ユニクロが、英国人デザイナーのクレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)と組んで立ち上げるウィメンズの新ライン「ユニクロ:シー(UNIQLO : C)」を、9月15日の発売に先駆けて報道関係者に公開しました。ユニクロはこの1年だけでも、「マルニ(MARNI)」や「マメ クロゴウチ(MAME KUROGOUCHI)」などとコラボレーションしていますが、「ユニクロ:シー」ではコラボレーションという言葉を使っていない点に注目。“新しいプロジェクト”という位置づけで、専用のロゴも作成しています。公表されたクレアのコメントにあったのは、「ユニクロの新しいウィメンズラインを創る」という一文。数回で終わるコラボではなく、「+J」「ユニクロ ユー(UNIQLO U)」のような、長期的な取り組みになりそうな予感です。
具体的な商品の話に入る前に、クレア・ワイト・ケラーがどんな人かを振り返っておきましょう。クレアは直近では、「ジバンシィ(GIVENCHY)」のアーティスティック・ディレクターを務めていました(2018年春夏〜20-21年秋冬)。英国のヘンリー王子とメーガン妃の結婚式で、メーガン妃のウェディングドレスを担当したことが話題になりましたが、クレアのファッション業界でのキャリアとして、多くの人の印象に強く残っているのはやっぱり「クロエ(CHLOE)」を手掛けていた時期(12年春夏〜17-18年秋冬)だと思います。
ステラ・マッカートニーやフィービー・フィロ(現フィービー・ファイロ)といったスターデザイナーが「クロエ」を去った後、やや勢いが落ちていたブランドをクレアが復調させ、2010年代前半のウィメンズファッションの大きなムーブメント“エフォートレス(肩の力が抜けた)エレガンス”のリーダーブランドの一つとして注目を集めました。“エフォートレス”は、「ユニクロ:シー」でも使われているキーワードです。そして、単に話題になるだけでなく、しっかり売れていたというのもクレア時代の「クロエ」の特徴。パウダーパステルトーンのシフォンブラウスやコットンレースのドレスといったウエア類と共に、ラグジュアリービジネスに不可欠なバッグでも“ドリュー”や”フェイ“、“ベイリー”など、ヒットをいくつも生み出しました。クレアの起用について、ユニクロのPRも「彼女はクリエイティブの面だけでなく、MDなどビジネスのセンスも含めてバランスがいい」と話しています。
クレアが手掛けていたガーリーで自由で上品な「クロエ」は、日本人とも相性抜群。今も日本の消費者が求めている「クロエ」は、クレア時代のイメージのままのような気がします。そうした状況は日本に限ったものでもないようで、クレアの後任デザイナーと「クロエ」のマッチングは難航しています。クレアの退任後、既に2人のデザイナーがブランドを去ったことも書き加えておきます。
クレアらしさ全開のパステルトーン
さて、そんな魅力あふれるクリエイターのクレアが、あらゆる人に向けた“LifeWear”のユニクロと組むということで、どんなアウトプットになるのか期待は高まります。ショールームでデビューシーズンの全34型を目にしたとき、まず心をつかまれたのはそのカラーパレット。パウダートーンのイエローやピンクを主役に、チョコレートブラウン、グレー、ネイビーに広がる色合いは、まさにわれわれが「クレアのクリエイションと言えば!」で思い出すものです。個人的には、メインビジュアルにも使われているたまご色のような淡いイエローに、特に「これこれ!」と感じました。
ちなみに、こうしたカラートーンのインスピレーション源は、ロンドン東部のハックニーウィックというエリアなんだとか。古い建物と再開発とが融合し、そこを拠点にしている駆け出しのファッションブランドも多くて勢いのある街だそうです。こうしたインスピレーション源に、クレアのロンドンっ子精神が表れていますね。
もう一つ、クレアの強いロンドンスピリッツを感じさせるのがトレンチコートです。トレンチコートは「ユニクロ:シー」のデビューを飾る象徴として、非常に気合いを入れて作ったアイテムだそう。思い返せば、18年春夏のクレアの「ジバンシィ」のデビューショーでも、ファーストルックはトレンチコートでした。クレアの中で、自身の英国人のアイデンティティーを体現するアイテムがきっとトレンチコートなんでしょうね。
