2024年春夏コレクションサーキットが、各都市のメンズ・ファッション・ウイークから本格的に開幕しました。「WWDJAPAN」は今回も現地で連日ほぼ丸一日取材をするノンストップのコレクションリポートを敢行。担当は、メンズ担当の大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの大阪出身コンビ。時には厳しい愛のツッコミを入れながら、現場のリアルな空気感をお届けします。
9:00 「ベルルッティ」
昨夜の「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」メンズの興奮も冷めやらぬまま、ホテルでは原稿に追われ、翌朝9時には「ベルルッティ(BERLUTI)」の展示会会場にいました。まさに24時。早起きは辛いものの、朝一の取材は時間に余裕をもって進められるので好きです。そして「ベルルッティ」の展示会は、じっくり知れば知るほど面白いコレクションでした。
24年春夏シーズンは、“ザ・ヴィブラント・ラグジュアリー”と“ザ・アイコニック・サマー”という2つのテーマを軸に構成します。前者は、同ブランドらしい高級素材を組み合わせて、カジュアルなアイテムを提案します。例えばスエードとコットンを融合したミリタリージャケットや、スエードとテクニカルウールを使ったワークジャケットなど、遊び心ある素材使いが特徴です。袖を通してみると、とにかく驚くほど軽い。中には、はっ水性のある素材のカーコートにレザーを組み合わせて、雨に濡れていいのかダメなのか分からないピースもあるのですが、こういう真顔で冗談を言う大人の余裕が“おしゃれ”を生み出すのです。
“ザ・アイコニック・サマー”のアイテムも、軽やかな素材使いが印象的でした。リップストップを用いたネイビーのブルゾンとパンツで、軽快なスーチングを提案すると、徐々に市場に浸透しつつあるスニーカー“シャドウ”はニットサンダルへと姿を変えます。前シーズンに初登場したシリーズ“トワル・マルブフ”からは、バックパックとショルダーバッグが加わり、新たなアイコンとして着々とラインアップを拡充しています。ほかにも、ホリデーコレクションとして、高級レザーで手回しこまやパズル、シューズのヒール部分のようなフォトスタンドを作ってしまうなど、真顔で冗談を言う系のアイテムが面白くて癒された展示でした。
10:00 「ボッター」
さあ、「ボッター(BOTTER)」からいよいよショーの取材がスタートです。会場に到着すると、シートには何やら大きめのボックスが置いてあります。何だか立派なギフトなのかと箱を開けると、人間の顔と動物の体を組み合わせた“キモかわいい”風のかわいくないキーホルダーが入っているではないですか。箱大きすぎるよ。
コレクションは、前衛的すぎる印象だった同ブランドが、ややウエラブルに変化しました。ファーストルックは、プラスチックのチューブを編んだようなタンクトップ。バッグやセットアップでも登場したこの不思議な編み物は、フランスの子どもが編んで遊ぶスクビドゥ(Scoubidou)というもので、サステナブルを提唱する「ボッター」らしく、再利用素材を使用しています。ジャケットやトップスには動物のようなポリエステルの毛を縫い付け、モデルは動物と人間を融合させたような奇妙な様相でした。アクセサリーには、人間の顔と動物の体を合体させた“キモかわいい”風のかわいくない人形を飾っています。これらコンセプチュアルな要素も入れつつ、トップスになじませた三角ビキニや救命胴衣のように膨らんだベスト、水滴っぽい装飾のジャケットは、カリブ海をルーツに持ち、海洋問題に関する問題提起を行ってきた「ボッター」らしいクリエイション。過去数シーズンは難しく考えすぎていたのか、「ニナリッチ(NINA RICCI)」のクリエイティブ・ディレクターを退任して肩の荷が下りたのか、服づくりにおいてより自由な感覚を取り戻したように感じられました。
11:30 「ルメール」
