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阪急阪神百貨店・山口社長、全社ビジネスアワードで「自己実現をサポート」【百貨店特集2023】

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山口俊比古/阪急阪神百貨店社長

山口俊比古/阪急阪神百貨店社長 プロフィール

(やまぐち・としひこ)1963年8月21日兵庫県生まれ。86年神戸商科大学(現・兵庫県立大学)商経学部卒業後、阪急百貨店(当時)入社。2009年4月川西阪急店長、12年4月阪急メンズ東京店長、14年4月執行役員、15年4月同阪急本店副本店長などを経て、18年4月に取締役執行役員(企画室、営業政策室など担当)。20年4月1日から現職 PHOTO:MASASHI ASABA

阪急阪神百貨店は2023年3月期、旗艦店の阪急本店(阪急うめだ本店、阪急メンズ大阪)の売り上げが過去最高の2610億円となった。だが山口俊比古社長は「一時の追い風に過ぎない」と冷静に受け止める。近い未来の百貨店の役割を「自己実現のサポート」と定義し、社員の意識改革を進める。(この記事は「WWDJAPAN」2023年7月24日号からの抜粋です)

WWDJAPAN(以下、WWD):阪急本店が過去最高業績だ。
山口俊比古社長(以下、山口):抑制されていた消費ムードが一気に戻ってきた。富裕層のリベンジ消費や一般消費者の賃金のベースアップ、株高など一時的な追い風も多い。目先の数字に浮かれず、これからの百貨店像を考えなくてはならない。コロナ禍で百貨店が「不要不急」と言われたことは真摯に受け止めている。世の中が平常化した今、お客さまからは「百貨店で買い物ができて楽しい」という声を聞く。巣ごもりの中、物質的な欲求はECでまかなえたが、心の渇きを満たすことまではできなかった。改めて百貨店は、心の豊かさを提供することが使命であると感じている。

WWD:2030年を見据えた百貨店像に「コミュニケーションリテイラー」を掲げる。
山口:時代や価値観の変化に応じ、百貨店も中身を変えていく必要がある。百貨店は長らく、あらゆる商品を集積して物的欲求を満たす「モノリテイラー」として役割を果たしてきた。しかしECなど競合が増え、百貨店でなくても自由に物が手に入る世の中になった。当社はここ10年、商品の背景にあるカルチャーやライフスタイルまで伝える「情報リテイラー」を目指してきた。阪急本店では、お客さまの関心事ごとに売り場を22の「ワールド」で編集した。
消費者の価値観が多様化しひとくくりにできなくなった今、さらなる転換期を迎えている。お客さま一人一人との接点を深めて継続的な関係を構築し、「なりたい自分」をかなえるために伴走する。これが自己実現のサポートをする「コミュニケーションリテイラー」の役割だ。

社員の4分の1が参加表明も
「まだまだ満足していない」

COMPANY DATA
売上高:4893億円
営業利益:103億円
主要店舗別売上高:阪急本店2610億円、阪神梅田本店553億円、博多阪急505億円、神戸阪急332億円(2023年3月期)

WWD:実現に向けた取り組みは。

山口:従業員の働き方を顧客基点に変える必要がある。昨年から、私自ら社内向け動画に出演し、意識改革の必要性を社員に訴えてきた。「お客様の暮らしを楽しく、心を豊かに、未来を元気にする楽しさNo.1百貨店」という全社ビジョンの傘の下に、「お客さまの喜びは、私たちのよろこび」という従業員1人1人の行動規範となる“バリュー”を設定した。「お客さまの声を聴く」「最善を尽くす」「改善し続ける」という3つの行動サイクルを回し続けることの大切さを説いている。当たり前のことに思えるが、まずやるべきことは百貨店の基本を磨き上げる作業だ。
経営に上からものを言われるだけでは自分ごと化することはできない。今年度から全社員を対象に「お客さまの自己実現をサポートする取り組み」について審査・表彰する「カスタマー サクセス アワード」をスタートした。部門長、店長、担当役員による3回の書類審査を経て、私を含めた全役員の前でプレゼンテーションをしてもらい、候補者を6人に絞り込む。最終審査は、社内ポータルサイトなどを通じてプレゼンテーション動画を公開し、全社員による投票で金、銀、銅賞を決定する。審査項目は「顧客理解度」「情熱」「創造性」「共感度」「継続性」「インパクト」の6項目。エントリーは9月末まで自薦方式で受け付けている。6月末時点で全社員の約4分の1程度に当たる1100人以上の応募が集まっているが、まだまだ満足していない。どんなに草の根的な内容でも構わないので、全社員が参加することに意義がある。

