河西景翔/子育てアドバイザー プロフィール
(かわにし・けいと):小学生の頃から保育士を志し、中学生からは保育園でのボランティア活動に参加。2002年に保育士・幼稚園教諭の資格を取得。保育士・幼稚園教諭として15年以上保育の現場で働く。現在は、子育てアドバイザー・保育環境アドバイザーとして保育の現場とも関わりながら、子どものみならず、保護者支援にも注力。“育児も保育もファッションも男女の境はない、ジェンダーレスな社会づくり”を目指し、SNSやウエブなどで日々発信をする
前編では、使われないまま廃棄されるコスメ業界の現状と、その余剰コスメを通じた児童養護施設出身者のアフターケア事業への支援とコスメの可能性を、ビューティ業界特化型PR代理店である千田尚美プレッセ取締役、一般社団法人コンパスナビで児童養護施設退所者のアフターケア事業(クローバーハウス)に携わるブローハン聡氏、子育てアドバイザーの河西景翔氏の鼎談から探った。後編は、保育士として子どもたちやその保護者と関わってきた河西氏に、子育てにおける現状と課題、取り組むコスメやファッションを介した支援活動に耳を傾ける。
保護者の心のケアも必要だと感じた保育士時代
WWD:保育士時代はどんな先生だったのか?
河西:当時から、こんな見た目でしたよ(笑)。2007年くらいは髪も真っ赤で。生徒たちは今でも覚えているそうです。保育園では保育士がその日の過ごし方を決めるのですが、子どもたちと一緒にコスメごっこもしていました。セロハンテープを爪に貼って色を塗ったりとか、スズランテープでエクステをつけたりして。「今日コスメやる?」って言うと、「やるやる!」と目を輝かせるので、本当に楽しい時間でしたね。身だしなみを整えたり、輝けるものに触れたりすることは、子どもだからこそ純粋に感じるのだと思いました。
WWD:そんな河西さんが保育園の枠を超えて保育全体に関わろうと思ったのはなぜ?
河西:子育てにおいて支援するべきは子どもだけでなく、保護者へ目を向ける必要性を感じたからです。保育士時代、4歳児・28人の担任になったある朝、園児を送ってきた母親に「実は子育てで悩んでいる」と相談を受けたんです。朝の受け入れで忙しい時間帯だった自分は、思わず「保育園では元気だし大丈夫、大丈夫!」と言ってしまった。その1カ月後に、園児が足を引きずって登園してきた。聞くと、掃除機の柄で脚を思いっきり叩いてしまったと。「先生が大丈夫って言ってくれたけど、私、全然大丈夫じゃなかった」と言われた時、自分は保護者を全く見れていなかったことにがくぜんとしました。
WWD:その経験から保護者のケアも必要だと考えた。
河西:はい。自分は専門知識を持って保育に向き合っていると思っていたけれど、子どもしか見ていなかったのだと気付かされました。その後、2歳児の担任をしながら休日は学校へ通って、保護者の支援の仕方や話を聞く力を勉強し、保育心理士という資格を取りました。
WWD:学んだ後に保育と向き合ったことで変化は。
河西:保護者の話を聞くことにも注力しました。特に2歳児の保護者は、子どもの発達について悩んでいる方がとても多かった。心が発達し、個人差もある時期なので不安や悩みが出てくるのも当然ですよね。多くの保護者と話す中で、世の中にはきっと同じことで悩んでいるお母さんたちがたくさんいると思ったんです。ならば、自分がここで学んできた専門性と経験を生かして、保育園の中だけでなくいろんな人へ届けたいと思い始めました。その後退職し、子育てアドバイザーになりました。
みんなが子どもの代弁者となる未来に
WWD:どのような活動から始めた?
