ファッション

「ロエベ」の人魚と「エルメス」の軽さに感動 でも問題児のおかげで過酷な1日 2024年春夏メンズコレ取材24時Vol.8

2024年春夏コレクションサーキットが、各都市のメンズ・ファッション・ウイークから本格的に開幕しました。「WWDJAPAN」は今回も現地で連日ほぼ丸一日取材をするノンストップのコレクションリポートを敢行。担当は、メンズ担当の大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの大阪出身コンビ。時には厳しい愛のツッコミを入れながら、現場のリアルな空気感をお届けします。

9:15 「コム デ ギャルソン・シャツ」

前日の、日付をまたぐなよ、またぐなよ、的な攻防の末にホテルに午前様で戻るというダメージを引きずりながら、パリ・メンズ5日目の朝イチは「コム デ ギャルソン・シャツ(COMME DES GARCONS SHIRT)」からスタートです。開始時間が9時15分という予告にも関わらず、会場のコム デ ギャルソンのオフィスに9時前に到着しました。なぜなら、パリ・メンズ期間中に唯一予告時間よりも前倒しで始まる可能性があるショーだからです。ギリギリ滑り込みは絶対に危険だと前シーズンに学んだため早めに会場入りすると、予想通り9時13分にショーが始まりました。細かいことですが、読み通りにことが進むと前日の疲労がうそのように吹き飛びます。天気も快晴だし、気持ちいいスタートです。

今シーズンのコレクションは、問答無用のアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)オンパレード。ポップアートの巨匠による代表作品が、迫力あるビックサイズのプリントから、チェック柄のように細かいパターンまで、シャツやTシャツ、ニット、スエット、ショルダーバッグなどを飾ります。ほかにもカラースプレーのようなモチーフや、クレイジーパターンのストライプといった明快な柄使いでシャツスタイル中心のシンプルなコーディネートを盛り上げます。柄も魅力的なのですが、個人的に気になったアイテムはフードと袖のみのボレロ風パーツウエアでした。

10:30 「キコ コスタディノフ」

キコ コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)」は、アンリ4世高等学校の図書館を会場に選びました。会場内に入ると、ラックにかかった過去のシーズンのコレクションと、無造作に積み上げた学校の椅子や机のインスタレーションがゲストを出迎えます。今季はアメリカ人アーティスト、トム バー(Tom Burr)の空間作品から着想を得たといい、この展示スペースは、ショー後のバックステージのカオスと静寂が同居しているようでした。

コレクションは、イタリアの詩人で映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)の白黒とカラーが入り混じる短編映画「ラ・リコッタ(La Ricotta)」にインスパイアされて、ダークトーンの中にビビッドな黄色や淡いピンクのカラーパレット。目を引いたのは、仕立てと技術のニュアンスです。コートやボトムスのウエストにはプリーツを施し、ミリタリージャケットを飾り立てる襟元の刺しゅうとドレープ、パンツの全面に備えたリボンのディテールなど、巧みな技術で洋服の表面に豊かな表情を与えていました。テーラリングとストリートウエア、ミリタリーウエアの原型を分解し、どのカテゴリーにもはまらないユニークな洋服といった印象です。着こなすのは難しそうですが、モード好きには好感を持たれそう。コレクションノートには、「個性についての服、そして服についての服」と書かれており、服作りにとことん向き合うギークなキコらしい表現でした。

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12:00 「ロエベ」

ロエベ(LOEWE)」の会場は、フランス共和国親衛隊馬術トレーニングアリーナ。新グローバル・ブランド・アンバサダーに就任した、K-POPアイドルグループNCTのテヨンさんが来場するとあって、パパラッチ目的で彼の到着を待ちました。某ナオミ・キャンベルのようにセレブリティの到着待ちでショーが大幅に遅れることもありますが、テヨンは12時少し前に会場入りし、それだけでも好印象です。各国メディアの写真と動画撮影依頼を淡々とこなす姿も爽やか。日本から来場した俳優の板垣李光人さんは、初めてのショー参加にワクワクを隠せない様子で、とてもほほえましかったです。素晴らしい段取りの良さで、ショーの取材にも集中できました。ほっ。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)のクリエイションは、服に本物の草が生えたり、銅で作ったアウターを登場させたりと、想像を遥かに超えてきます。今季のテーマは、前シーズンの継続となる、無駄を削ぎ落として本質を浮き彫りにする“還元主義”に基づき、よりリアルなワードローブで構成しました。ショー後にジョナサンは、「今季はプロポーションが全て。外側に視点を向けるというアイデアが出発点となり、人魚が海から出て人の体を見上げるというイメージを膨らませた。魚眼レンズを通して人の体を見るように、比率を拡大するというアイデアだ」と説明しました。

