ショーの中盤、顔を黒いニットで覆ったモデルが、映画「千と千尋の神隠し」の"カオナシ"に見えてしまったとしてもそれはあながち間違っていない。なぜなら、デザイナーの川久保玲からのキーワードは「モンスター」だから。ただしキャラクターとしてのモンスターではなく、人間の怒りや悲しみが服を借りて具現化した「モンスター」。それは醜か美か、と見るものに問いかけている。
ファーストルックは、巨大なメンズのジャケットとニットのインナー。2着はステッチで繋がっていてワンピースになっている。権威を欲するスーツの男の欲望が肥大化した、という意味だろうか?
続くほとんどのルックがネイビーや黒、グレーのニットで、素材はウールやコットン、アクリルなど。ローゲージからハイゲージまでさまざまなニットがハイブリッドされている。ボトムスも穴の開いたニットを転写プリントしたタイツだ。嫉妬や欲望が内面から溢れ出すように首回りは伸びて、ニットの袖は3本、4本と増殖して飛び出し、身体の周囲に絡まり拘束してゆく。
この服が実生活で着られるか着られないかを議論することは無意味だ。映画監督が映像やストーリーを通じてメッセージを伝えるように、川久保玲はファッションショーを通じて、今の彼女が考える「美しさ」についてメッセージを伝えている。
そしてそんなショーの在り方を実現・継続させているのは、時代のムードをとらえる嗅覚の鋭さにある。ショーのキーワードである、ニット、メンズ服、オーバーサイズ、レイヤードといった要素は、ずばり今シーズンのトレンド。巨大なルックとなって登場するランウェイではトレンドには見えないが、展示会でコマーシャルのラインを見れば、ショーの強いメッセージと"トレンド"はバランスよく服に収まっていることがわかる。欲望が"増殖"したような編み込みは小さくなってコンパクトなセーターに飾られ、穴開きニットの転写プリントもTシャツとして登場する。
これらのアイテムについて、トレンドと表現されることは、川久保玲は好まないだろう。しかし、トレンドとは人間の気持ちであり、欲望。人間の欲望を知ろうと追求しているデザイナーが、結果トレンドを突く服を提案することになるのは当然だ。