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経産省が「アートと経済社会について考える研究会」報告書 若手担当者が背景を語る

経済産業省はこのほど、「アートと経済社会について考える研究会」の報告書を公開した。まずは委員に名を連ねる、個性豊かな芸術関係者の顔ぶれに驚く。彼らとの議論や識者へのヒアリング結果・分析に加え、世界の芸術に対する投資や美術館の数や評価といった膨大なデータをわかりやすく配し、286ページにおよぶ報告書にまとめている。日本のアートと経済の関係性、そして未来像を知るには格好の資料だ。なぜ経済産業省がアートなのか?アート関係者と対話をする1年半を過ごした、2人の若手職員に聞いた。

WWD:なぜ経済産業省がアートを?

岡村弥実経済産業省商務・サービスグループ クールジャパン政策課課長補佐(以下、岡村):クールジャパン政策課のミッションは、日本の魅力、生活文化の魅力を、ある種、活用しながら海外需要を獲得していくこと。同時に、その稼ぎを新たな文化創造や持続的な活動へ、そして100年後、200年後の子どもたちの仕事につなげることです。また、すでに各所で言われていることですが、不確実性の増加やグローバル化が進むなかで、創造性や差別化の必要性が経済産業活動においても高まりアートが広く社会に資する、という前提がありました。課として念頭においたのは、アートと経済産業が同時に支えあう持続的な良い関係、好循環を作るにはどうしたらよいか、です。

WWD:アートと経済産業が支え合う?

西村拓 経済産業省商務・サービスグループ クールジャパン政策課係長(以下、西村):端的に言えば、アートへのお金の流れを通じて、アーティストがより稼げる職業になる、アーティストの層、厚みが増すということ。同時に、アートと企業や地域、市民がアートにより親しみ、気づきや創造性を得ること。双方がWin-Winになる関係です。

WWD:報告書で示した2021年の「日本のアート市場規模」は2363億円です。それを高めるためには、アートを「皆のもの」とすると同時に「傑出した何かを生む」、二つの視点があるということですか?

岡村:そうです。それを図にしたのが、資料P12に書いた三角形です。いわゆるトップアーティストと呼ばれる人だけでなくて、本業ではなくともアートに親しんでいる人、いろいろな形でアーティストの需要が生まれることで彼らを支える基盤ができ、トップアーティストも生まれやすい環境につながると考えます。

需要の幅についても、従来型のアート購入の経路に加えて、企業が関わりをもったり、地域の公共空間で展開される芸術際が増やしたりすることで広がり、縦軸横軸で厚みが増す。それが日本文化の海外発信へつながり、「日本ってかっこいいよね」と、クールジャパンに戻ってくる。

WWD:では、不確実性が高まると、なぜアートは重要になるのでしょうか。

岡村:報告書の中で、秋元雄史練馬区立美術館館長もコメントしていますが、アーティストは炭鉱のカナリア、つまり100年後、200年後の長期スパンで世の中を健全にするにあたっての課題にいち早く気づく存在である。不確実性が高まる中で企業も先を見通す力が必要になっており、アートシンキングはそこに役立つと言われています。

WWD:その力は今、本当に必要ですね。ではグローバル化とアートの関係については?

西村:グローバル化やテクノロジーの発展により、「よりよいものをより安く」は全世界共通で進んでいく現象です。じゃあ、その中でどう差別化するのか?独自性、個性や付加価値で稼いでいこうとするとき、アートが重要な役割を果たします。ファッション業界は、アーティストとの協業をいち早く始めた産業ですよね。同様のことが他産業でも起きています。

WWD:ファッション産業におけるグローバル化は少し前まで、世界中に同じフォーマットの直営店をオープンし、同じ商品を世界同時に発売することでしたが、最近は地域に合わせたローカライズ、個性が大切です。逆に、世界に出て行くにはもっと自分たちの個性に自覚する必要がある。

西村:そうですね。企業、プロダクトなど、単位はそれぞれですが、そのサービスの固有性がより重視されてゆくと思います。テクノロジーにより「遠くの商品でも買える」「どんなものでも安く自動化できる」中、どう差別化してゆくか。

そうそうたる顔ぶれからのヒアリングをどうまとめた?

WWD:このプロジェクトには何人が関わったのでしょうか?委員名簿には、座長を務めた大林剛郎・大林組代表取締役会長をはじめ、そうそうたる名前が連なり、資料内には日比野克彦東京藝術大学学長といった識者も多数登場します。

西村:我々がお会いして話を伺った方々、という意味では200人くらいでしょうか。

WWD:壮大でぜいたくな経験ですね。人数の分、価値観がある。フレームはどう作ったのでしょうか。

岡村:今回は、フレームを四つ組みし、「企業・産業」「地域・公共」「流通・消費」「テクノロジー」と名前を付けました。「企業・産業」で言えば、アートに投資をしたいと考える企業家に話を聞いたり、「地域・公共」では直島など地域の固有性を生かした事例を取材したり。新しいプレーヤーではECやブロックチェーンを活用しているアーティスト、もちろんアカデミアの方にも話を聞きました。

WWD:ヒアリングの対象はどうやって探したのですか。

西村:まずはネットリサーチですね。そして会いたい方に会いに行く。相手は本当にお忙しい方ばかり。お願いをして時間をもらって「これからの日本のアートのために何が求められるか」をテーマに話を聞いて、文字に起し、報告書にまとめて。1年半かかりました。

WWD:ヒアリングして思ったことは?

