ファッション

「ウェールズ ボナー」の軽さと重さ 受け継がれる文化と知のバトン

ウェールズ ボナー(WALES BONNER)」は、2024年春夏コレクションをパリで現地時間6月21日に発表した。初のパリ・メンズに挑んだ2023-24年秋冬に続き、2回目のショー形式での披露となる。アフロ・アトランティック文化とヨーロピアンヘリテージの融合を試みるロンドン発の同ブランドが見せたのは、“軽さ”が特徴のコレクションだった。

会場に選んだのは、18世紀に作られたパリ造幣局博物館の中庭だ。まさに“王道パリ”といえる荘厳な景観の中には、ゲストのために用意された青いブラスチックの椅子がずらりと並ぶ。ガーナのアマニ(Amani)社製の安価な椅子の“軽さ”と、歴史を感じさせる堅牢な石畳の“重さ”が、奇妙な違和感とコントラストを生み出している。

客入れ時には、ニジェールのミュージシャンHAMAとケニアのDJ BOBOSSが、ナイジェリアのヒップホップからデトロイト・テクノまでジャンルを縦横無尽に跨いだ音楽で観客を迎え入れる。すべてのゲストが着席すると、オランダ人モデルのイマン・ハマム(Imaan Hammam)が登場し、ショーは幕を開けた。ハマムがまとったファーストルックは、タンクトップの上にコート、膝下丈のコットンポプリンのスカートと白を基調にしながら、民族楽器のカラバシュに着想を得たマクラメニットのベストで彩り、近年の「ウェールズ ボナー」の特徴である“軽さ”が十分に表現されている。続く2ルック目で気持ちよく差し込まれるシルバー色は、最近発売したばかりの「アディダス(ADIDAS)」とのコラボレーションから継続している試みだ。3ルック目のウィメンズルックが登場した後は、同じロングシャツをまとったメンズモデルが続き、シームレスなジェンダー観をにじませる。

モデルにはアスリートも登場

今回のコレクションのテーマは“マラソン”。エチオピアの長距離ランナーであるハイレ・ゲブレセラシェ(Haile Gebrselassie)やゲンゼベ・ディババ(Genzebe Dibaba)、ケニアのエリウド・キプチョゲ(Eliud Kipchoge)らの功績を讃えながら、マラソンを“長い旅と人生の使命”と捉えて頌歌(しょうか)するものだ。タイトルからの直接的な引用として、世界記録を更新したエチオピアの長距離走者ヨミフ・ケジェルチャ(Yomif Kejelcha)とタミラト・トラ(Tamirat Tola)をという「アディダス」との契約選手2人をモデルに起用し、ランニング競技で使用するマイクロショーツを多くのルックで用いた。

2020-21年秋冬シーズンに始まった「アディダス」とのコラボレーションは継続し、スポーツをテーマとした今シーズンのコレクションではさらに重要な役割を果たしている。「ウェールズ ボナー」は、「アディダス」がサプライヤーを務める2023年のジャマイカ代表のサッカーユニホームを手掛けている。両者は単なるコラボレーションを超え、ロングランを共にする、なくてはならない存在になった。

コレクションには、デザイナーのグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)が生まれ育ったイギリスの文化も多く参照しており、バイアスのブリティッシュチェックをライナーにあしらったマックコートなどが登場。英国カントリーチェックのケープには、「アディダス」コラボのレギンスと、2008年のベルリンマラソンでゲブレシラシエ選手が着用した「アディダス」“Neftegna”のレプリカを合わせ、スタイリングでも文化のミクスチャーを表現する。代名詞でもある端正なテーラードは、今回もサヴィルロウの名門「アンダーソン&シェパード(ANDERSON & SHEPPARD)」とのパートナーシップによるもの。Vゾーンが極端に浅いロング丈のイヴニングジャケットは、スポーティーなショートパンツやサンダルでインフォーマルに落とし込んだ。

決して雄弁なブランドではないからこそ、時折ポツリと差し込む言葉はとても重要な意味を持つ。今回、赤いトップスで唯一登場した「レジリエンス(Resilience)」というワードは、長い人生における揺るぎない精神を示すのだろう。そのほか、独自にキャンペーンを発表するほど力を注ぐアクセサリーや、アニマルモチーフをラフィアの織りで表現したベストなど、アフリカのクラフトマンシップへの敬意も忘れることはない。フィナーレには、エチオピアの伝統楽器マセンコ奏者であるハディンコ(HaddinQo)が登場し、生演奏の中を花を抱えたモデルが闊歩した。

“軽さ”の奥行き

透けるほど薄い素材や、デザインを削ぎ落とすことから生まれる“軽さ”は、この2024年春夏シーズンのトレンドの一つだが、「ウェールズ ボナー」の見せる軽さは、決して一筋縄ではいかないものだ。その軽さの奥には、アフロ・アトランティック文化を深く研究し、シーズンをまたいでリファレンスを積み重ねているからこそ生まれる重みがある。ポップという表現はそぐわないかもしれないが、「ウェールズ ボナー」には、その重みを軽やかに表現することで広く受け入れやすくする、インテリジェンスと器量が備わっているのだ。

マラソンを人生に重ねたコレクションを見て、ファッションにおける長距離走とはどのようなものかと考える。ブランドを長く続けるには、時代の流れに沿った短期的なインパクトと、時の試練に耐えうる普遍性の、どちらも必要なのだろう。来年には創立から10周年を迎え、ブランドとして、短距離から中距離の域に足を踏み込む「ウェールズ ボナー」。現在は17カ国で取り扱い、114店舗で販売しており、アーティストからミュージシャン、F1 レーサーに至るまで関わりは広く、深く、一歩一歩踏みしめながらもさらなる10年を見据えてもいるだろう。そして、そのマラソンは決して一人では完走できないーー仲間とコラボレーションし、成長しながら進む様は、個人競技というよりはリレーなのかもしれない。人から人へ、世代から世代へ、文化と知のバトンが渡されながら、「ウェールズ ボナー」のマラソンはまだまだ続く。

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