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PR会社プレッセが余剰コスメを児童養護施設出身者に コスメがつなぐ未来<前編>

千田尚美/プレッセ取締役 プロフィール

(せんだ・なおみ):経営に関わりながらオーガニックコスメやドクターズコスメ、美容機器までさまざまな人気ブランドのPRを担当。近年は社会福祉イベントへの協賛や今回紹介する支援など、メディアコミュニケーション以外の視点からも、コスメを介した活動に積極的に参加する

ブローハン聡/一般社団法人コンパスナビ事務局長・支援事業部 部長代理 プロフィール

(ぶろーはん・さとし):フィリピン人の母、日本人の父の間に婚外子として生まれる。4歳から母の結婚相手(義父)から虐待を受け、11歳のときに保護され児童養護施設へ。施設卒園後は病院の看護助手、携帯電話販売ショップなどで働く一方、フリーのモデル・タレントとして活動。現在は埼玉県の一般社団法人コンパスナビで児童養護施設退所者のアフターケア事業(クローバーハウス)に携わる。また児童養護施設出身者として、講演やYoutubeの配信など当事者活動を行う

河西景翔/子育てアドバイザー プロフィール

(かわにし・けいと):小学生の頃から保育士を志し、中学生からは保育園でのボランティア活動に参加。2002年に保育士・幼稚園教諭の資格を取得。保育士・幼稚園教諭として15年以上保育の現場で働く。現在は、子育てアドバイザー・保育環境アドバイザーとして保育の現場とも関わりながら、子どものみならず、保護者支援にも注力。“育児も保育もファッションも男女の境はない、ジェンダーレスな社会づくり”を目指し、SNSやウエブなどで日々発信をする

コスメブランドのマーケティング、ブランディング、宣伝を担うPR会社には、各ブランドからPR用のコスメサンプルが届く。それらは主にメディアへの貸し出しや美容業界関係者へ配布されるが、消費しきれないまま新品のまま残ってしまう現状がある。美容業界特化型のPR会社プレッセは、今春からそれら余剰のPR用サンプルを児童養護施設出身者への支援へつなげている。今回は千田尚美プレッセ取締役、余剰コスメの届け先で児童養護施設出身者のアフターケア事業「クローバーハウス」運営に携わるブローハン聡氏、ジェンダーレスな社会を目指す子育てアドバイザーであり両社の架け橋となった河西景翔氏による鼎談を行った。業界の現状を知るとともに、コスメの可能性について探る。

20代の若手社員たちが声を上げ、支援事業が動き出した

WWD:プレッセにおける余剰サンプルの現状は?

千田尚美プレッセ取締役(以下、千田):弊社は約30社のPRを担当しているので、ヘアケア、スキンケア、ファンデーション、カラーメイクなどメディアへの貸し出しから戻った商品は1カ月間で段ボール何箱分にもなります。各ブランドが一度倉庫から出庫した商品は市場へは出せないため、弊社が預かるのです。ブランドのご好意でわれわれが実際に使わせてもらうことで商品探求へ生かしていますがそれでもかなりの量が残ってしまうのが現状。最終的に破棄することが20年ほど続いていましたが、昨年ようやく社内で具体的な話し合いが始まりました。

WWD:昨年動き出したのは、何かきっかけがあった?

千田:“寄付してどなたかに使ってもらいたい”思いはあったものの、支援先に当てがなく、ブランド側のリスクとしては転売問題がありました。弊社もこの問題を解決する手立てがなく長年破棄せざるを得ませんでした。しかし昨年、20代の社員たちが「どうにかしたい」という声を改めて上げてくれ、今動かなければと。そこで今年1月にイベントでお会いした河西さんに、余剰サンプルをどこかへ寄付できないかと相談しました。

河西景翔・保育アドバイザー(以下、河西):そうでしたね。大阪の育児放棄事件が題材となった映画「子宮に沈める」の公開から10年が経ち、改めて作品と向き合おうというイベントが行われたんです。プレッセはこのイベントに協賛してくださり、ちょうど参加していたブローハンさんを紹介しました。彼が支援しているのは、主に児童養護施設を出た18歳以上の人たちなので、コスメが必要な機会が訪れるはずだと思って。

千田:中学生や高校生にメイクを推奨しないブランドもある中で、全ての条件がぴたりとはまりました。早速ブローハンさんに、サンプルを受け取ってもらえないか聞いたところ、ぜひ受け取らせてください!と。その後すぐにヘアケア、スキンケア、カラーコスメなど約20人分の量を詰めてクローバーハウスへお送りしたんです。

ブローハン聡コンパスナビ事務局長・支援事業部 部長代理(以下、ブローハン):コスメが届いた時の喜びといったらなかったですね。事務所に支援が届くと、利用者登録をしているみなさんにオフィシャルラインで共有するのですが、その日は平日にもかかわらずたくさんの人が来てくれました。

WWD:各ブランドへはどう説明し、どのような反応があったのか?