着想源になったのは、会場中央に設置した、彫刻家リンダ・ベングリス(Lynda Benglis)の巨大な噴水の作品群です。水しぶきを上げる彼女の3つの作品の周りを、全身スワロフスキーを敷き詰めたルックが水面のようなきらめきを放ちながら進んでいきます。魚眼レンズを通したことでプロポーションが変わり、胴体が短いクロップド丈と脚が伸びた超ハイウエストのボトムスを連打します。カーディガンのボタンの位置がずれたり、ヘリボーンの模様が不規則だったりするのも、魚眼レンズ越しに屈折しているから。一見普通に見えるものの、一枚のニット生地を折り畳んでレイヤードに見せた二重のニットウエアや、スエードレザーのロングドレスの裾を同素材のバッグに差し込んだり、ボトムスとシューズを一体化させたりするなど、細かなギミックを加えています。大きなジャガード布にまち針が刺さったアートピースのようなルックは、体の前側だけが覆われて背中は丸見えの状態でした。

ジョナサンは、「2Dの画像を見ているだけでは、何がリアルで何がフェイクか分からない。一つの面だけでは、全体を見ることはできない」と、視点を変えて物事を多角的に捉えるアイデアを提示していたようです。魚眼レンズよりも、ジョナサンの目でこの世界を見てみたい――今季も彼の独創的なコレクションにすっかり魅せられてしまいました。

13:30 「カラー」

天気も快晴だし、と朝イチの時点では思っていました。でも、快晴すぎたのです。気温は真夏日に迫り、日差しは強烈。そんな中での「カラー(KOLOR)」のショーは、日光が差すソルボンヌ大学の一角です。シートには雨天のための真っ黒な雨合羽を用意してくれていたのですが、今日は暑さ対策グッズか水が正解だったようです。

今シーズンも服を解体したり再構築したりと、コラージュのように自由な感覚で組み立てるプレイフルなミックス感覚を存分に発揮しながら、アウトドアの要素を強めにすることで軽快なムードをプラスしました。高い技術をこれ見よがしにアピールするのではなく、ディテールを積み重ねてそれをスタイルへと発展させながら、テーラリングとスポーツを縦横無尽に行き来させます。有力百貨店のバイヤーいわく「日本の市場はアウトドアムードのファッションがまだまだ強い」と聞いたばかりだったので、トレンドをしっかり盛り込む感覚と、唯一無二のクリエイションを融合させる、ベテランらしいうまさが光りました。有力アウトドア春夏なのにノルディック柄を組み合わせるユーモアにもニヤリ。そして、日光に直接さらされたゲストの額にも汗が光り、背中にも汗がジワリ。コンディションの厳しさが一定のレベルを超えるとショーに集中するのが難しく、準備不足で取材に出た自分に反省しました。

15:00 「エルメス」

屋外の日光で体力を削られた後は、「エルメス(HERMES)」が軽やかで静ひつなラグジュアリーを、美しい洋服で奏でてくれました。今季のキーワードは、柔らかさ、甘さ、軽さ。アーティスティック・ディレクター、ヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)がショー後に、「夏は穏やかで楽しく、空気は冷たくて、その魅力は紛れもなく官能的」と語った通り、蒸し暑いこの日にピッタリな内容でした。

ファーストルックは、格子模様を施した、トレーシングペーパーのように薄く透け感のあるシルクのシャツに、同じくシアーなテクニカル素材のタンクトップ。ボトムはクロップド丈のスラックスに、ノッチソールのサンダルを合わせます。透ける素材はジャケットにも取り入れ、シャツの襟元はスフレのようにふわりと膨らみ、極薄で超軽量なレザーには、水圧によるパンチングでグラフィカルなモチーフを浮かみ上がらせました。レザーのブルゾンの内側にはメッシュの裏地を使い、全ルックを通して軽快さがあります。リネンやコットン、ラムスキンのショーツの裾丈はさらに上がり、官能的なムードさえを漂います。軽量素材のチタンを使ったジュエリーや、“シェーヌダンクル”のデザインを編みで表現したバスケットバッグと、アクセサリーも軽やか。より繊細でウエラブルな美学で、着用者に“快適”というラグジュアリーを提供します。

16:30 「ホワイトマウンテニアリング」

大学の庭園にランウエイを設けた「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」。到着したらすぐさま日陰に避難して、ショー開始とともに座席に着き、太陽に照らされながらコレクションを見ました。序盤は黒のワーントーンで、アウトドアギアのレーベル「W.M.B.C.」を含むアイテムをレイヤードなしでスタイリングしたシンプルな見せ方です。少しずつ白、グリーン、パープルへと色が変化していき、いつものように山と街を繋ぐリアルクローズを展開しました。安定感という言葉がしっくりくる、今季も地に足の着いた堅実的なクリエイションです。