WWD:低迷する衣料品売り場の起爆剤になるか。
山口:正直にいえば、お客さまをワクワクさせる商品やブランドが出てこないと何も始まらない。だがその次のステップとして、お客さまと商品のすてきなマッチングを生み出すのは百貨店の仕事だ。衣料品フロアのブランドを横断してご案内できるのは、百貨店スタッフだけ。「似合う」「似合わない」というあいまいな言葉で片付けず、骨格・カラー診断を駆使し、お客さまの興味関心を深く理解した上で商品を提案する。「カスタマー サクセス アワード」は、そういった接客ができる人材を育成する狙いもある。
小さな店ではあるが、千里阪急(大阪・豊中)の2階婦人服の自主編集売り場「センリ スタイル ローブ」は従業員と顧客がすばらしい関係を構築している。LINEと連動したCRMツール「ミコクラウド」でお客さまとのコミュニケーションを密にし、ニーズにぴったりのお仕事着が提案できている。ただ顧客の購買データと「ミコクラウド」の情報が連動できておらず、従業員にはマニュアル作業で一つ一つつなぎ合わせる負担を強いている。従業員がお客さまとの関係構築に全力を注げる環境を作るため、顧客データを統合したアプリの開発を急ぐ。

若い富裕層の心は
“至れり尽せり”だけでは動かない

WWD:従業員の評価基準も変わるのか。
山口:これまでの百貨店では、バイヤーや企画担当者などの花形職種にスポットライトが当たった。販売員のパフォーマンスを売り上げの数字だけで判断するのは、担当する売り場のカテゴリーやトレンドによって変化するから、必ずしも正当とはいえない。これらの社員の評価制度も「顧客目線」に変えていく必要があるだろう。

WWD:外商が伸びている。
山口:伸び代はまだまだある。百貨店に取り扱いのない商品やサービスの取り扱いを増やしている。6月にパリで行われたオートクチュールコレクションでは、特別なお客さまに外商員が帯同してオーダー会にお連れした。これは初めての試みだった。
阪急本店では、(カード会員以外の)非識別顧客による売り上げも非常に伸びている。中には若い富裕層も多い。百貨店のファンになっていただくための専門組織「クライアンテリンググループ」を昨年発足し、関係構築に力を入れてきた。彼・彼女たちとうまく付き合うコツは、“共創”するという意識だ。若い企業家は人を見る目が鋭い。至れり尽くせりだけでは、心は動かない。多忙な中で貴重な時間を割く価値があるか、人生がより豊かになれるかを吟味する。われわれも、同じ目線に立てる教養ある外商員を育てる必要がある。今年4月に「クライアンテリンググループ」を外商部と統合し、新組織「ロイヤルカスタマー推進グループ」を発足した。これまで外商部に蓄積してきたノウハウやサービスを共有しながら、新しい外商顧客の獲得を加速していく。

取材後記

全従業員参加型のビジネスアワードとは!「コミュニケーションリテイラー」を絵に描いた餅で終わらせず、実現へ推し進める山口社長の実行力に驚かされる。これからの百貨店の役割と考える「自己実現のサポート」は、並んでいる文字だけ見ると少しイメージは湧きづらいものの、本質は従業員が自ら考え、顧客と向き合うこと。「カスタマー サクセス アワード」は、一人一人がそれを自分ごと化して実践するための取り組みだ。1年後に成果を聞くのが楽しみになった。

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