ファッション

山の日直前! 日本発アウトドアブランド「ティートンブロス」に聞く徹底現場主義なモノ作り

明日8月11日は「山の日」。台風上陸前を狙って、登山予定を立てている人も多いのでは?登山はゴルフと同様にコロナ禍中に若返りが進み、若い登山客を中心に支持を集める新興アウトドアブランドが増えている。「WWDJAPAN」5月8日号の“登山特集”で取り上げた「山と道」が代表格だが、こちらも頻繁に山で着用者を見かけるのが、日本発の「ティートンブロス(TETON BROS.)」だ。山好きなら、フロントファスナーが斜めに走るシェル“ツルギジャケット”のブランドだと聞けば分かるはず。同ブランドの鈴木紀行社長に話を聞いた。

WWD:夏山で「ティートンブロス」の“ツルギライトジャケット”やウィンドブレーカーの着用者を見かける機会が増えている。ブランドのオリジンは冬山だが、そもそもどんな経緯でブランドを始めたのか。

鈴木紀行ティートンブロス社長(以下、鈴木):サッカーの実業団選手を目指して体育大学に進学しましたが、ケガもあって卒業後は体育教師になろうと思っていました。でも教育実習に行ってみると、日本の教え方にはどうにも納得ができない。それで、たまたま米国のワイオミング州の会社がアウトドアインストラクターを募集しているのを見つけて、行ってみたのが全ての始まりです。ワイオミング州のジャクソンホールは、世界一急な斜面があるスキーエリア。英語も得意じゃなかったし、スキーも未経験でしたが、そこでスキーを覚えました。

米国には約3年いて、帰国後もアウトドアガイドなどとして働いていました。そんな中、ジャクソンホールで出会った五輪金メダリストスキーヤーTommy Moeを通じて、米国のスキー代表チームのサプライヤーでもあったスキーウエアブランド「スパイダー(SPYDER)」の日本代理店を務めることになったんです。10年間やって、ディストリビューションだけでなくアウトドアカテゴリー(ゲレンデではなく自然の山の中を滑るバックカントリースキー用ウエアなど)の企画も担当させてもらいましたが、ある年、アウトドアカテゴリーが本国の判断で休止しちゃった。情熱を持って打ち込んでいたものを失って、悩んだ末に「だったら自分たちでやろう」と立ち上げたのが「ティートンブロス」です。それが2007年でした。

東レと組んで素材開発

WWD:アウトドアブランドの運営ノウハウは、「スパイダー」の代理店時代に既に身につけていた?

鈴木:「スパイダー」では販売だけでなく商品企画、モノ作りもさせてもらっていたので、ある程度の土台はできていました。ですが、そうは言っても素人です。作りたい製品の最終形は見えていても、どうパターンに落とし込んだらいいのかといったことは分からない。支えてくれたのは仲間たちです。「スパイダー」時代につながっていた北海道のニセコなど、各地のスキー場パトロールやバックカントリーガイドといった山のプロたちが製品開発をサポートしてくれました。「スパイダー」時代の卸先は、実物の製品を見る前からオーダーを入れてくれました。

07年に製品第1弾であるバックカントリー用シェル“TBジャケット”“TBパンツ”を発売しようと思っていましたが、台湾の素材メーカーと組んで開発していた素材が思った通りに仕上がらず、どうしても納得がいかなかった。その年はドロップすることに決め、オーダーしてくれていた店にはおわび行脚です。その次の年から、東レとタッグを組んでの素材開発をスタートしました。

WWD:ポーラテックと組んでいた期間を経て、現行の“TBジャケット”“TBパンツ”には、東レと組んで開発した防水通気素材「タズマ」を採用している。東レというと、「ユニクロ(UNIQLO)」をはじめとした大手ブランドと組んで素材開発をしているイメージが強いが、何の実績もなかったブランド立ち上げの時点で、どうやって東レを説得したのか。

鈴木:東レがなぜうちと組んで素材開発をしてくれているのかは、今も不思議です(笑)。サンプルをキャリーケースに詰めて東レの本社を飛び込みで訪ねて、1階の受付から電話をして「相談に乗ってほしい」と掛け合いました。ブランドや作りたい製品のことを説明したら、「とりあえず少量でもいいので一緒にやってみましょう」と言ってくれた。これは僕の推測ですが、日本発のアウトドアブランドって、規模が大きくて本格的なものは「モンベル(MONT-BELL)」以降出ていません。一方で、海外にオリジンのあるアウトドアブランドは今非常に人気があるし、そういったブランドには東レをはじめとする日本の大手素材メーカーがみな供給している。日本発のアウトドアブランドを応援しようという気持ちなのかもしれません。

あともう1点、これは僕らの強みですが、「ティートンブロス」は製品のフィールドテストを年中行っています。秋冬製品についても、日本が夏の間は南半球にいる仲間に頼んでテストを続けているので、文字通り1年を通して製品についての生の声を集めることができる。現場からのフィードバックを豊富に提供できることは、東レのR&Dにとってもメリットになっているんだと思います。もちろん、(気温や湿度などを人工的に再現・管理した)研究室の中での数値は東レとしても集めていますが、実際に人が山で製品を使ってみて、初めて分かることもある。例えば、マイナス20度まで耐えられる素材だと研究室では出ていても、実際にマイナス20度で着てみたら硬くなりすぎて動きが制限されてしまうといったこともある。僕自身、冬は仲間たちと頻繁に山に入っています。一緒にいると、わざわざメールや電話で伝えてはこないであろうフィードバックもその場で見聞きできる。そんなふうに、自分が現場にいられる体力やスキルは最低限持っていないといけないなと感じています。

