アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。コロナ明けのアメリカでは、ダウンタウン(中心市街地)の衣料品や飲食の店舗の閉店ラッシュが収まらず、治安も急速に悪化している。インフレなど景気だけの話ではない。背景には働き方の変化や自治体の政治姿勢も絡んでいると鈴木氏は指摘する。
日本でも報道されているのでご存知の方も多いと思うが、パンデミック以降にアメリカ大都市ダウンタウン周辺の治安が悪化し、商業への影響が深刻化している。
5月にサンフランシスコ・ダウンタウンの店舗閉鎖を発表したのがノードストロムだ。本体の百貨店と傘下のノードストロムラックの2店舗で、双方ともに観光地としてもショッピングエリアとしても有名なユニオンスクェアに程近い立地である。特にショッピングモールのウェストフィールドに出店している百貨店(4〜7階フロア)はフラッグシップとも呼称される店なので、この報に接したときは少々の驚きを感じた。
およそ1カ月半後に今度はウェストフィールドが債務の支払いを停止し、所有権を債権者に譲渡すると発表した。ウェストフィールドを所有しているウニベイル・ロダムコ・ウェストフィールド(フランスの不動産会社)は、アメリカ市場の縮小を昨年発表しておりその一環なのだが、ノードストロム撤退が引き金になったであろうことは想像に難くない。このモールの昨年の売上高は2019年から35%も落ち込んでいるとメディアでコメントしている。
実はユニオンスクェア周辺では、「アバクロンビー&フィッチ」「H&M」「ギャップ」「クレート&バレル」など名だたるチェーンストアがすでにこぞって撤退しているのだが、ノードストロムが大きく報道されたのはフラッグシップ扱いの有名店だからだろう。
フラッグシップ扱いだったので報道されたもう一つの有名企業が高級スーパーのホールフーズだ。昨年3月にオープンしたばかりの大型店舗の撤退を発表したのが4月である。こちらは地元紙が「ドラッグ使用や犯罪で路上の環境が崩壊していることが店舗を閉鎖に追い込んだ」と報じている。
働き方の変化でオフィス街が地盤沈下
冒頭で「アメリカ大都市」と書いたが、とりわけ深刻なのがサンフランシスコで、次いでニューヨークのマンハッタンである。
調査会社によってバラツキがあるのだが、サンフランシスコの人流は2019年と比較すると25~27%落ちたままで推移しているようだ。またNYマンハッタンの小売雇用数はパンデミック前よりもおよそ20%落ちたままという分析データもある。
双方ともに観光地で、現在はリベンジ消費で観光客が多く、一見すると人流は多い。観光客が多いので高価格帯のラグジュアリーリテーラーは順調だが、オフィスワーカーが減ってしまったため、中間価格帯以下のエッセンシャルなビジネスが打撃受けているという。
オフィスワーカーが減少したのは、パンデミックに端を発したリモートワークの普及のためだ。ピーク時には全オフィスワーカーの60%まで増えたが、昨年10月の時点で29%まで落ち、それ以降減り方が緩やかになったので、定着し始めたのではないかという見方が出ている。
ちなみに週に数日出社するためリモートではなくて「ハイブリッドワーク」と呼ばれ始めている。
この傾向はとりわけダウンタウンに顕著で、一方郊外に立地する多くの企業はリモートワークやハイブリッドワークを昨年中にやめている。理由の一つは通勤時間で、郊外企業は職住接近が普通なので通勤負担が低く、リモートにする根拠が薄い。ダウンタウンに顕著なのは治安も影響していることだろう。
そのためダウンタウンのオフィスの空室率が増加し、早急に別の用途へと転換しなければならないとするレポートが出ている。また大都市周辺部のインフラへの投資が減っているという情報もある。リターンが減ると予測できるので投資企業による投資が減っているのである。
万引きが増加する背景
治安の悪化はパンデミックによって人流が途絶えたことがきっかけだが、政治的な要素も色濃く反映している。民主党が主導権を持つ自治体は厳しい感染対策を強いてロックダウンを長引かせたが、共和党が強い自治体は早い地域では21年初頭には規制を緩めた。そのため前者は経済の回復に時間がかかってしまっている。回復しないのでオフィスワーカーが戻らず、戻らないので治安もなかなか回復しないという、負のスパイラルだ。
もう一つの理由として指摘されているのは、民主党はジョージ・フロイド事件(20年5月に黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官による暴行で死去した事件)をきっかけにして、犯罪者の人権擁護と警察批判に傾き、警察予算を削ったり、活動を監視したり制限するといった政策を取る自治体が増え、そのため市中における警察のプレゼンスが減ってしまったことである。
サンフランシスコもニューヨークも市中の警官を増やすなどして対応を急いでいるのだが、元に戻すにはしばらく時間がかかりそうだ。
治安の悪化に伴って深刻化しているのが万引きだ。日本でも報じられているのでご存知の方も少なくないだろう。
カリフォルニア州は950ドル以下、ニューヨーク州は1000ドル以下の万引きを軽犯罪としており、現行犯でないと逮捕しない、捜査もしない、起訴もしないとされ、そのため常習犯が盗みを繰り返すと言われている。同じ州内でも自治体によって方針が異なるのだが、サンフランシスコ市やニューヨーク市はこれで万引きが増えたとされている。
またネット通販の普及で売りやすくなったため組織犯罪が増えているという指摘がある。南米からそのために集められた人たちが入れ替わりアメリカに入国し、州をまたいで移動しながら集団で万引きを繰り返すといった手法が報じられている。
さらにチェーンストアが店員ガイドラインで店頭犯罪を放置するよう義務づけていることも背景にある。万引き者が武器を持っているリスクがあり店員を守ることを目的とし、防犯カメラですべて記録しているから処置はすべて会社が引き受けるとする。そのため万引き者は店頭でやり放題となっていて、犯罪抑止力が薄れてしまっているのが現状である。
商業地図の塗り替えが進む
ニューヨークのマンハッタンは打撃を受けているが、川を隔てたブルックリンは完全に復活しているなど、人の動きの変化によって商業地が移動していることが指摘されている。オフィスに行かないので、住居の近くで消費するのだ。
アメリカのダウンタウンは、1950年代以降のモータリゼーションの開始で人が郊外に動いたため地盤沈下し、ドーナツ化現象と呼ばれたこともあった。80~90年代頃からダウンタウンの再開発が活発化し、人が戻りはじめ復活して活況を呈したのだが、コロナを機に再びドーナツ化が始まった。
これは一定地域内での動きだが、州単位でも同じトレンドが起こっている。カリフォルニアやニューヨークからの人口流出が続いており、いっぽうテキサスやフロリダの人口が増えている。
小売りや外食は人口が増えている地域を狙うのが王道なので、人口が減っているダウンタウン、または州や市といった地域のプライオリティが低くなるのは仕方のないことだろう。
パンデミックをきっかけにして消費者の活動場所が大きく変わり、それが小売や外食に少なからぬ影響を及ぼしているのである。この傾向はしばらく続くだろうと考えている。