7月3日から6日まで、2023-24年秋冬オートクチュール・ファッション・ウイークがパリで開催された。パリ郊外や市内のレアールなどで起きていた暴動の影響を受けて、開幕前夜に予定されていた「セリーヌ オム(CELINE HOMME)」のショーに加え、期間中もいくつかのイベントが中止されたが、大きな混乱はなく4日間の会期は終了。問題が絶えず不安も多い時代の中で、贅を尽くしたファッションを通して、この上ない美や夢を見せてくれたキーブランドのショーをリポートする。
「ヴァンレティノ(VALENTINO)」が7月5日に発表した2023-24年秋冬オートクチュール・コレクションは、特別なものだった。渋滞するパリから車で約2時間をかけて到着したのは、14世紀に礎が築かれたシャンティイ城。ベルサイユ宮殿の庭園デザインで知られるアンドレ・ル・ノートル(Andre Le Notre)が設計した噴水庭園を有するこのルネサンス様式の城は、歴史の中で改築や修復が繰り返され、今の姿になったのは19世紀のことだという。そのロケーションに呼応するように、コレクションは「アン シャトー(ある城)」と題された。
ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)=クリエイティブ・ディレクターが城を舞台に選んだのは、かつてはエリート主義や地位の象徴であった場所が歴史を否定し、現在は新たな意味合いを持っているから。観光名所や美術館として誰もが訪れることができるようになった城は、“平等や自由を称える公共の場”として存在する。それは、排他的なクチュールの世界をインクルーシブで開かれたものへと変えることに挑む彼の考えにも通じる。
英国人歌手アノーニ(ANOHNI)の歌声が響く中、ファーストルックをまとうカイア・ガーバーが登場し、まず驚いた。それは、クチュールショーの幕開けがハリのある生地で仕立てたメンズライクな白シャツに“インディゴジーンズ”というシンプルな日常着だったからだ。しかし、もちろん、それはただのジーンズではなく、80色の絶妙なグラデーションのビーズを使い、4週間におよぶ手仕事で忠実にデニムの色や風合いを再現したものだった。
今季のカギは、そんな思わずため息が出るほどの手仕事に支えられ、“複雑”と考えられがちなクチュールの中に、純粋なシンプルさを見いだすこと。そのため、そぎ落とされたシルエットが核になる。タンクトップの深い襟ぐりにはドレープを寄せ、たっぷりとしたコートは布を交差させて留める。そして、ドレスのサイドや背中は、大胆なカットで素肌を見せる。ステッチをできる限り減らし、ドレーピングとカッティングでシルエットを生み出したアイテムの数々は、布を操るアトリエの卓越した技術の賜物。そんなミニマルな構造は、花モチーフやスパンコールの全面刺しゅうといった大胆な装飾を引き立てるキャンバスにもなる。
赤や緑、青、ピンク、マスタードから白、黒、グレー、ブラウンまで、ピッチョーリならではの色彩感覚が生きた色とりどりのルックをまとうモデルたちは、城の中のギャラリーに設けられたバックステージから現れる。そして、ルネサンス期に城主であったアンヌ・ド・モンモランシー(Anne de Montmorency)の騎馬像の前を通って、壮大な大階段を下り、噴水庭園の長いランウエイを歩いていく。夕日に照らされた城を背に、ドレスやコートを風にはためかせながら歩く姿は、実にドラマチックだ。フィナーレには、ピッチョーリが約100人のアトリエスタッフたちを引き連れて登場。笑顔で誇らしげにゲストの前を練り歩く彼らは、スタンディングオベーションで迎えられた。
巧みな布使いと繊細な手仕事を感じられる美しい服、おとぎ話の世界に飛び込んだかのようなロケーション、そして感情をかき立てる音楽―――その全てが掛け合わさることで生まれた、この上なくロマンチックで夢のようなひととき。パリの喧騒を離れ、この空間にいれた喜びを噛み締めるショーだった。