WWD:アウトドアブランドにとって、素材は生死にもかかわる重要なもの。話を聞いていても、素材へのこだわりを強く感じるが、「タズマ」は具体的にどんな機能を持っているのか。

鈴木:「タズマ」は防水通気素材です。一般的にシェルジャケットでは透湿防水といった機能をよく耳にすると思いますが、僕らが一番求めているのは透湿性ではなく通気性。透湿性というのは、ある程度生地の内側と外側で湿度に差が出て初めて蒸気を外側に逃すことができますが、通気性は着た瞬間から換気が始まる。“TBジャケット”で想定しているバックカントリースキーやスノーボードでは、山を自分の足で登るので汗をかく。通気性がなければ汗冷えしてしまいます。

「タズマ」は基布もメンブレン(防水通気フィルムのこと)も東レと組んで開発しています。最終的にわれわれが求める素材のスペックは既に東レに伝えていて、それは現段階では到底達成できない耐水圧と通気性のバランスです。日本の素材メーカーはアイデアの引き出しがたくさんあって、「こうしたい」と要望すると、「じゃあこうしましょう」と違う角度からも提案をくれる。海外メーカーと違って新幹線ですぐ見に行けますし、話がすごく早いのは助かっています。

WWD:冬山の話が続いてきたが、“TBジャケット”と共にブランドの看板になっているのが、夏山でも着用者が多いシェルの“ツルギジャケット”(夏用は“ツルギライトジャケット”)だ。販売枚数としては“ツルギジャケット”がブランドで一番多い。

鈴木:“ツルギジャケット”はアイスクライマーである元NATO山岳部隊所属の友人らと、「“TBジャケット”よりももっと軽いシェルがほしい」という考えで開発を始めました。服のパーツで一番重いのはファスナーなので、ファスナーはできるだけ短くしてプルオーバー型にしたい。でも、ファスナーをセンターに配したままで短くすると、着脱に必要な長さが取れない。それで、ベンチレーションも兼ねて斜めに配置することにしました。センターにファスナーがないので、クライミングをしているときに足元がよく見えて動かしやすい。裾のドローコードストッパーはセンターに設置して、クライミングハーネスに干渉しないようにしています。開発過程では、フィールドテストとして友人たちにモンゴルの未踏峰にも“ツルギジャケット”を着て行ってもらいました。ファスナーが斜めに走っていることで、体を捻った姿勢で滑るスノーボーダーからも体が動かしやすいと支持されています。(アイスクライマーというコアな山のプロのために作った製品が、今では一般登山者にも広く着用されているが)どんな製品も多くの人のことを考えて開発するというよりは、われわれがサポートしている山のプロを第一に想定して作っています。F1カーを先に作れば、一般乗用車を作るのは簡単ですから。

「今の規模感がちょうどいい」

WWD:ブランド立ち上げから15年。卸先店舗数は国内270店、海外12店に広がっている。

鈴木:海外は国や地域別にディストリビューターと組んでいて、韓国、台湾、米国、ドイツ、ニュージーランド、オーストラリア、スイス、ノルウェーなどで販売しています。スキーブームの中国からも問い合わせは多いですが、長く組めるパートナーを見つけて、しっかり準備をしてから臨みたい。ブランドとして売上高は公表していませんが、素材メーカーに迷惑をかけない数量を発注できる規模にはなっています。コロナ禍で急激に伸びて今その反動に苦しんでいるアウトドアブランドもありますが、われわれは流動層に向けたブランドでもないし、ここ3年間の売り上げは毎年前年の1.2〜1.3倍と安定しています。

WWD:ブランドとして、今後どう成長していくことを目指しているか。

鈴木:今、春夏と秋冬で各100型前後企画しています。既にさまざまなアウトドアアクティビティーに対応できるラインアップになっているので、型数をさらに増やすよりは、1つ1つクオリティーをさらに高めていきたい。売ることよりも作ることを重視した、ラボのようなあり方がブランドとしては理想です。(新進ブランドに対し、ガレージブランドという表現がアウトドア界隈ではよく使われるが)米国では元々ガレージブランドとして成功したブランドも、一定以上の規模になるとそう呼ばれることを非常に嫌がります。それは、始めた当初とブランドのフィロソフィーは変わらなくても、ある程度の規模に育つとスケールメリットが出せて、昔は使えなかった素材が使えるようになり、適正な価格で販売できるようになったことに誇りを持っているから。ブランドの規模は大きくなりすぎても身動きが取りづらくなりますが、小さいままでは使いたい素材が使えない。僕たちは今、ブランドとしてそのどちらでもない、ちょうどいいポジション。このポジションを維持するためには、少しずつでも、常に製品を進化させていく必要があると思っています。

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