千田:実は初回は、相談レベルでお話できるブランドのみを送りました。何より受け取られる方の反応を知りたかったんです。結果、懸念していた転売はありませんでしたし、当然SNSに投稿されることもなかった。これは本当に使ってくださっているんだと思っていたところに、「こんなにかわいい化粧品は今まで使ったことがなかったからうれしい」とお礼の手紙をいただいて。お送りしてよかったと思うと同時に、活動を続けなければと思いました。手紙を持って各ブランドへ支援活動の説明に伺うと、ネガティブな声はほぼなく、ぜひ活動に生かしてくださいと言ってくださいました。それから平均して月に1度、余剰のPRサンプルをお送りしています。

WWD:支援活動を始めて半年。感じている課題は?

千田:現在はクローバーハウスと直接のやりとりですし、ブローハンさんが来所者と信頼関係性を築いているのを見ているので、安心して商品をお渡しできます。けれど今後、支援活動が広がったときに、万が一転売サイトへ出されたとしても追うことはできません。また、大量に送りすぎると迷惑をかけてしまうのではという懸念もある。いずれの場合も、コミュニケーションを怠らずに最適な方法を都度考えたいです。活動が広がることはわれわれの願いでもあります。社内できちんと担当化して活動の大きな柱として構えられたら、弊社の担当外のブランドさんへもお声がけしたいですね。そして何より、PRサンプルで行っている活動なので旬なアイテムをお送りしたい。楽しんで使ってもらえたら、これほどうれしいことはありません。

無関心を関心へ。他人事から自分ごとへ。

WWD:河西さんとブローハンさんはどのようにつながったのか?

河西:2020年に、ブローハンさんの新聞記事を読んで僕からコンタクトを取ったんです。児童養護施設についてもっと知りたいと思っていた時に、彼の存在と活動を知って。自分の志ともすごく似ていたので、すぐに意気投合しました。

ブローハン:景翔さんは、オレンジのモコモコしたコートを着ていましたね(笑)。何者なんだろうと思いながら会いに行きました。僕は人と会うのが好きで、呼ばれたら行くというスタンス。福祉の枠を超えた形で、“無関心を関心に変えていきたい”という思いがあるので、景翔さんにはいつも背中を押されています。僕の経験はたしかに辛いものでしたが、悲しいもので終わらせたくありません。Youtubeで自分の経験や活動を発信しているのも、一見無関係な人たちにも、半径5メートルの日常の世界に目を向けてほしいからなんです。

河西:都会はなかなかSOSを出せない人も多いのと同じように、われ関せずと見守ってしまう人も多いですよね。先日、電車で “子どもを助けたいので困っていたら声をかけてください”と書いたバッジを身に付けた18歳前後の女性を見かけました。そういうものがないと動けない社会ってどうなの?という人もいるかもしれませんが、都会においては有効かもしれない、と。この支援の仕方、いいなって思いました。

「人生をリスタートするタイミングに立ち会っている」

WWD:クローバーハウスには主にどのような人が訪れている?

ブローハン:クローバーハウスは埼玉県の児童福祉事業の一つで、児童養護施設(里親、児童自立施設なども含む)を退所した18歳〜30歳前後の人が利用しています。退所後にスムーズに社会に溶け込める人ばかりではなく、施設出身者がシングルマザーとなり子どもをまた施設に預けることになってしまった、妊娠をした、ホームレスになったなどさまざまな事情があり、児童養護施設を介してここへたどり着きます。また、クローバーハウスを拠り所としてくれ、社会へ出たあとも定期的に顔を見せに来てくれる人もいます。利用者が似た状況で困っている友人を紹介してくれるケースもありますね。

WWD:具体的にどのような支援を行っているのか?

ブローハン:スーツや食料、生活必需品、普通運転免許取得のほか、自立支援や就職支援、居住支援など生活全般の支援を行っています。今ではプレッセのように応援してくださる人が増え、支援の輪が広がっています。コスメは初めていただきましたが、施設退所後に就職活動に向かう際にも、心を満たす意味でも大切なものなのだと実感しました。

WWD:18歳で児童養護施設を退所した後に、苦労する人も多いという話も耳にする。

ブローハン:その理由に、高齢児保護が増えてきていることがあると思います。以前は乳幼児期に児童養護施設で預かり、長い年月をかけて職員さんと信頼関係を築きながら成長していくケースがほとんどでしたが、最近は16、17歳でようやく保護されるケースが増えています。心がズタボロの状態で施設へやってきて、初めて衣食住が整う空間で暮らすことができても、18歳までには出なければなりません。虐待を受けた子たちが回復するには、その年月の6倍の時間を要すると言われている中で、時間があまりにも足りない。それまで普通のことを普通に体験してこられなかった子たちが、18歳になってすぐ社会に順応できないことは想像にあまりあると思います。隣の人の手が上がるだけでも反応してしまう、男性を見るだけでも震える、人の顔色を伺ってしまうなど、つまずき方は人それぞれ。僕はクローバーハウスにたどり着いた人と少しずつ会話を深めて、SOSにつながる瞬間を見ています.

