セブン&アイ・ホールディングスによる子会社そごう・西武の売却計画が混乱を極め、そごう・西武労働組合がストライキを検討する事態に発展した。西武池袋本店の大部分にヨドバシカメラが入る現在の改装案が通れば、百貨店としての事業継続が危うくなり、従業員の雇用が維持できなくなる。労組はそう考え、強硬手段も辞さない。改装問題は「会社は誰のものか」という古くて新しい命題を突きつける。
労組は3日、スト権確立の賛否を問う投票について組合員に告知した。同日から寺岡泰博委員長ら労組幹部が全国10店舗に出向き、組合員に説明を始めている。9〜22日に投票を実施し、25日に結果を発表する。
そごう・西武の従業員約5000人のうち組合員は約8割。過半数の賛同が得られれば、スト権が確立され、会社との交渉が決裂した際にストを実行できる。ストの具体的な内容は今後詰める。仮にストが実行されれば百貨店としては72年ぶりだ。
セブン&アイは昨年11月、そごう・西武を米投資会社フォートレス・インベスメント・グループに約2000億円で売却する契約を結んだ。フォートレスは百貨店再建のパートナーとして家電専門店大手のヨドバシホールディングス(HD)を迎え入れた。しかしフォートレス・ヨドバシ連合が旗艦店の西武池袋本店の大部分にヨドバシカメラを入れる改装案を打ち出すと、百貨店関係者が反発し、条件交渉が暗礁に乗り上げてしまう。今年に入って売却時期は2度も延期され、ついには無期限延期になった。
改装案は“ヨドバシ百貨店”への大転換
百貨店に家電量販店が入ること自体は珍しくない。その場合、大半は上層階の1〜2フロア、あるいは別館などである。だがフォートレス・ヨドバシ連合が出店を求めたのは、駅改札に近くて通行量が最も多い北館・中央館の大部分のフロア(一部報道では地下1階〜地上7階の8フロア)だった。
西武池袋本店は明治通り沿いに北館・中央館・南館が連なる細長いフロア構成だ。現在、北館の低層部は「ルイ・ヴィトン」「グッチ」「ロエベ」といったラグジュアリーブランドが営業している。しかも1・2階に入る「ルイ・ヴィトン」は22年10月に増床したばかり。改装案では、このラグジュアリーブランドの売り場をごそっと中央・南館側に移転させる。アパレルや服飾雑貨などその他の売り場も大幅な縮小を余儀なくされる。
焦点になっている改装案は、単に西武池袋本店に家電量販店が入るというのではなく、立地や面積においてもヨドバシカメラを核にした“ヨドバシ百貨店”への大転換を意味する。労組の寺岡委員長は「世界観が合わないことなどを理由に取引先や顧客が離れる可能性もある」と危機感を強める。西武池袋本店は長年の「のれん」の力によって、上質さを求める顧客に支持されてきた。ヨドバシカメラが悪目立ちしすぎると、店のブランドイメージが毀損し、既存の顧客の離反を招く恐れがある。
売上高国内3位の百貨店の強みを捨てる?
百貨店業界は長期不振に陥っており、そごう・西武も業績低迷によって売却されるに至った。そのため西武池袋本店の大部分にヨドバシが入る改装案について一般の人は妥当と考えるかもしれない。
もちろん総論として百貨店業界の不振、そごう・西武の業績低迷はその通りである。しかし西武池袋本店という各論を考えた場合、フォートレス・ヨドバシ連合のやり方が正しいかは疑問だ。
西武池袋本店の2022年度の売上高は、前年比14.8%増の1768億円だった。これは伊勢丹新宿本店、阪急本店(阪急うめだ本店、阪急メンズ大阪)に次ぐ日本3位の規模だ。同店はそごう・西武の売上高の約35%を稼ぎ、利益ではさらに多く貢献する旗艦店である。アパレルでは西武池袋本店が一番店(全国で最も売り上げが大きい店)というブランドは少なくない。にっちもさっちもいかなくなった百貨店が家電量販店を入れるならわかるが、西武池袋本店に関していえば必然性があるとは思えない。
コロナの影響が残る22年度において、伊勢丹新宿本店、阪急本店、JR名古屋高島屋といった東名阪の一番店が過去最高売上高を達成した。けん引したのは、ラグジュアリーブランド、時計・宝飾品、美術品などの高額品だった。これはどこの百貨店も同じで、西武池袋本店も高額品の販売や富裕層を対象にした外商事業の好調が続く。同店は中長期的なMD戦略として高額品部門の増床を掲げていた。
強みであるラグジュアリーブランドを立ち退かせてまで、ヨドバシカメラを入れることが理にかなっているのか。増床したばかりの「ルイ・ヴィトン」を強引に移動させるとなると、親会社の仏LVMHモエヘネシー・ルイ ヴィトンとの長年の信頼関係も崩れる。訴訟問題に発展しかねないと危惧する関係者もいる。北館だけでなく、南館に入るラグジュアリーブランドが離脱する可能性がある。さらには西武渋谷店、そごう横浜店、そごう千葉店など他店舗にも影響を与えかねない。
西武池袋本店については、そごう・西武、セブン&アイ、フォートレス、ヨドバシに加えて、地権者の西武ホールディングス、さらには都市計画の観点から豊島区が異議を唱えるなど、一小売業の改装という枠組みを超えた社会問題に発展した。複雑な利害を調整すべきセブン&アイは役割を果たしていない。改装案についてセブン&アイ側からそごう・西武従業員への対話がほとんどなかったという。不信感を強めた労組は、ストという伝家の宝刀に手をかけるに至った。
「店主とともに滅びる」にならないか
そごう・西武に荒療治が必要なのは間違いないし、西武池袋本店も課題が山積しているのは確かである。だからといって“ヨドバシ百貨店”が最適解なのか。年間7000万人が入店し、現在も日本屈指の売上高を誇る店舗である。それにしては既存の顧客や取引先をないがしろにしている感が否めない。不安を覚える従業員への対話不足に至っては論外だろう。
「店は客のためにあり、店員とともに栄え、店主とともに滅びる」
これは雑誌「商業界」の創設者である倉本長治氏(1899〜1982年)が遺した言葉だ。短い文で小売業の本質を突いており、これを座右の銘にしている経営者も少なくない。「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長も著書「成功は一日で捨て去れ」の中で、最も好きな言葉として紹介していた。
複雑にこじれてしまったそごう・西武の売却問題だが、いま一度、小売業の原点に戻って考えるべきだ。一連の施策は「客のため」になるのか、「店員とともに」といえるのか。店主の責任は重い。