岡村:「アートの創造性、素晴らしさは自明」との声があれば、「学術面からみればそのようなデータは揃っていないから経済社会から重要性を認知されない」という声もある。「アートが経済産業に利用されている」という意見があれば、企業からは「アートと取り組みたいが、その真意をアーティストになかなか理解してもらえない」という声もある。それぞれに正しい命題、個々の声をつなげて議論をし、エコシステムにする必要がある、と思いました。委員会ではそのような対話が常に、時には激論がなされた。それがよかったと思っています。

西村:「企業・産業」「地域・公共」「流通・消費」「テクノロジー」のどこかに軸を置いている方が横断して話をすることで全体感を描けたと思うし、ここからまた新しい議論が生まれると思う。

WWD:形があってないようなものに枠組みと目次を立てるような仕事ですね。具体的な取り組みにつながった例はありますか?

岡村:企業に眠るアート作品を活用し、若手の現代アーティストへの支援につなげる新たな関わり方の創出を目指した事業を実施しました。自社で美術品を保有している企業は6割以上存在している一方で、その活用のほとんどはオフィスや応接室などの装飾に限られ、1割近くの企業が活用の手段がわからない、そうです。そこで、「企業コレクションを覗いてみよう展」と称して、企業の収蔵庫に眠るアート作品を一般に公開することで、得られた収益で若手の現代アーティストの活動を支援していく事業を行いました。

西村:開催スペースは都内の高架下の空き店舗をしたのですが、仕事をしながら絵画を描かれているアーティストに「自宅には大きなキャンバスなどおけない。広いスペースで展示する機会を得て嬉しかった」と言ってもらえた。海外市場に目を向けるなら小さいサイズの絵画はインテリアと見なされるから、大きなサイズのアートを制作しないと高付加価値がつかない。

WWD:支援には必ずしも大規模な予算が必要ではない、アイデア次第だと。

西村:報告書ではこれからやるべき方向性を示した段階だから、課題はこれからです。

WWD:ところでお二人は元からアートに関心があったのでしょうか。

岡村:私は10年以上演劇に携わっていて、劇団で脚本を書いてきました。笑って楽しめるコメディーです。だから個人的にも非常に興味がある領域で、「政策としても何か携わりたい」と希望をずっと出してきました。
 
西村:私も元々、挑戦者の支援をしたいと思ってきました。起業家でも研究者、クリエイターでもアーティスト、何かに調整をしている人たちの応援をしたい、支える環境を作りたいと思ってきました。

「アートと経済社会について考える研究会」委員名簿

座長
大林剛郎/大林組 代表取締役会長

副座長
伊藤邦雄/一橋大学 CFO 教育研究センター長 一橋大学名誉教授

秋元雄史/練馬区立美術館 館長 東京藝術大学名誉教授
阿部一直/東京工芸大学 芸術学部 教授 メディアアートキュレータ プロデューサ 井上智治/一般財団法人 カルチャー・ヴィジョン・ジャパン 代表理事
岩渕貞哉/「美術手帖」総編集長
岩渕匡敦/ボストン コンサルティング グループ Managing Director & Partner、マーケティング・営業・プ ライシンググループ 日本リーダー
逢坂恵理子/独立行政法人国立美術館 理事長 国立新美術館長
太下義之/同志社大学 経済学部教授
岡田猛/東京大学大学院教育学研究科 教授
小川絵美子/Ars Electronica Head of Prix Ars Electronica
小川秀明/Director - Ars Electronica Futurelab, Director - Sapporo International Art Festival
片岡真実/森美術館 館長 CIMAM(国際美術館会議)会長
河島伸子/同志社大学 教授
川畑秀明/慶應義塾大学文学部 教授
川村喜久/DIC取締役 兼 DIC グラフィックス株式会社 取締役会長
北川フラム/アートフロントギャラリー 代表取締役会長
熊倉純子/教授 東京藝術大学 音楽学部音楽環境創造科 大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻
小松隼也/三村小松山縣法律事務所 代表弁護士
小柳敦子/現代美術画廊『ギャラリー小柳』ディレクター 公益財団法人『小田原文化財団』代表理事
齋藤精一/パノラマティクス 主宰
施井泰平/スタートバーン代表取締役 アートビート 代表取締役
高根枝里/Tokyo Gendai Fair Director
高橋克周/三井住友銀行 プライベートバンキング本部 理事 本部長
武田菜種/plugin + 代表 Art Basel VIP レプレゼンタティブ日本 東京アートウィーク東京 VIP リレーションズ
中村政人/アーティスト 東京藝術大学絵画科教授
南條史生/森美術館 特別顧問 エヌ・アンド・エー株式会社 代表取締役
野村理朗/京都大学 大学院教育学研究科 准教授
服部今日子/PHILLIPS オークショニアズ 日本代表
福武英明/ベネッセホールディングス 取締役 公益財団法人福武財団 代表理事(副理事長)
真鍋大度/アーティスト、プログラマ、DJ
水野祐/弁護士(シティライツ法律事務所)
山本菜々子/SCÈNE Co-owner, Director
山本豊津/東京画廊 代表取締役社長
特別顧問
福武總一郎/ベネッセホールディングス 名誉顧問 公益財団法人福武財団 理事長 瀬戸内国際芸術祭 総合プロデューサー 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 総合プロデューサー
※敬称略、五十音順

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