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「機械学習パラダイス」の日本におけるAI生成物と著作権【ファッションロー特集】

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「WWDJAPAN」2023年6月19日号では、3年半ぶりにファッションロー特集を掲載した。“ファッションロー”とは、「ファッション産業やファッション業界に関わるさまざまな法律問題を取り扱う法分野」(経済産業省「ファッションローガイドブック2023」)のことだ。特集ではここ数年にわたるファションロー関連のニュースの“トレンド”を振り返りつつ、法改正から最近話題の生成AIまで、実務面から今知っておくべき5つのトピックを紹介している。

3つ目のトピックには「AI生成物の権利」を選んだ。22年ごろから注目されはじめた「チャットGPT」や「ミッドジャーニー」などの生成AIは、この数カ月で爆発的な進化を遂げ話題を独占している。日本の現行法では、機械学習のために他人の著作物を利用することが適法とされ、日本は「機械学習パラダイス」だと評する学者もいる。この現状が、クリエイターなどの反発を招いている。また、人間の感情や思想を創作的に表現したものを保護する著作権の性質上、機械であるAIが作ったものは著作権で保護されないという現在の通説も議論の余地があるだろう。本稿では著作権法に精通する池村聡弁護士に、生成AIにまつわる法的問題を解説してもらった。(この記事は「WWDJAPAN」2023年6月19日号からの抜粋に加筆しています)

池村聡(いけむら・さとし)/三浦法律事務所 弁護士

2001年弁護士登録、第二東京弁護士会所属。01~18年森・濱田松本法律事務所、09~12年文化庁長官官房著作権課。19年から現職。文化審議会著作権分科会 法制度小委員会 委員(20年~)、著作権法学会 監事(21年~)、22~23年経済産業省 ファッション未来研究会 ファッションローWG委員 【最近気になるファッションロートピック】黄色のウェルトステッチが判断のポイントになった、「ドクターマーチン」の定番ブーツの類似品を巡る訴訟の判決

WWD:AI生成物の権利は、フェーズごとに分けて考える必要がある。まずは学習フェーズだが、AIに他人のイラストや写真を学習させることは法的に問題があるか。

池村聡弁護士(以下、池村):前提として、イラストや写真など、人間の感情や思想を創作的に表現したものを「著作物」と呼びます。著作物は著作権で保護され、他人が許可なくコピーしたりすることは原則違法です。AIに学習させる場合も「データをコピーする」という行為が伴いますが、著作権法には「情報解析のためなら著作物をコピーしても良い」という例外規定が設けられています。この例外規定によってAI学習のために他人のデータを使用する場合は著作権侵害にはならないと考えられます。日本の著作権法は諸外国のそれと比べて、AI学習に対してかなり優しいと言われていて、「機械学習パラダイス」と評している著名な学者もいるほどです。

WWD:情報解析のためなら、使用に制限はない?

池村:「権利者の利益を不当に害する場合」はNGとされています。例えば、AI学習用のデータセットを販売するビジネスなどが存在する場合、それを販売することで利益を得ている人がいるので、そうしたデータセットを許可なく使用することは著作権侵害となります。ネットで検索して表示されるものや、本、新聞などの情報は、情報解析のためなら使用してよいと考えるのが現在の通説ですが、権利者としては当然自分の権利を守りたいですよね。権利者が戦う場合は「権利者の利益を不当に害する」という理屈で戦うしかないこともあり、クリエイターの作品をAI学習に使用することが「権利者の利益を不当に害する」といえるかという点で議論が起きています。

WWD:次は生成フェーズの話をしたい。AIで生成した画像に著作権は認められる?

池村:著作権は認められないと考えるのが一般的です。というのも、著作権法上、著作物は人間の思想や感情を創作的に表現したものと定義しているので、機械が自動的に作ったものは人の思想や感情が伴っていないということになり、著作物とは認められないからです。ちなみに動物が描いた絵も同様に著作物として認められないというのが通説です。

WWD:世の中に“AIアーティスト”が増える中、生成した画像に著作権が認められないとなると彼らの創作活動が守られないのでは。

池村:AIが生成した画像をそのまま使う場合は著作権で保護されませんが、例えば生成した画像をアーティストが加工したりすれば、加工の程度によっては著作物と認められます。

WWD:プロンプト(指示文)を工夫した場合でも、アウトプットを加工しなければ著作物として認められない?

