ファッション

おい「ダブレット」と二度見し「サカイ」の技術に熱くなる 2024年春夏メンズコレ取材24時Vol.9

2024年春夏コレクションサーキットが、各都市のメンズ・ファッション・ウイークから本格的に開幕しました。「WWDJAPAN」は今回も現地で連日ほぼ丸一日取材をするノンストップのコレクションリポートを敢行。担当は、メンズ担当の大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリの大阪出身コンビ。時には厳しい愛のツッコミを入れながら、現場のリアルな空気感をお届けします。2024年春夏シーズンの最終回です。

10:30 「ベッドフォード」

パリ・メンズは泣いても笑っても本日が最終日。今日は日本人デザイナーのブランドが盛りだくさんで、まずはパリコレ公式スケジュールでは初参加となる「ベッドフォード(BED J.W. FORD)」のショー形式のプレゼンテーションからスタートです。山岸慎平デザイナーのクリエイションはここ数シーズン絶好調で、自身が信じる“かっこいい”の感覚と、周囲がブランドに求めるスタイルを冷静に俯瞰し、新しいエッセンスを加えながら絶妙なバランスで仕上げるコレクションが続いています。以前はもっと前のめりだったのが徐々に肩の力が抜け、そこからさらに進化し、シーズンを重ねるごとに独自に見出した艶のあるテーラリングに磨きがかかり、クリエイションが鋭くなっています。

朝イチのプレゼンテーションだったので集客はどうかなと思っていましたが、日本人エリア以外もシートはしっかりと埋まり、ショーが静かにスタートします。コレクションは、2023-24年秋冬のスタイルを踏襲しながら、起きがけのような自然体のムードを貫きつつ、エッジの効いたディテールや装飾を節々になじませるように組み込んでいきます。

ここ数シーズンでメキメキと成長した点の一つは、素材使いです。シルクのコートやスーツ、ラメ糸を使ったスパークルな素材を多用してもファンシーにならず、「ベッドフォード」の軸がブレません。ストイックな山岸デザイナーですから、今も昔と変わらず、常に葛藤を抱えながらものづくりしているのだと想像します。ただ、今はその葛藤をポジティブに落とし込める器の大きさを手に入れたのだなと、コレクションを見て感じました。本当にいい大人のブランドになったなとジンときます。パリコレで成功するには、もっと鋭さが必要だと言われるかもしれません。でも、まだまだ進化への伸び代を感じさせる、上々のデビューだったのではないでしょうか。

11:30 「ダブレット」

ジンときた後は、「ダブレット(DOUBLET)」の時間です。前々シーズンは大量すぎる紙吹雪を降らせ、前シーズンは極寒の屋外ショーという、嫌でも忘れられないショーを最終日に放り込んできた井野将之デザイナーは、今回どんな仕掛けをしてくるのか。会場に向かう途中も、その話題で持ちきりです。春ごろに井野デザイナーと「チャット GPT」の話になり、次のコレクションテーマなのかと聞くと真顔で「全然」と言われたので、全く予想できません。

「ダブレット」が今シーズン掲げたメッセージは“NOW. AND THEN”。最初は失われた時でも求めているのかと思ったものの、コレクションではAIの進歩によるメリットとデメリットに焦点を当て、“人間らしさ”とは何かを探求。人間や怪物の多様性を説いた過去コレクションのように「AIにだって、いろいろなAIがいていい」という愛情を注ぎながら、ファッションでかたちにします。そのテーマらしいリリースを見た時点で井野デザイナーの「全然」の真顔が浮かび、「ん?」と思いつつ、ひとまずショーに集中することにしました。

コレクションは、合体ロボットの肩周りを再現したジャケットや、裾が四角型のスラックス、スクエアショルダーのボクシーなMA-1やロボット型のバッグなど、直線的なフォームで近未来風の雰囲気をダイレクトに表現。さらに、バランススクーターに乗ったモデルの畔柳隼弥さんらが登場すると、会場全体に笑みがこぼれます。素材には分かりやすくメタリックな生地を多用するほか、レザーやファーに見える素材は透けるほど薄い特殊加工で、マッド・サイエンティスト風の白衣や、フードにロボットの顔が付くフーディーも透け透け。“アイ・ラブ・3D”とピクセル風に描いたニットは平面のほぼ2Dだし、カーディガンやパーカは2着に分裂したように不自然な位置でドッキングしているしで、バグ発生時のように予想不可能なチグハグ感を、ユーモアたっぷりに表現します。