18:30 「キッドスーパー」

フランスオートクチュール・プレタポルテ連合会(Federation de la Haute Couture et de la Mode)よ。このラスト2ブランドの並びはやはり悪意があるだろう――すみません、本音が漏れました。というのも、明らかに開始時間をほぼ絶対に守らない&長尺のショーをやる2ブランドをとどめのように連続で並べるのですから、われわれのようなメディアにとっては鬼門なのです。しかも、日中の日差しで体力の限界。とはいえ泣き言は言ってられないので、まずはもれなく入場混乱系の「キッドスーパー(KIDSUPER)」に向かいます。

パリ・メンズでのショーは3回目。過去2回は入り口のゲートが狭い上に、一般ゲストを大勢呼び、友人を優先して入れる段取りの悪さで、周囲一帯の交通状況を混乱させる問題児っぷりを発揮しました。「キッドスーパー」だけ見るならいいでしょうよ。アウトローでかっこいいとか思うかもしれないでしょうよ。でも、1日取材をしている身からするとそんな駆け引きはどうでもいいので、すっと入りたいのです。

今シーズンの会場はオデオン劇場で、周辺は普段は閑静な住宅街です。いつもよりは何だか大丈夫そうな気がす……と思いかけたところで、直線上のずっと先に見える景色に立ち止まります。すでに人だかりやんけ。ゲート付近はやっぱり大混乱で、周りのカフェにも迷惑をかけています。回れ右したくなる衝動を何とか抑えながら根気強く待っていると、救世主が現れたのです。パリのPR会社ルシアン・パージュ(LUCIEN PAGES)の敏腕PRであるジョナサン・ロスが入れてくれたのです。人混みの中からジョナサンが差し出す手が「ファイトーーー」と言ってるように見え、自分の手もズームパンチぐらい思い切り伸ばし心の中で「イッパーーーツ」と叫びながら入場しました。

前置きが長くなりました。今シーズンは、演劇仕立てのコレクションを披露します。これまで文句ばかり並べてしまいましたが、コレクション自体はちょっと長いかなと感じたぐらいで純粋に楽しんでしまいました。主人公を演じたのは、もちろんコルム・ディレイン(Colm Dillane)デザイナーです。“アイデアの見つけ方”というタイトルの劇中では、創作活動に行き詰まった主人公が自身の脳内を旅し、さまざまなシチュエーションで人に出会うという内容。セットもオフィス風やクイズ番組風など相当凝っており、なんばグランド花月で吉本新喜劇を見ているかのようなワクワク感。アーティーなプリント押しは変わらないものの、生地の激しい加工やパッチワーク、ワークウエアのシルエットを引用したスーツなど、テーラリングを押しているのが伝わってきました。衣装タッチの強いデザインと演劇仕立ての見せ方がマッチしたのか、コレクション自体は過去3回の中で最も好印象でした。あとは入場問題をどうするかですよ。

20:00 「マリーン セル」

「キッドスーパー」でのファイト一発で体力はほぼゼロの中、最後の力を振り絞って「マリーン セル(MARINE SERRE)」の会場に向かいます。“ハートビート”というコレクションタイトルと、インビテーションと共に届いたツアーT風のTシャツ、そしてシートが“ゾーン 5”というゾーン指定で何となく覚悟はしていましたが、到着してみると案の定スタンディングではないか。最後の最後にスタンディングか……しかも絶対20時に始まらないし。意識が飛びそうな極限状態で約1時間待ち、50分遅れでショーがスタートしました。

コレクションは、デッドストック素材やアップサイクルしたアイテムが半分を占め、クローゼットから引っ張り出してきたようなガウンや毛布を使ったドレス、かぎ針編みのカラフルなトップスやスカート、ジーンズを大胆に再構築したドレスやカバーオールなど、バリエーション豊かに力技でぐいぐい押してきます。スポーティーなムードをバランス良く差し込んでいるため、大きなスリットやカットアウトなどの大胆なテクニックも軽やかに見せます。三日月モチーフも時折ちらつかせながら、得意技を凝縮したようなパワフルなショーでした。このエネルギーをライブ風に表現するため、スタンディングにしたかったのも分かります。分かりますけど、もうちょっと早く始めるとか、座ってでも十分伝わると思うんですよ。ショーを見る側のコンディションについて考えた、今シーズンのパリ・メンズで最も過酷な一日でした。

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