ここで、展示会取材と二手に分かれて「ルメール(LEMAIRE)」のショー会場であるパリ第6大学へ向かいます。地面は雨が降った後のように濡れ、虫の声が響く会場演出で早くもコレクションの世界観にゲストを引き込みます。今シーズンは、ベトナムへの旅からインスピレーションを得たコレクションを披露しました。ニュアンスカラーやインクブルーなどの色使い、適度なボリュームと落ち感、流動的なドレープが生じるシェイプは「ルメール」らしいムードなのですが、その控えめで品のある雰囲気に機能性が加わっています。
スポーティーなマウンテンパーカやナイロンコートは、しっとりとした素材感とカラーリングで、「ルメール」らしく仕上げています。コーティングしたコットンの湿った質感はまるで雨に打たれたかのようであり、それでいて軽やかなデザインに仕上げるバランス感が見事。レイヤードも秀逸で、肩がけしたり、袖を三つ折りしたりと、繊細なニュアンスの作り方がコレクションをさらに魅力的に見せていました。前シーズン同様に、モデルがランウエイをランダムに行き来し、徐々に人数が増えて一帯が「ルメール」色に染まっていく演出は、世界観重視の同ブランドにはぴったり。気温はじんわりと暑いはずなのに、涼しけな空気感が流れる素敵なショーでした。
11:30 「ザ・ロウ」
「ザ・ロウ(THE ROW)」の展示会場へと足を運びました。男女のモデルを起用した今季のルック数は80と、かなりの数。男女はスタイリングを変えて同じサイズのアイテムを共有し、体型によって洋服の表情が異なることと、スタイリングの楽しさを伝えてきます。ここでは、“ジェンダーレス”という言葉はしっくりきません。「気に入ったシルエットがたまたまウィメンズウエアだった」。そんな男性の声が聞こえてきそうな、こなれ感があります。また、ロング&リーンなシルエットが多数だった「ザ・ロウ」ですが、今季はクロップド丈のボトムスや膝丈のドレスとスカートが登場。手持ちの洋服と新しい丈感のアイテムを合わせることで生まれる新しいスタイル、そしてメンズ・ウィメンズにとらわれずに好きなシルエットを選ぶことを、さり気なく提案します。新しいスタイリングにトライして、自分らしいと感じられる時って、新しい自分に出会ったような気がするんです。「ザ・ロウ」の、スタイリングのヒントを与えながら着る人に委ねる洋服は、未知なる自分の魅力を引き出してくれると言っても大げさではありません。ファッションが自己表現であるなら、その表現方法にバリエーションをつけて、自己を拡張することを促してくれるようなクリエイション。写真を乗せられないのが残念ですが、上質な生地に触れに触れに触れまくって、展示会場で幸せなひとときを過ごしました。
13:30 「オーラリー」
「オーラリー(AURALEE)」は、ミニショー形式のプレゼンテーションを行いました。1950年代モダニズム的なライトと建築が美しいギャラリーの前の通りをランウエイに、高品質なオリジナルファブリックで作る繊細なコレクションを披露しました。ドライコットンにオーガンジーを重ね、夏でも涼しげなウールモヘアのニットウエア、洗濯機から出してそのまま着たようなシワ加工を施したナイロンタフタで、完璧さから引き算した品性の漂うカジュアルな日常着がそろいます。エクリュやホワイト、ペールグリーンの柔らかさに赤やターコイズでアクセントをきかせた色彩も「オーラリー」らしい絶妙な塩梅。着用者の個性を立たせる余白のある洋服には、今季も詩的な音色が織り込まれているようでした。
14:30 「エゴンラボ」
パリ・メンズにさまざまなニューフェイスが現れる中、特に注目株なのが「エゴンラボ(EGONLAB.)」です。会場にはエディ・スリマン(Hedi Slimane)さながらのライティングセットを組み、今シーズンは王道のクリエイションに挑むショーを見せてくれました。同ブランドの特徴といえば、パンツのきれいなラインです。スラックスと共地のスカートを組み合わせたスーツはシグネチャーで、今シーズンはほかにも脱毛必須のローライズパンツや、マイクロミニ丈のショーツも登場。トップスでは、テーラードジャケットの胸元をスクエアにカッティングしたり、オフショルダーのトップスだったりと、肌を大胆に見せる提案がいつも以上に多かった印象です。ドレスの要素を強めた分、かなりクセを削ぎ落としたクリエイションが個人的には好印象。誰にでも好かれる服ではないけれど、好きな人はとことん好きになりそうなポテンシャルを改めて感じました。