池村:プロンプト自体は文章なので、著作物になる可能性はありそうですが、アーティストとしては保護してもらいたいのはアウトプットであって、プロンプト自体が保護されてもあまり意味がないですよね。プロンプトの内容が絵の要素としてはっきりと表れている場合は、「AIを道具にして自分が創造したものを形にした。だから自分の著作物だ。」というロジックが成り立つ余地はありそうです。他方、アウトプットをプロンプトで制御しきれず、出てくるまでどういった仕上がりになるか全然分からないという場合は、著作物と認められない可能性もあり得ます。要は、プロンプトがどれだけ具体的に絵の表現とリンクしているかが著作物として認められるか否かという点で重要なのだと考えられます。

WWD:クリエイターが自分の作品を保護するために他に有効な手段はあるか。

池村:今号の表紙は、アーティスト本人の顔写真を学習させて作ったそうですね。その場合は、肖像権で保護できる可能性があります。アウトプットだけを見て、それがAIによってのみ作られたものか、AI生成物を人が加工したものなのか、人が写真として撮影したものなのか、精巧になればなるほど客観的に区別がつかなくなるのがAI生成物の問題を考えるにあたって最も難しい点です。外形上、人が作ったのか機械が作ったのかが区別できない以上は、作った人がどうやって加工したのか、どうプロンプトを工夫したのかなど、具体的な創作過程を記録しておくことで、著作権を主張できる可能性はあると考えられます。

WWD:AI生成した画像の利用に関する注意点は。

池村:法的には著作物ではないという整理も可能なものは無断で利用しても著作権侵害にはなりません。ただし、生成AIによっては利用規約で商用利用禁止と規定されているケースもあるので、商用利用する場合は著作権侵害にはならなくても契約違反になる可能性があります。そのためにも、利用規約をしっかり確認することが重要です。また、既存のキャラクターや人物にそっくりなものが生成された場合は、別の問題点があります。

WWD:どのような問題があるか。

池村:著作権侵害は、「たまたま似てしまった場合」は成立しないことになっています。利用者はAIが何を学習したかは分からないので、たまたま似てしまった画像が生成されても侵害には成立しないといえそうです。(ただし、似ていると認識しつつ利用した場合は侵害が成立すると考えられます。)他方、意図的に似たキャラクターを作成・利用した場合は、著作権侵害に当たると考えるべきですし、有名人の顔に酷似した画像を生成・利用した場合はパブリシティ権の侵害になり得ます。

WWD:権利侵害が成立する場合、責任の所在はAIに学習させた人ではなく、AIを使って画像を生成した人にある?

池村:例えば生成した画像をSNSに載せてしまうと問題になります。画像を販売するのではなく公開しただけで、公衆送信権(人の著作物を無断で配信してはいけない権利)の侵害になり、公開した人の責任になりますので、注意が必要です。

WWD:インスタグラムでは、実在するブランドの架空のコラボアイテムや、ラグジュアリーブランドのロゴ入りの架空の家具などの画像を生成して投稿しているクリエイターがいるが、法的には問題ないのか。

池村:ブランド側からしたら、当然許しがたいものだと思います。ですが、使用しているのがロゴの場合、ロゴは著作物ではないことが多いので、例えばブランドロゴをあしらった家具の画像を生成しても、それだけでは直ちに著作権侵害とは言えないケースが多いです。

WWD:こういう商品が実際あるのかと消費者が誤解する可能性もあると思うが。

池村:ブランドロゴをあしらったアイテムを含む画像を生成して、それを正規品とうたったり、その画像を販売したり、そのブランドがSNSのアカウントを運営しているように見せかけている場合は、商標権侵害や不競法違反に該当する可能性があります。AI生成画像は、非常に精巧で実際に販売されそうなアイテムを生み出すので問題がありそうに感じてしまいますが、例えば家具に自分が手書きでロゴを描き、その写真を撮ってSNSにアップしているのとやっていることは同じと考えられます。商売したりすると話は別ですが、SNSにアップするだけであれば通常は法的には問題ないわけです。

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