思って」とジョナサン。そんな回答でさえ、「物事は思っている以上にシンプル」というメッセージがある気がしました。考えすぎですかね。
20:30 「44レーベル グループ」
「ジェイ ダブリュー アンダーソン」で思考を巡らせたあとは、“考えるな、感じろ”系の「44レーベル グループ」がラストを飾ります。まるで全球ストレート勝負の藤川球児投手のような、爽快感にも似たクローザーです。会場は立体駐車場で、螺旋状のスロープをランウエイにしてモデルたちが順番にぐるぐる下って行きます。正直、席がかなり上方だったので上るまで結構辛く、かつオールスタンディングで40分以上待ったので疲労感はすごかったのですが、“考えるな、感じろ”といわんばかりのテクノ系爆音BGMでぐいぐい押してきます。コレクションも、クラブカルチャーを背景にしたストリートウエアで、レイブやサイバー要素を盛り込みながら、いかついプリントの連打で駆け抜けていきます。新しさという点では物足りないですが、こういうブランドも嫌いではありません。ショーが終了後はシャトルバスもなく、郊外で現地解散というハードな状況となり、ついさっきまで“考えるな、感じろ”とばかりに踊っていたゲストたちは帰り方を考えるはめになりました。