徹底した世界観は、アクセサリーでも抜かりなし。刺しゅうで作ったCDが頭部にプッチっと刺さったホワイトキャップや、「ブラン(BLANC)」との保護メガネ風アイウエア、「スイコック(SUICOKE)」との5本指シューズはあえてミスマッチなレースで覆います。そして「コンバース(CONVERSE)」の“オールスター”に“ジャックパーセル”のソールが付いたシューズは、ギリギリのパロディーかと思いきや、こちらは日本限定販売の公式コラボ。マスターピース同士を合体させるアイデアもすごいし、ゴーを出した「コンバース」もすごい。そして井野デザイナーはフィナーレでバランススクーターに乗って登場し、一瞬バランスを崩しかけながらも、スマートに去っていくというオチをつけてくれました。

熱気溢れるバックステージで、井野デザイナーは開口一番「こけなくてよかった」と笑います。そして海外メディアからの取材に一生懸命答えるのを、少し脇で感動しながら耳を傾けていました。「今回のコレクションでは、『チャットGPT』にアイデアを投げかけてみたんです」。なるほどなるほど……えっ!?と、井野デザイナーをまあまあな距離感なのに二度見。「ダブレット」だけに、二度見します。あのいつも以上の真顔で「全然」は何だったのか。「ダッダーーブレット!」という勢いで本人に聞くと、「全然」のときは本当に全く別の構想だったのが、最終的に今回のアイデアにまとまったのだとか。パリでの展示会でも評判は上々のようで、最終的にはこのテーマにして正解だったようですね。

12:30 「AMC」

次は、2023-24年秋冬にデビューした新ブランド「AMC」のプレゼンテーション会場に向かいます。同ブランドのアルド・マリア・カミッロ(Aldo Maria Camillo)=デザイナーは、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」「ベルルッティ(BERLUTI)」などで経験を積んだ実力派。そして、栗野宏文ディレクターを迎え、日本の生産背景を用いたクリエイションで堂々のパリ・メンズデビューを飾りました。

会場に到着すると、演出家ジュリアン・ラクロワ(Julien Racroix)のディレクションによる、ダンスを用いたプレゼンテーションを行っています。「AMC」の“背広”を身にまとった俳優の田邊和也さんやダンサーたちは、大人の色気を感じさせるムードをフロアに充満させ、まるで別世界のよう。とはいえコレクションは限りなくリアルで、伝統的で品のあるスーツスタイルが、着る物の個性を引き出していました。短い時間でしたが、汗がにじむほどのパッションを感じ、体も胸も熱くなりました。

13:30 「ビームス」

ビームスのメンズ主要レーベル「ビームス プラス(BEAMS PLUS)」の海外進出への本気っぷりは、パリの展示会場を見るとはっきり分かります。広めの会場には20着かかるラックを25本持ち込み、500品番近い商品がずらりと並びます。さらに、8〜9割はオリジナル生地というこだわりよう。これだけアイテム数があると、点で見るとかなりバラエティー豊かなのですが、引きで見るとちゃんと「ビームス プラス」らしいオーセンティックな世界観で統一されているMDにも感心です。現在の海外取引先は約90社で、イギリスやフランスの卸先が多いそう。今後も感覚の合う卸先に絞りながら、販路拡大を狙います。頑張ってほしい。

14:30 「サカイ」

そして再び公式のショースケジュールに戻るため、「サカイ(SACAI)」のショー会場ソルボンヌ大学に向かいました。ここは前日の「カラー(KOLOR)」と同じ場所で、使うスペースこそ違えど、ホットな日差しをたっぷり浴びたショーの記憶が蘇ります。今回は日陰かな、日陰であってほしいなという淡い期待もむなしく、ベンチはしっかりと日なたに設置していました。まあ、仕方ない。これもファッション・ウイークの取材にはつきものだと気合を入れ直しながら、しっかり日陰で開演を待ちます。

今シーズンは、ワークウエアをベースにしながら、既存のユニホームのイメージを覆すように軽やかさをハイブリッドします。カバーオールの原型にテーラリングをミックスしたり、それをスーチングにしたり、MA-1などのタフなワークウエアに大胆な花柄をあしらったりと、高度なテクニックを用いた多彩なアプローチに引き込まれます。ワークウエアといえばの「カーハート(CARHARTT)」コラボは2シーズン連続で、インサイドアウトで着るとスーツになるという仕掛けがユニーク。ビブラム(VIBRAM)製ソールを後付けしたかのような分厚いメンズシューズもさることながら、多くの男性ゲストの物欲を刺激したのはショーツでしょう。前から見るとショーツなのに、後ろから見るとプリーツスカートのように見えるアイデアボトムが、メンズでは多くのゲストから好評でした。