16:00 「ウォルター ヴァン ベイレンドンク」
もう、ショーに伺うのを遠慮しようかと何度思ったことか。だって、もれなく開始時間を大幅に遅れるんですもの。そんなことを考えながら、前シーズンも、前々シーズンも遅刻のおかげで予定を狂わされた「ウォルター ヴァン ベイレンドンク(WALTER VAN BEIRENDONCK)」のショー会場の前に立つ自分がいました。16時開始予定ということは、ショー開始は早くて16時40分かなと覚悟して場内に入ると、すでにシートがそれなりに埋まってるではないですか。一瞬「おお!」と期待感は膨らんだものの、油断しまいとすぐに気を引き締め直します。気を引き締めたところで何もならないのですが、遅れる前提で組んだ予定を改めて整理します。すると、間もなくしてショーが始まりました。時間は16時39分。早い、1分早いではないか。
今シーズンは“DAWLEETOO”という記号を掲げ、情報に溢れる情報社会での現実と非現実の境界線があいまいになる様を服で表現しました。レッドとホワイト、ブラックとイエローという強いカラーの組み合わせを連打し、肌が透けるほどの薄い素材で作ったオールインワンやシャツ、パンツは、宇宙服のようにも見えます。読めそうで読めないレタリングは「エイリアンのアルファベット」だそうで、その後もインベーダーのモチーフやスプレーアートのように大胆な色彩など、ドローイングやコラージュが服を埋め尽くします。“W”の文字から大きな羽や王冠、ウサギの耳が生えたキャップは、突き抜けすぎてて愛らしく見えてきました。フィナーレでは、骨を描いたビニールをすっぽりかぶったモデルたちが整列。背中に並んだ文字を順番に読むとメッセージになっているようでしたが、ちょっとよく分かりませんでした。ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク先生が元気に飛び出して来たころには、時計は17時2分。でも、いいんです。気になって、前シーズンのショー終了時刻を調べたら17時3分でした。今回は1分でも早く終わっただけで心安らかなり。そういうものだと思って見るのが心安らかなりの秘けつだとようやく学びました。
16:15 「ファセッタズム」
「ファセッタズム(FACETASM)」は高校の校舎の回廊をランウエイに、ミニショーを行いました。今季の着想源となったは、落合宏理デザイナーの7歳の息子です。コレクションノートには、「彼が彼になっていく過程を僕にとってはもう戻れない景色の記憶と感情で作ったファンタジーなコレクション」と記されています。パステルカラーの色彩に、バイカージャケットを分解・再構築したアウター、異なるストライプ柄を重ねるなど、プレイフルな要素が純粋な無邪気さを表現していました。
「ファセッタズム」らしいリアルな表現の中で、チュールを多用した装飾によりメルヘンな世界観も持ち合わせます。少し童心に帰りすぎたかのか、ファンタジーよりも子どもっぽさに傾いて、まとまりがないように見えたルックもありました。しかし、おそらく外国人の視点からだと、原宿的な“カワイイ文化”を体現する日本らしいスタイルに映ったかもしれません。コロナ禍に発表した2021年春夏コレクションのデジタル映像に、当時4歳だった息子が描いたイラストが登場したのを記憶しています。お会いしたことないのに、「あれを描いてた子がもう7歳だなんて」と月日の早さを感じました。またモデルに、ラッパーKOHHとして活動していた千葉雄喜さんも登場しました。
17:50 「アクネ ストゥディオズ」
