7月3日から6日まで、2023-24年秋冬オートクチュール・ファッション・ウイークがパリで開催された。パリ郊外や市内のレアールなどで起きていた暴動の影響を受けて、開幕前夜に予定されていた「セリーヌ オム(CELINE HOMME)」のショーに加え、期間中もいくつかのイベントが中止されたが、大きな混乱はなく4日間の会期は終了。問題が絶えず不安も多い時代の中で、贅を尽くしたファッションを通して、この上ない美や夢を見せてくれたキーブランドのショーをリポートする。
設立20周年を迎えた「トム ブラウン(THOM BROWNE)」は、初となるクチュール・コレクションのショーをパリのオペラ座で開催した。ゲストが通されたのは、舞台裏。ヴィサージ(Visage)の名曲「Fade to Grey」のオーケストラ版が流れ、幕が上がると、客席を埋め尽くす2000枚のアイコニックなグレースーツ姿の人型パネルが目に飛び込んでくる。そして舞台の上には、いくつものハトのオブジェ。そこから、旅をテーマにした演劇のようなショーが始まった。
まず駅のプラットフォームに見立てたランウエイに登場したのは、トランクやバッグを運ぶ2人のポーター。彼らが荷物を置いて立ち去ると、グレーのテーラードセットアップとヘッドスカーフをまとうモデルのアレック・ウェック(Alek Wek)が客席の後方から舞台へと歩いてくる。彼女は、ランウエイの中央に置かれた荷物に腰をかけてショーを見る、この物語の主人公のようだ。続いて現れたハトの頭のヘッドピースを着けたモデルは、まるでハトになりきるかのような所作を見せる。そして、鐘のような形状の帽子を目深に被り、袖とヒップが大きく膨らんだ構築的なデザインのコートドレスをまとうモデルたちは、素材や柄を変えて4、5ルックごとに繰り返し登場。靴の踵に付いた小さな鐘を鳴らしながら歩き、ミステリアスなファンタジーへと観客をいざなう。
ウィメンズとメンズがスタイルを共有するコレクションの中心となるのは、縦長シルエットが際立つスーツやテーラードコート。ウールのツイルからフランネル、ツイード、シアサッカー、ケーブルニットまで多様な素材と濃淡さまざまな色合いで、グレーの世界を探求している。そんなアイテムを飾るのは、海にまつわるモチーフの数々。クジラやクラゲ、カメ、ヒトデといった生物やヨット、いかり、ロープ、人魚、灯台を刺しゅうやパッチワークで描く。また、ところどころに金糸の刺しゅうやパールの装飾をあしらったり、総スパンコールやビーズのデザインを取り入れたりして、クチュールならではの豪華さを演出しているのも印象的だ。終盤には汽車や車掌が扮した白のルックが登場し、ラストにはクチュールの伝統に従って、テーラードコートと長いトレーンを融合してクリアビーズでたっぷりとあしらったシアーなマリエを披露。ショーを見届けた主人公のウェックが汽車を見送るように手を振り、物語は終焉を迎えた。
振り返ってみると、全体で56ルックを見せたコレクションのベースは、全てブランドを象徴するプレッピースタイルのテーラリング。普段のプレタポルテよりは圧倒的に手の込んだデザインがそろうものの、アウターの着脱で変化をつけたルックや素材違いの同じシルエットが多く、少し物足りなさを感じずにはいられなかった。一方、35分間にわたるショーを通して、アメリカのファッションを代表するデザイナーの一人であるトム・ブラウンは、クチュールの世界でも独創性あふれる濃厚な世界観と確かな技術を示すことに成功したと言える。フィナーレに姿を見せた彼には、大きな拍手が送られた。