今のウィメンズマーケットでは、トレンチコートといえばドレープが流れるエアリーな素材使いであったり、背面をプリーツに切り替えたりしたデザインが主流です。でも、「ユニクロ:シー」のトレンチコートはかなりベーシックで端正な印象。生地はしっかりとしたコットンギャバジンツイルで、肩章やガンパッチも付いた古き良き英国紳士のたたずまい。裏地のチェック柄もトラディショナルです。そして何よりも驚きなのが、これが1万2900円だということ。ジル・サンダー氏による「+J」などは、正直通常のユニクロ価格より結構高かったですが、「ユニクロ:シー」は全商品が通常ラインと同じ価格帯といい、トレンチコートやウールのダブルフェースコート、中綿ロングコートの1万2900円がデビューシーズンの最高価格です。
“買い”はニットやアウター、雑貨類
プリーツをたっぷり寄せたシアーなシフォンドレス(5990円)やボリュームスリーブブラウス(3990円)、アシンメトリーなヘムラインが動きを生むプリーツスカート(5990円)など、どれもクレアらしさが詰まっていますが、ニットや機能性素材のアウターといったユニクロの得意領域と、クレアのクリエイティブが組み合わさったアイテムが「ユニクロ:シー」の真骨頂だと思います。ニットではふわふわのカシミヤ100%、コットンなどを混ぜた甘拠りのソフトタッチウール、しっかりとしたラムウールの3素材をそろえました。クレアは英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートでニットデザインを専攻しており、「クロエ」の前はニット主力の「プリングル オブ スコットランド(PRINGLE OF SCOTLAND)」でディレクターを務めていました。「ユニクロ:シー」のニットにも、そうしたクレアの強みが凝縮されています。
機能性素材のアウターでは、ユニクロの通常ラインでも使用している発熱機能性中綿“パフテック”のキルティングロングコート(1万2900円)やブルゾン(7990円)がイチオシ。ロングコートは内側からウエストを絞れば、よりフェミニンなシルエットに。また、ユニクロのアウターといえばフリースを思い浮かべる人も多いでしょうが、「ユニクロ:シー」では表地がくりくりとした巻き毛タッチのボアで、裏地がフリースになったロングコート(6990円)を企画。ダウンでは、切り替えパターンによって背中に丸みを持たせたノーカラージャケット(7990円)をラインアップしました。
小物雑貨も9型と豊富で、既に注目を集めているローファー(4990円)は見た目を裏切る軽さと、クッション搭載の足入れの滑らかさが特徴。ボアのバケットハット(2990円)やウールキャップ(2990円)も、カジュアルとエレガンスのいいとこ取りで売れそうです。ユニクロの通常ラインでヒット中の“ラウンドミニショルダーバッグ”は一回り大きいサイズにして、フェイクレザーでシックに仕上げました(2990円)。
目指すは“女心も解するユニクロ”
ユニクロはあらゆる人のための“LifeWear”というコンセプトを打ち出し、実際、世界中で老若男女に着られるようになりましたが、どちらかというと機能性素材を使ったファッションのイノベーターというイメージが強く、感性の部分で話題になることは少ない印象です。もちろん、機能性素材のアイテムを日常生活にも取り入れる“ゴープコア”などと呼ばれるスタイルは、年々市場を広げているのでそういった切り口は今後も「ユニクロ」にとってメシのタネであり続けるでしょうが、やはりウィメンズのマーケットだと、機能性では語りきれない感性の領域、「きれい」「すてき」「着ると気持ちがアガる」といった要素が無視できません。
昨年、「ユニクロ アンド マメ クロゴウチ」についてユニクロを率いるファーストリテイリングの柳井正会長兼社長に話を聞いた際、「ユニクロの服は非常に真面目だが、フェミニンさや繊細さには欠けている」と話していたのが印象的です。そうした課題意識を持っているからこそ、それを得意としている外部のクリエイターと組むのだと柳井会長は話していましたが、「ユニクロ:シー」の狙いも、まさにそこなんだと思います。単発のコラボで瞬間的な売り上げを作るのではなく、クレアが強みとする洗練されたエフォートレスエレガンスを「ユニクロ:シー」を通して学んで、ユニクロの血肉にしていく。
実際、「+J」に取り組んだ後は、ユニクロの通常ラインのシャツなどのパターンもかなり洗練されたと感じましたし、クリストフ・ルメール率いる「ユニクロ ユー」の色使いやアイテム発想は、翌シーズン以降のユニクロの通常ラインに生かされていると感じることが多々あります。そうやって、外部クリエイターの懐を借りて自分たちのクリエイティブやマインドをアップデートし、世界一のファッションブランドへステップアップするというのがユニクロが目指すもの。“真面目で骨太なユニクロ”が、クレアの感性を学ぶことで“女心も分かるユニクロ”にステップアップできるのか、期待したいですね。