17時開始予定の「ブルーマーブル(BLUEMARBLE)」のショーに向かっていたところ、電車が止まってしまい、すでに17時半。なくなく諦め、降りた駅から近い「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」の2024年春夏メンズ展示会場に駆け足で立ち寄りました。こういう臨機応変さがファッション・ウイークには重要なのです。今季の着想源はベネツィア旅行。スーツケースにデニムを入れて、旅先で購入したアイテムを自由に組み合わせるというアイデアのもと、トロンプルイユを施したジーンズやワックス加工のバイカージャケットと、ブランドのルーツであるデニムを強調します。ヴェネツィアの景色に影響を受けて、中世ヨーロッパの貴族の装いをシルエットやディテールに盛り込み、色彩はレイブのように非常にカラフル。このところコンセプチュアルな表現に傾倒する「アクネ ストゥディオズ」ですが、コマーシャルラインはしっかり着やすいアイテムを提案しているのでホッとしました。
18:30 「ウェールズ ボナー」
「ウェールズ ボナー(WALES BONNER)」は、パリ造幣局を会場にショーを行いました。ゲストが全員着席しているにもかかわらず、なかなか始まらないと思ったら、ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)が堂々と来場。彼女が着席し、写真撮影を終えると、今シーズン最大の約50分遅れでスタートしました。待ちくたびれたものの、「ウェールズ ボナー」のコレクションは待つ甲斐があるものです。
エチオピア出身の伝説的なマラソン選手から着想得た今季のテーマを“マラソン”と銘打って、モデルとして現役マラソン選手がランウエイを歩きました。継続する「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」とのコラボレーションによるウエアとスニーカーに、ブランドの代名詞であるアフリカの美学と現代性、スポーティーな要素を掛け合わせたルックが交互にリズム良くランウエイを彩ます。厳格なテーラリングと手刺しゅうによる装飾で、機能性に優れた日常着を程よくラグジュアリーへと昇華する手法が今季も光っていました。最後は、エチオピアの伝統的な弓奏楽器マシンコを演奏する奏者のパフォーマンスで閉幕。異文化と異なる時代の融合からコレクションの構成に至るまで、彼女は本当に均等なバランスを保ちながらリアルな洋服を作るデザイナーです。マラソンのように、今後も長く走り続けてくれるはず。
20:00 「ルイ ガブリエル ヌイッチ」
本日最後のショーは、「LGN ルイ ガブリエル ヌーチ(LOUIS-GABRIELE NOUCHI)」です。ゲストが全員着席しているのになかなか始まらず、ナオミ・キャンベルが到着することもなく約50分遅れでスタートしました。毎シーズンのように、「引き出し少なめ」とレポートに書いていますが、今季もそれしか言葉が出てきません。ボックスシルエットのジャケットとコート、ボクサーショーツにバスローブ風のアウター。色と素材違いで、過去の彼のシーズンで見た気がしてデジャブかと目を疑いました。1年前のショーでは、全裸にバスローブを羽織って手で股間を隠すモデルがランウエイを歩き、強く印象に残っています。そっちのデジャブだったらまだ面白かったのに。
21:00 「アシックス」
ショーが終わっても、取材はまだまだ終わりません。最後は「アシックス(ASICS)」の“アシックススポーツスタイル”が期間限定のポップアップイベントを開くということで、そのレセプションパーティーに行ってきました。会場に着くと、すでにアゲアゲで入口はカオスな状態に一瞬ひるんだものの、何とか入場して会場を巡ります。オーストラリア発の「ハル スタジオ®(HAL STUDIOS®)」との最新コラボレーションシューズを初披露したり、即完売するほど人気の「セシリー バンセン(CECILIE BAHNSEN)」とのシューズだったりと、貴重なモデルをたくさん展示していました。12時間取材で駆けずり回った身に踊れや踊れの雰囲気はかなりタフでしたが、最近の「アシックス」はエッジが効いていて面白いと思っていたイメージが具現化されたような素敵なイベントだったので、日本での開催も期待しています。