アトモスの創業者・本明秀文さんの独自の目線と経験から、商売のヒントを探る連載。「WWDJAPAN」が調査したファッション&ビューティ関連上場企業の「2023年版 社長&役員報酬ランキング」によると、今年、報酬が1億円を超えたのは31人で、1位は伊藤忠、岡藤正広会長CEOの8.84億円。売上高2兆円超を誇るファストリ柳井正社長は4億円で5位だった。これを多いと感じるか少ないと感じるかは人それぞれではあるけれど、ピンと来ない人もいるはず。というわけで、今回は社長の報酬についての話。(この記事は「WWDJAPAN」2023年8月7日号からの抜粋です)
――「WWDJAPAN」の「社長&役員報酬ランキング」を見て、個人的には正直、海外に比べて「日本は夢がないなぁ」という感想を持ちましたが、この報酬の正しい意味を教えてください。
本明秀文・アトモス創業者(以下、本明):まず、経営者には「雇われ社長(サラリーマン)」と「起業家(創業者)」の2通りがある。ここでは、岡藤さんは雇われ社長、柳井さんは起業家だね。僕は靴業界に長くいたけど、靴業界でこのランキングに出ていない人がいる。誰だと思う?
――ABCマートの三木(正浩・最高顧問)さんですか?
本明:そう。ランキングを見ると、雇われている人は会社から給料をもらうから給料が多い。でも起業家は全体的に給料が少ない。給料は、所得税の累進課税(所得が高いほど税率が上がる)で最高税率(所得税+住民税)が55%。半分以上が税金だから、9億円もらっても手取りは約4億円になってしまう。だけど、株は分離課税で20%。配当金をもらえるから、起業家は給料を少なくしたい。給料は年間0円でも1円でもいい。海外だと雇われ社長は、給料+株の配当金で報酬をもらうことが多いんだけど、それがストックオプション(会社が個人に対して自社株を特定の金額で購入する権利を与える仕組み)だね。
――起業家の株の配当金なんて、想像がつきません。
本明:四季報なんかを見れば誰が株主か分かる。ABCマートの場合は三木さんが16.9%、三木さんの家族が2.9%で、合計約20%の株を持っている。一株当たりの配当金が85円。それが年2回だから、年間で約28億円もらっている計算になる。それを給料として受け取ると15億円以上税金で取られてしまうけど、株の配当金であれば、約5.6億円に抑えられる。それと、株主リストのイーエム・プランニングも三木さんが代表を務める会社だね。ここが株を42.4%持っているから三木さんは関連会社も含めると60%以上持っている。そうなると年間に約84億円、株の配当金だけでもらっていることになる。だからこのランキングを見ると、海外と比べて報酬が少なく感じるかもしれないけど、それは税制が関係しているから。みんな税金と戦っているんだよ。
――日本のように給料で支払うのと、アメリカのように給料+ストックオプションで報酬を支払うのだと、どちらがいいんでしょうか?
本明:会社としては、儲けを給料として渡すか配当金として渡すかの違いだけど、株を持っている人たちからしてみたら株価が上がればいいわけ。だから、儲けたお金を使って自分たちで株を買い、株価を上げる場合がある。それが「自社株買い」。例えば、1株100円の株が100株あるとして、自社株買いで20株買うとする。株は数が減ると価値が上がるから、80株になると、1株120円に上がる。コロナ禍でそれをやり過ぎたのがアディダス。企業というのはバランスだから、お金が余ったら投資するか株主に配当するのが基本。だけど、今年利益が出ていても翌年調子がいいとは限らないから、投資して会社を成長させる必要がある。でもアディダスは、どういうわけか必死に自社株買いを続けた。だから、日本とアメリカのどちらの経営が正しいかは難しい。
――たとえ経営難に陥って株価が下落してしまっても、自社株買いして株価を意図的に上げれば、自分の報酬が増えるわけですもんね。
本明:そういうことだね。多くのサラリーマンは、世の中の仕組みをそこまで理解していない。消費税は毎日見るから10%が10.21%になればみんな怒ると思う。でも給料から同じ額が復興税として取られても気にしない。そういうステルス税はたくさんある。でも経営者は、それを気にできる人じゃないと、生き残っていけない。日本人は給料が上がらないし、上がっても税金で取られてしまうから、経営のプロたち(サラリーマン)は、みんな税金の少ない国に行ってしまうんだよね。