マークスタイラーの「エモダ(EMODA)」が復調している。コロナ禍ではリアル店舗の売上高が急減したものの、新しいテイストの商品を織り交ぜた提案で顧客の支持を回復している。立役者は今春、ブランドの事業部長に就任した市原藍氏。2009年のブランド発足以来、初めての女性事業部長となった。コロナ禍で自らが部内コミュニケーションの潤滑油となり、地道な種まきを続けてきた。
市原氏は外資系アパレルを経て13年、「エモダ」の営業部長としてマークスタイラー入社。「ムルーア」を経て、コロナ禍の20年5月に副事業部長として戻ることが決まった。「エモダ」はファッションビルなど商業施設の店舗が大半で、当時は緊急事態宣言などによる休業・時短営業で売上高が激減していた。リアル店舗の販売比率は約65%。低いEC化率は「販売員とファンのつながりの証」と楽観的に捉えていたが、その分ダメージは大きかった。「在庫が消化できないから、新しい商品が仕入れられない。にっちもさっちも行かない状況だった」と市原氏は振り返る。
自らコミュニケーションの橋渡し役に
「エモダ」は「リエンダ」のカリスマ販売員だった松本恵奈(現クラネデザイン社長)がプロデューサーとなり立ち上げた。松本を中心とする企画チームが、女性が今着たいと思うトレンドを、ブランドらしいフィルターを通じてエッジーに表現してきた。その成り立ちから、事業部は企画チームが主導する傾向が強い。「いつも企画室で女子会のようににぎやかに、熱量高く商品についてあれこれ話し合っている」。松本が退任して10年以上が経つ今も、当時からの生え抜きスタッフは多く、クロップドトップスによる肌見せ、スキニーデニム、厚底ブーツといったスタイルを守り続けてきた。
「メンバー全員がブランドにプライドを持ち、自分で考えて動くことができる」。ただ、一匹狼な気質がコロナ禍では裏目に出た。「目の前のことに一生懸命だけれど、チームとしては機能不全に陥っていた。企画チームが一生懸命作った服が売れない。なら、営業チームの売り方が悪いんじゃないか。MDはどういうロジックで販売計画を立てているのか。PRチームは機能しているのか。そんなふうにチーム間の食い違いが小競り合いになり、事業部全体の空気が悪くなっていた」。
必要なのは、誰かが部署間のコミュニケーションの橋渡し役になることだった。企画・MD、営業、PRが一枚岩の組織を作らなければ、コロナ禍は乗り越えられない。市原氏は副事業部長という立場ながら、自ら「伝書鳩」の役割を買ってでた。「というより、それしかできなかった(笑)。こうやったら売り上げがバーンと上がる、みたいな魔法はない。今は我慢をして地道に変えていくことが、ゆくゆくはブランドのためになると考えた」という。
組織運営におけるコミュニケーションの大切さは、過去の経験から心得たものだ。マークスタイラーに転職し、デベロッパー商談などは未経験ながらいきなり「エモダ」の営業部長を任された。店舗の運営や売上管理に加えて、150人以上を抱える販売員と向き合い、モチベーション維持に努めた※。当時の営業部長の役割を「何でも屋」と自嘲気味に話すが、一人一人と向き合うことが強いブランドを作ると知った。
※現在は販売部は本部直轄の組織となり、ブランドを横断して販売員を育成・管理するシステムになっている
風通しのいい組織が商品も変えた
「エモダ」の副事業部長に就任して以降は、一日あたり3〜4人を目標に、それぞれ1時間ずつ話す場を設けた。「他のチームの成果について、誰も気に留めないような状況を変えなければならなかった。例えば、PRチームがコラボ商品をインスタにアップしたなら『流入率はいいか』『予約数はどうか』と聞く。今日の店舗の売り上げがよかったら、『なんで?』って口に出す。『自分ができていればいいわけじゃない』と伝えた。チーム間のいざこざが起きたら、間に入って翻訳することもあった」。
組織の風通しがよくなるにつれ、商品企画もいい方向に変わっていった。「お客さまから『デザインが大人っぽくなった』と言われることが増えていた。これを話し合いでブレイクダウンすると、重ね着を前提にした、着方が難しい商品ばかりになっているということだった。『エモダ』は、それさえ着ておけば『エモダ』らしくなれて、スタイルアップできる分かりやすさが武器。徐々に原点回帰している」。23年春夏からは、ワイドジーンズやロゴアイテムなどを取り入れ、スタイルアップに改めてフォーカスした提案が新客・顧客から共に支持を得ている。
「やっとスタートラインに立てた」と市原氏。「今は企画が営業に対して『店頭で何が売れているの』『今日の売り上げランキングを教えて』と尋ねるのも普通になってきた。本当に小さなことだが、着実にチームとしての成長を感じる」と話す。市原氏の対話による改革はこれからも続く。「これからは地方に気兼ねなく出張できるから店舗のスタッフにも会える。少しずつ変えながら、答え合わせをしながら前進していきたい」。
取材後記
「エモダ」「ムルーア」を筆頭に若い女性に厚く支持されるブランドを多く抱えるマークスタイラー。そんな同社に限らず、アパレルメーカーでは事業部長など売り上げの「数字」に関わる責任者は男性、企画など「感性」を発揮するポジションは女性といった前時代的な分業の考えが残る。そのような中、周囲を納得させる結果を出して事業部トップになった市原氏。女性だからこそ、企画チームの「私たちが着たい服を作りたい」という熱量が理解できるし、部内の橋渡し役もこなせるのだろう。これまでの男性事業部長とは一味違う、新しいリーダーとして引っ張ってほしい。