河西:子育ての現状を知ってもらうために、どうしてもファッション系の雑誌で発信をしたかったので、出版社を周りました。雑誌は美容室に必ず置いてあるから、子育て世代だけでなく、むしろ子育てに関係のない人の目に留まるかもしれないと思ったんです。
WWD:結果、マガジンハウス「Hanako Mama」の連載につながった。
河西:編集長が「面白そう!やろう!」と言ってくださり、「ママのためのカウンセリングルーム」という連載がスタートしました。これから注力したいと思っていたお母さんたちの力になれたことがうれしかったし、同じ悩みを持つお母さんたちの情報共有の場となれたことも良かったです。
WWD:以来、他誌やウエブでの連載が始まり、当初の目標だった“子育て世代以外の目に触れる機会”が増えた。
河西:そうですね。子育て中の人や保育に関わる人にとって当たり前のことも、そうでない人からすれば理解ができないことがたくさんあります。子どもってこういうものなんだ、親ってこんなことが大変なんだということを第三者が知っていれば、社会全体で子どもを見る未来につながると思います。みんなが子どもの代弁者になっていたら世界は変わるのですが、自分だけの世代を生きている人があまりに多い。子どもたちから学べることは本当に沢山ありますから、視野を広く持ってほしい。
子どもたちに、希望や期待を捨ててほしくない
WWD:コスメに興味を持ったきっかけは?
河西:一つは母が資生堂の美容部員だったこと。もう一つは、高校時代に吹き出物ができて人前に出るのも嫌だった自分が、コスメでカバーすることで自信が持てたこと。コスメには人に前を向かせる力があることを、その時身をもって知りました。
WWD:コスメを介して、母親を支援しようと思った理由は?
河西:保育に関わり始めてから、何か子育てにつなげることはできないかと考えていた頃、子ども2人を育てる友人に久しぶりに会ったんです。が、待ち合わせ場所で彼女に気付けなかった。聞けば、年子の子どもたちを平日はワンオペで、自分の時間はなく手間をかけられない、と。そこで自分がコスメをいくつか送ったところ、久しぶりのメイクや香りがリフレッシュになったみたいで、子育てにもちょっとだけ前向きになれたと話してくれました。その時に、自分だったらこういう支援ができるのかもって思ったんです。“自分”があってこそ、子どもに向き合えると思うので。
WWD:先日は子ども食堂でメイクレッスンも主催した。
河西:このイベントはお母さんたちのために開いたものでした。子ども食堂のお手伝いをしていた不登校の子が、お母さんに眉毛を描いてあげる姿を目にしました。きっと勇気が必要だったと思うけれど、彼女がコスメに興味を持てた瞬間だったんでしょうね。
WWD:母親だけでなく子どもたちの可能性を広げている。
河西:そうですね。先日“トー横キッズ”だった子と話す機会があったのですが、現実とは思えない話ばかりでした。小学5年生から体を売ってお金を稼ぐことを覚えてしまった子どももいます。こういう子たちを救い出すのも、親以外の周りの大人なんだと思います。子ども食堂にいた子どもたちも、もしかしたら吸い寄せられてしまうかもしれない。でも今回のようにコスメに触れて、面白い、他の人もきれいにしてあげたいと心が動けば、違う道になっていくじゃないですか。だから、大人たちが楽しそうに働く姿をたくさん見せてあげられる機会をつくりたいんです。
共感する支援活動をシェアすることは、今すぐできる
WWD:シングルマザーへのコスメ提供支援も行っている。シングルマザーはどのようなニーズを抱えていると感じるか。
河西:あくまで僕が関わっている方たちの場合ですが、金銭的に余裕がないことで、子どもにも影響が及んでしまっているのが辛い、という話を耳にします。例えば今の中学生はみんなコスメを持っていて、買えないことで仲間外れにされる。でも自分の収入に余裕がないから、買ってあげることができない、と。金銭的な支援は国が行うべきですが、必要な人にきちんと行き届く物の支援は誰でもすることができる。プレッセが行っているようなコスメを提供する活動は、もっと業界全体で広がっていくべきだと思います。
また、もっと簡単に今すぐにでもできるのは、“情報をシェアすること”だと思います。自分が共感する支援活動をシェアすること。僕がSNSで発信する理由も、支援の輪を広げるためです。100、200人と投稿を見ている中で、一人でも心が動いてくれる人がいたらいい。
WWD:今後はどのような活動をしていきたいか。
河西:子育てや支援について発信している人たちの支えとなる活動をしていきたいです。今はいろいろな考えに柔軟な若い人たちが、SNSをうまく使って発信をしている。これまでは自分が目立つことで表に立ってきたけれど、そこを退いて、“支援する側を支援”したい。例えば、イベントしたいという声があったときに金銭面や協賛などは自分に任せて、参加者のために使える時間を増やせた方がより意味のあるイベントになると思うんです。支援する側が疲弊せず、実現したいことをサポートできたらと考えています。