WWD:ブローハンさんは、どのような思いを大切に皆さんと向き合っているのか?

ブローハン:いつでも戻ってこられる“居場所である”と伝えたい。クローバーハウスを自分の居場所として利用する人、ここを出発点に次の場所へ進む人、彼氏ができて失敗して戻ってくる人……。どんな状況であれ、自分の人生をリスタートしようとしている子たちと一緒に並走したいと思っています。そして、洋服やコスメを自分で選び、受け取ることは、生まれ変わる瞬間に立ち会えるということ。18歳、19歳というのは、大人になりきれない中途半端さと共にいる難しい時期です。本人たちにとってはじれったい時間かもしれませんが、揺れていた気持ちが自信に変わる瞬間を僕は何度も見ています。コスメは、そのリスタートの大きなきっかけになっていることを今回お伝えしたいと思いました。

WWD:今後、必要なことは?

ブローハン: 細く長く付き合う関係性をたくさん増やしたい。その中で、可能性と選択肢を増やしていきたいんです。先日、プレッセの皆さんがクローバーハウスへ来てくれました。利用者の皆は初めて、届く物にも誰かの思いが乗っていることに触れられたと思います。僕が向き合っている若者たちにとって、選択肢はとても大切です。自分たちを見てくれている人がちゃんと居るんだ、ということを実感できる機会をこれからもつくりたい。その安心感は、自分の人生を主人公として生きることにつながっていくと思います。

WWD:将来、化粧品に携わる仕事をしたいという人がいるかもしれない。

千田:それほどうれしいことはないですね。

ブローハン:それこそ仕事している姿を見てほしいです。家庭から出たことがない子どもたちも多いので、いろんな大人を見るという意味では、仕事をして社会で生きていくこと、人と人の掛け算で仕事が成り立つこと、その姿を見られるというのは視野を広げてくれるはずです。

パフォーマンスではなく、本当に必要な人に届けるべき

WWD:コスメにはどんな力があると感じる?

ブローハン:着の身着のまま沖縄から逃げて来た女の子が、クローバーハウスで洋服やコスメに触れる中で、こんなに人って変わるんだと驚きました。自分の瞳を隠していたカラコンを外して素顔に近づき、自分らしくなれたというか。コスメについては全く無知でしたが、この半年間で変わる力を実感しています。

千田:笑顔にさせることができるんだと改めて感じます。私自身、日々ビジネスとして当たり前のように触れていたので、お手紙から溢れる“使えてうれしい”という純粋な気持ちを知り、この支援を続けたいと強く思いました。

河西:先日、子ども食堂で母親向けのメイクレッスンイベントを行なったんです。その時に一番すごいと感じたのは、コスメのホスピタリティ。子ども食堂では、不登校の子たちがスタッフとして手伝ってくれているのですが、今回のイベントにお母さんと一緒に参加してくれた子がいました。メイクでお母さんがきれいになっていく様子を見て、初めは部屋のすみっこの方にいた子が前へ出てきて、お母さんの眉毛を描いてあげたんですね。それを施設長が見て、「あの子はここへ来ても影に隠れていたけれど、今日は自分が出せたんだと思う。自分がメイクをするんじゃなくて、お母さんをきれいにしてあげようという、その気持ちがうれしい」という言葉を聞いたときに、コスメには人を癒す力があると思いました。

WWD:コロナ禍以前に比べて、支援を必要とする人が増え、ボランティアで活動を行う支援する側が疲弊してしまうという現状もあると聞く。

河西:企業の協賛が多い富裕層へ向けたエシカルイベントはたくさんあるんです。ブローハンさんの言葉を借りると、関心を無関心に変えるきっかけになるので、素晴らしい取り組みだとは思います。けれど、みんなで一緒に育つ社会を目指すのであれば、貧困で悩む人たちにも手を差し伸べることが必要ですよね。例えば、コスメを絵の具に変えてアートを描くという取り組みは、いい思い出にはなる。けれど、使えるコスメを必要な方へ提供したらコスメとしてちゃんと使ってもらえます。提供してもらった人たちにとっては、その時の喜びだけでなく、未来への可能性へつながっていくわけです。誰かが手を差し伸べて助けてくれたという事実があるだけで、未来が全然違うと思うんです。

WWD:エコ、エシカル、SDGs……全て、継続していくべき命題。コスメ業界で考えると、“作ること”全体の話にもなっていくかもしれない。

河西:ファッションイベントでそれらのテーマを掲げていても、裏を返すと何も行われていないこともあります。ジュンから今秋ローンチされる「リ アッシュ」は面白いですよ。循環型ファッションプロジェクトで、リメイクを通して捨てられてしまう洋服に価値を生みながら社会問題にも取り組む試み。貧困層の子どもたちは服を買えない現状がありますが、リメイクすれば洋服は着られる、足した丈だってむしろおしゃれという新たな価値観を作ってくれると思います。コスメもゼロからイチを生み出すばかりではなく、今あるものに“本来の役割”を残した上で使うことを業界全体で考えていけたら、本当に必要な人たちへの支援になると僕は思います。

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