気がつけば、日差しの厳しさなんてどこへやらの集中力。物欲は日光の暑さにも勝るのかとわれながら感心していたら、たまたまシートの位置に日陰が伸びていただけでした。

16:00 「ラゾシュミドル」

続く、ドイツとスウェーデンが拠点のメンズブランド「ラゾシュミドル(LAZOSCHMIDL)」のショー会場もとにかく暑い。前シーズンも同ブランドのショーをチェックし、今シーズンはスキップしても大丈夫かと考えていたのですが、まだ見たことがない大塚さんが「一度は見てみないと分からない」と言って聞かず、蒸し風呂のような会場で二人してショー開演を待ちます。せめて見ごたえのあるコレクションだったら気分も晴れるものの、案の定大塚さんが「今シーズンワーストクラスだった」と後悔するショーでした……。だから言ったのに。クロシェ編みのトップスやウィンドブレーカー、素肌に重ねた透明のレインコートに合わせるボトムスは、色とりどりのボクサーショーツとブリーフです。ビーチの楽しげなムードを持ち込みたかったにしても、特徴的なデザインがあるわけでもなく、クリエイションの意図が理解不能。学生の卒業制作の方がレベルが高いのでは、と疑問が残るばかりです。パリコレに出たいデザイナーで、もっとレベルの高いブランドは山ほどありますよ。

17:30 「ターク」

気を取り直して、「ターク(TAAKK)」のショー会場である劇場へと向かいました。今季も森川拓野デザイナーが日本人デザイナーのトリを務めます。真っ暗な空間で、キャットウオークをライトで照らしたシンプルな会場装飾。ストイックな空間で、「ターク」の強みであるテキスタイルに全集中できました。

自然はなぜこれほどまでに私たちに語りかけてくるのか?ーーそんな素朴な疑問が今季の出発点になったといいます。自然界に見られる複雑なパターンからインスピレーションを得て、ミツバチの巣の六角形をほうふつとさせるクロシェ編みがファーストルックを飾ります。MA-1やジャケットには葉のリズミカルな波紋模様を施し、くもの巣のようなニットウエア、貝殻のらせん模様を描いたボトムスと、生命力溢れる立体的な装飾で洋服の表面に豊かな表情を与えます。印象派の絵画を思わせる力強いタッチのプリントも健在ですが、今季はテキスタイルを変幻自在に装飾へと変貌させる技法が、リアルクローズに魅惑的な要素を加えて「ターク」の新たな一面を引き出していたようです。なめらかな生地やシルエットからエレガンスを感じたのは、パリでの発表を続けていることが影響しているのでしょうか。ショー後の森川デザイナーは海外のジャーナリストに囲まれて慌しい様子だったので、後日改めて話を聞こうと心に決めて会場を出ました。

19:00 「ルドヴィック デ サン サーナン」

今季のパリコレを締めくくるのは、「ルドヴィック デ サン サーナン(LUDOVIC DE SAINT SERNIN)」です。デザイナーのデ・サン・サーナンは、「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」のクリエイティブ・ディレクターをわずか1シーズンで退任したばかり。突然の退任劇に関するさまざまな噂と憶測はどこ吹く風。フィナーレに登場したデザイナーはヘアもメイクも完璧で、カメラに向かって手でハートマークを作ってニッコリ。元気そうでなによりです。

そしてコレクションは、デザイナーとして原点回帰がテーマです。コレクションノートに「クィアの欲望、喜び、パワーの祭典」と記し、フランス庭園の会場に彫刻的なシルエットの男女のモデルを送り込みました。シグネチャーであるレースアップのディテールのブラトップや、コルセットを備えたマーメイドシルエットのドレスに、メンズは超ミニのスカートとショーツ、ブリーフ一丁の装いで、セクシーで欲情的な独自の世界観を放ちます。有機的なフォームのジュエリーは、ニューヨーク拠点のアーティスト、ディエゴ・ビジャレアル・ヴァグジェリィ(Diego Villarreal Vagujhelyi)とのコラボレーション。デ・サン・サーナンにしては比較的ミニマルでおとなしい内容ですが、その分エロティックとロマンティック、洗練さが強調されていて、ブレないクリエイションと欲望に忠実な姿勢を再提示してくれました。大衆受けするスタイルではなくとも、クィアのコミュニティーと性の流動性というテーマにおいて地位を確立していることは評価に値します。

今季のメンズは、汗がしたたる肉体美が終盤をたたみかけるように閉幕しました。こんな終わり方でいいんでしょうか。本当はもっと盛大にバーンと終わりたかった。次シーズンは大トリ枠の調整をなにとぞよろしくお願いします!

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